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Rule of 72  作者: 銀杏玲
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三 Rule of 72

 僕と黒木が、じっと見ているその紙の上に、杏子はそっと、金庫のものと思われる鍵を添えた。

 「そしてこれが、金庫の鍵です。と言っても、これでは金庫が開かなかったので、皆さんに相談しているんだけど…」

 そっと置かれたその鍵にもまた、ナンバー(No.)が刻印されていた。

 「鍵にもナンバーが刻印されていますね。No.12だ」と黒木が、ぼそっというと、杏子は話を続けた。

 「その鍵で金庫が開かないとわかったとき、この鍵はあくまで金庫を開けるための、“ヒント”にしかすぎないものだと思って、とっさにNo.12と刻印された鍵と、そのメモ紙に書いてあるNo.12の文を突き合わせて、[2009228]の暗証番号で開錠できるものだと思ったの。だけど、それでも開かなくて…」

 「なるほど。その金庫は、鍵でなくても、ダイヤル式の暗証番号で開錠できるんですね」と黒木が言ったとき、僕は妙案をひらめき、意見した。

 「だとすれば、少々力業ですが、暗証番号は、No.1からNo72のどれかの可能性が高いから、全通り試してしまえばいいのではないでしょうか」

 そう言うと、彼女が小さくフフフッと息をもらして笑いながら、

 「もちろん全通りやったに決まっているじゃない。だから、わざわざこうやって、杏子も私もあなたたちの知恵を借りようとしているのよ。銀杏君、天然ね」

 「そ、そうですね、いや、そうですよね」と恥ずかしさをかみしめている僕を片目に、「うーん…」と、黒木の思量が始まった。

 「おじいさまが経済学者であったということと、“72”という数字を掛け合わせたときに、ふと頭によぎるのは、”72の法則”なんですよね」

 「あっ」と僕は、『初級簿記』の講義での教授の雑談を思い出した。

 「たしか、あれだよね。72を金利で割ると、何年で貯金が倍になるのかわかるっていう」

 「あーそんなのあったわね」

 彼女も反応して、「そういえば私も、『金融論』で習ったような…」と言うと、杏子も話を続けた。

 「そう言われてみれば、私も聞いたことあります、例えば、今の定期預金の金利6%だと、その金利"6"で“72”を割ると、12になるから、定期預金に入れたお金が倍になるのは、だいたい12年後になるっていう…」

 「えーそうです。おじいさまは、遊び心をお持ちで、たぶん、学生の杏子さんでも理解できる“72の法則”を、その金庫を開けるヒントとして選んだのではないかと、そう思いました」

 「ああっ!わかった!」

 黒木が淡々と話しているとき、僕は大きな声をあげた。僕はいわゆる”暗号”の解読に成功したのである。ただ、その話を始めようとしたとき、マスターが厨房裏から暖簾をくぐり、ヒョイヒョイと駆け足でやってきて「ごめん、ごめん、お嬢さんの飲み物用意していなかったね。何にしますかね」と注文を取りにきた。何ともタイミングの悪い男である。

 「ハハハッ」と黒木と彼女がその間の悪さに笑っている中、杏子は「フフフッ」と小さく微笑みながら、「紅茶にします」とマスターに伝えた。

 「紅茶ね。じゃあ、今用意するね」と、やっとマスターが戻ってくれたので、僕は大舞台に立ったつもりで、流暢に説明した。

 「わかりました、わかりました。ここまでくると、これは僕にでも解けましたよ。つまり、これはこういうことですよ」と、“No.12”と刻印された鍵を持ち、「この鍵はまさに、そのメモ紙に書いてある“72の文”にフィルターをかける“鍵”だったんですよ。経済学者のおじいさんは、“72の法則”を念頭に、”72”をこの鍵、すなわち“12”で割った数字“6”が、その金庫を開ける暗証番号だと、伝えたかったのでしょう。だからおそらく、金庫は、[142857]で開くはずだ」

 そう言うと、店内はなぜかシーんと静まり返った。僕はそのとき、その意味に気付かなかったが、杏子がそっと、申し訳なさそうに口を開いた。

 「あの…その…、そのメモ紙に書いてある、数字は暗証番号として、全通り試しているの」

 杏子のその言葉を聞いて、僕は「あっ」と小さく声を漏らした。


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