表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

 翌日の午後、試験場に来客があった。


 村の人々は、海岸側から試験棟の方へと勝手に入ってくるのだが、客は律儀に玄関で呼び鈴を押してきた。

 良平は、ドアモニター越しに客の様子をうかがう。

「どちら様ですか?」

「TVアテルイから来ました」

 そこにいた二人の男は、地方ローカルTV局名を名乗る。

「なんでも、珍しい海産物が捕獲されたとお聞きしまして」


 昨日、浩二から発光イカを預かった後で、漁協から連絡があった。さっそくTV局の情報提供を募るWebページに、写真とコメントをアップしておいた、と。


 それを見た取材に来たのだろう。そう思いながらも、良平はモニターに映る男たちに違和感を覚えた。

 良平は以前にもTV局からの取材を受けたことがある。海洋研究の最前線とかなんとかって名日で、この試験場の取材に来たのだ。インタビューやら何やらで、平常業務を半日ばかり滞らせたその取材は、結局夕方5時台のニュースで1分ほど紹介されただけで終わった。


 しかし、ドアの向こう、モニターに映った男たちは、その時に良平が見た連中とは明らかに違う雰囲気を纏っている。

 あの時のTVマンたちのような、どこかだらしなく弛緩した空気がなく、むしろ張りつめている気がする。まるで、警察だ。

 というか、揃いのサングラスをかけた地味なスーツ姿の二人組なんて、性質の悪いコスプレみたいではないか。

「あの、名刺とかお持ちですか?」

「いえ、生憎と」

 そういえば、漁協が情報提供したと言っていたのは、国営放送TV局だったはず。何故、民放のTVアテルイが……?


 もう、怪しさしかない。


「すいません、今は忙しいので。施設内での取材は、本社の許可が必要となります。すいませんが、本社広報に確認して下さい」

 良平はそう応じながら、警備会社への緊急連絡手順を頭の中で反芻する。


「そうですか。では、改めます」


 男二人は、あっさりと帰っていた。


 良平は若干拍子抜けしつつ、大水槽のある研究室内へと向かう。

「なんか、TV局を名乗った変な連中が来たぞ」

 室内にいる、浩二にそう声をかけた。


「……へえ」

 浩二は短く答えながら、じっと発光イカの入った水槽を凝視する。朝一番にやってきて以降、浩二はずっとこんな具合だった。


「お前、今日の漁はいいのか?」

「……ああ」

 良平が問いかけても、浩二は生返事をするばかりだ。

 どこか病的にも思える浩二の執着っぷりに、若干背筋が寒くなるのを感じる。

 その怖気を振り払い、良平は通常業務に取り掛かる。


 まず大水槽内の養殖イカ達の様子をチェックしようとして……驚愕した。

「!?」

 大水槽の中にいるイカたちが、群れ泳ぎながら、僅かに発光していたのだ。

 体表が赤紫色に光り、水槽内が淡い光に満たされている。

「な、なんだこれ……」


 昨日まで、そんな気配はなかったのに。良平が育ててきたイカたちも、発光している。


 震えそうになる手足を抑えながら、キャットウォーク上から一匹をタモで捕える。その場で〆ると、断末魔めいた動きで腕足を震わせ、イカの体が痙撃した。


 そのイカを、デスク上に持っていき、手早く表皮を採取して、顕微鏡で観察する。

 通常、頭足類の体表は細胞内に色素胞と呼ばれるものを持ち、その中の色素を出し入れすることで色を変化させることができる。自分の肉体のテクスチャーを変えることで、擬態や仲間同士のコミュニケーションに利用している。


 あの発光イカは、色素胞の中に何か特別な発光物質を有しているのではないか。

 良平は、そう推測していた。


 だが、昨日まで普通だった他のイカたちにも波及したということは……

(原因となる発光物質は個体固有のものでなく、例えば色素胞に感染する微生物やウイルスなのでは……?)


 倍率を上げても、分からない。電子顕微鏡が必要だ。

「え……?」

 観察試料自体が、発光し、明滅している。

 それどころか、イカに触れた良平の指も、淡く光を放ち始めていた。

 漠然とした不安が、恐怖に変わり始める。


 がしゃん、という大きな音が響き、良平ははっと顔を上げた。


 既に、大水槽のすべてのイカたちが発光していた。

 もはや大水槽自体が発光しているかのようだ


 そんな光の海となった大水槽の上、キャットウォークに浩二が立っている。

「あ、おい……?」

 水面からあふれる光に下から照らされて、いびつな陰影に彩られた浩二の顔は、笑っていた。


「な、なにやってる!? 降りろ!」

 恐怖に押しつぶされそうになるのを堪え、なんとか声を絞り出すが、言葉は上滑りしていくようだ。


 笑う浩二は、良平を見る。その顔が、ぐにゃりと歪んだ。表情だけでなく、その造形自体が、歪んでいた。


 赤紫に発光しながら、耳と鼻……未端の軟質部が溶け崩れていく。


 ただの錯覚、見間違いだと思いたくても、良平の目の前で浩二は赤紫色の光を放ちながら溶けただれていく。


 そして、恍惚の表情で、浩二は両手を大きく広げ、水槽へと飛び込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ