四 奇跡
「まぁ、そういうことであっているよ。間違ってはいない」
黒木は、そんな僕をよそ目に淡々と推理の補足をし始めた。
「“72の法則”と”No.12”と刻印された鍵から、[142857]へたどり着くプロセスは間違ってはいない。だが、一つ見落としがある。というよりは、不要なものとして、除外してしまっている感があるよ」
「除外?いや、もう何もないじゃない。僕はすべて論理的に導いているよ」
「いや、紛れもなく一つ置き去りにしている。君は“奇跡”で開けようとする努力を怠っているんだよ。このメモ紙には、間違いなく“奇跡で金庫を開けてみせよ”と書いてある」
「奇跡?」
僕と、杏子、彼女が怪訝な表情をしていると、黒木は鉛筆を取り出し、テーブルに広げていたメモ紙を裏返し、何やら掛け算の式を書き始めた。
142857×1
142857×2
142857×3
142857×4
142857×5
142857×6
「これは“巡回数”といわれるもので、これを掛け合わせるとわかるんだが、それぞれの積が[1]、[4]、[2]、[8]、[5]、[7]の数字の順を変えるのみで、構成されるようになっているんだ」
142857×1=142857
142857×2=285714
142857×3=428571
142857×4=571428
142857×5=714285
142857×6=857142
「へぇー」と三人は口をそろえた。
「しかし、7を掛けるとどうだろうか」
黒木は、ひっ算をして見せた。答えが出切る前に思わず、僕は声を出してしまった。
「すごい、奇跡だ!」
142857×7=999999
「そう。7を掛けると、不思議なことに[999999]となる。だから“奇跡で”開けるとはこのことではないかと、思量した。杏子さん、これが最適解だと考えますよ」
杏子は、彼女の顔をチラリと見て、一呼吸置いた。
「いや、まだどうなのかは試してみないとわかりませんが、私もそれが最適解のように思えてきました。御相談してよかったです。たとえ、それで開かなかったとしても…」
「今回はよさそうかな?」
黒木が、彼女の方を見て問いかけた。
「えぇ、十分。まぁ、杏子が家に帰って答え合わせをしてからだけどね」
杏子が紅茶を楽しんでいる間、黒木と彼女は、その“奇跡”の真偽について、思いにふけていた。
後日、僕たちは彼女を通じて、“奇跡で”その金庫が開いた旨の報告を受けた。中身は、普通の遺言書だったようだが、その冒頭には、“おめでとう、正解!”と書き記されていたとのこと。遺言書に遊び心を入れるとは、さぞ、考えることが好きだったおじいさまだったのだろうと、僕もまた、思いにふけていた。
※昭和五十六年十二月銀杏玲著『72の法則と奇跡の数』は北城商科大学文芸サークル同人誌に『Rule of 72』と改題され、掲載された。