カレーの具は思い出と努力の中に有り6
総合料闘技場─────
古びた外観と迫力のある建物に、初めて見る者は圧倒されるであろう。
此処は、"名のある料理家"になる前のシェフ達がお互いに料理の腕を競い合う為に造られた闘技場なのだとか…。
「料理だけど闘技場なんだね……(料理教室くらいのスケールだと思ってた……)」
「以前は、闘技場とは申せない程の大きさでしたが…。少しずつ"食戦争"の知名度を上げて、やっと此処までの大きさになったのです」
「凄いねぇ~……」
「お前……本当にそう思ってるか?」
「ギクッ……お、思ってマスヨ?」
「あはは、まあまあ良いじゃないか。今日はひまわりの晴れ舞台の日だ。僕らは見守ろうよ。」
「そ、そうだよ!───絶対勝ってみせるから!!」
「おう……───自信もって作れ。…お前ならできる」
「エンジ………───頭打った?」
「コイツ可愛くねぇッ!!!!怒」
「あははっ」
「やれやれ……」
三銃士に見守られながらこの料闘技場で、ひまわりは再び、自身で料理をする────
それは……過去に向き合い、乗り越える行為に等しい。
(大丈夫……、あたしには……スパイスがある)
「緊張のスパイスは、程よい苦味がアクセントになるよ」
「え……!?」
「緊張しなさすぎも駄目だし…、緊張しすぎても駄目ってこと。要は、いつものひまわりで行けば大丈夫だよっ」
ソウがあたしの背中をポンと軽く押した。
不思議と、さっきまで不安だった気持ちが一気に吹き飛んでしまったのだ。なんとも単純な……。
「…ありがとう!、あたし…頑張る!」
「美味しく、自分らしくねっ」
そう言って三銃士は正面から入ると色々面倒くさいと言って、裏口から闘技場に入っていったのだった。
。
。
闘技場の中は、多分三銃士目当てで来たであろう女の子達と…、少し~かなりの範囲のガタイが良い男の人達がキョロキョロと誰かを捜している模様。
「総長……此処にも居なかったか……」
「料理好きのあの人だったら、此処に来るかと思ったんだけどな……」
「だがしかし、此処でオレ達が諦めたら"殺水アクアパッツァ"の名が廃る!!」
「そうだな……そうだよな!!」
「絶対、総長を見つけるぞ!!!」
「「「「「おうッ!!!!!!!」」」」」
ドタバタと闘技場を後にする、殺水アクアパッツァ。
周りの女の子達は不愉快そうなのと、かなり引いていた。
そりゃあ普段から三銃士見てたら、そうなるよね……。
(この世界にも、暴走族みたいな人達いるんだ~)
「ねぇ…ウイカ様……本当に今日の試合に出るおつもりなのかしら?」
「なんだかここ最近、ずっと目が虚ろだったものね……」
(ウイカ……さんの話?)
小耳を立てて聴いていると、カンカンと鐘の鳴る音が響いた。
『只今より料闘技カレー対決を開催致します!!。観覧希望の方は席にお着き下さい!!。出場者の方は厨房リングへ移動をお願いします!』
「やば、早く行かなきゃ!!(てか、厨房リングって…なんだろ……プロレス?)」
闘技場誘導者のアナウンスが流れ、慌てて厨房リングの方へと向かう。
(って、本格的すぎでしょ……。こんなの本当の格闘技と変わらないんじゃ……)
厨房リングと呼ばれたリング場に上がると、材料と調理器具・調味料等その他諸々の設備が整っていた。
「す、凄い……───プロの料理家が使ってそうな……調味料や器具が勢揃い~~!! 」
「…ふふ、当たり前ですわ。此処は名のある料理家が、無名時代から使用していた───私の父上・アニスが、この闘技場を大きくしたと言っても過言ではありませんわ」
スポットライトに照らされたウイカは、嘲笑しながらひまわりを一瞥し、懐から暗赤色のスパイスを取り出した。
「?…それは…」
「秘伝のスパイスですわ……」
「秘伝?」
「───貴女は、努力しても手に入れられない物があった時……どうするのかしら?」
何を急に言い出すのかと思えばと
それが挑発なのか、煽りなのか……
分からないけど…………
「あたしは、その努力が認めてもらえるまで諦めない。その物がなんなのかは分からないけど……、いつか絶対に…あたしじゃなきゃ相応しくないって思わせてやるんだって……」
「…………貴女は、強いのね」
「え……」
「勝負を始めましょ、ひまわりさん。私のカレーは、父上から伝授された……究極のカレーですわ!!」
「おっしゃあー!!望むところよ!!。あたしのカレーは……ちょっと懐かしい昭和レトロ感じるぞい!カレーなんだから!!」
カレー対決・開幕───────
『あーあー!マイクテステス……───さて!始まりましたカレー対決!実況担当させて頂きます、ニクマル☆がお送りするよっ。ほんで、味見と審査をするのが……』
『エルピス・副店長のスイです』
『店長のソウですっ』
『……エンジだ───って、何でオレ達が!?』
『あーちょっと!!エンジさん!!マイク使って大声で喋らないで下さい!!。キーンってするんで───そして、今回は特別に食頭領のアニスさんにも来てもらいました~!!』
『…皆様、本日はお招きありがとうございます。』
ダンディなオジ様=アニスさんが渋い声で挨拶をすると、会場が少し震えた。
(ちょっとツッコミどころ満載なんですけど……)
"ニクマル☆"と名乗った、本当に肉の塊の様なフォルムをした……可愛い妖精?が、マイクを片手に次々と進行をしていく。横並びに座りながら、審査員チームはこちらを凝視していた。
(三銃士が審査員なんて聞いてない!!)
でも、エンジの様子を見ると急に決まった感じなのか……
でも、まさか…、ウイカさんのお父さん……
アニスさんが来てたなんて……
しかも味見と採点するって言ってたよね……
無理無理無理!!だって本物のシェフだよ!?
この国代表シェフに、あたしのカレーなんか……
《緊張しなさすぎも駄目だし…、緊張しすぎても駄目ってこと。要は、いつものひまわりで行けば大丈夫だよっ》
ソウの言葉が脳裏をよぎる。
「……いつもの…あたし────よし!、日下部ひまわり!野菜切ります!!」
『おおっと!!ひまわり選手!包丁を片手に野菜を鎌鼬できるのかぁーーーッ!?』
「ッ!……此方も野菜をお切りしますわ!」
『0.5秒遅れをとって、ウイカ選手も野菜を切り始めたァァァ!!』
歓声が飛び交い、白熱した実況をニクマルが進めていく中、アニスは顎に手を当て何かに感心した様子だった。
「ふむ……、彼女の包丁さばき……──中々見事なものですな──君が指導したのかな?」
優しい笑みでエンジを一瞥する。エンジは慌てふためく。天下の食頭領に誉められたのだから。
「え、ええ!?……な、何で、分かったんスか……」
「以前、君達のカレーを…失礼ながら味見をさせて頂いた事があってね……。その時入っていた野菜の形と……彼女が切った野菜の形が同じだったのだよ」
「アニスさん…!、まさか……あの時の僕らのカレーを……」
「"友情"と"優しさ"と"強さ"……同時に"平和"を願い───でも、"傷つけ合いたくない"と…そんな三銃士としては有るまじき想いも感じ取れた」
「……それが私達の答えですよ。」
「国王は大勢の者を犠牲にしてでも、自国の為に戦争を起こすだろう。……でも、そんなお互い傷付く戦い方より、君らのような…頑固だけど、思いやりのある戦い方の方が……──後味は悪くないだろうね。…うん、良いんじゃないかな、食戦争」
"是非とも私にも協力させて欲しい"と言って、アニスは三銃士に手を差し伸べた。
「アニスさん……───」
エンジがその手を取ろうとした瞬間───
ニクマルが『あぁーーーっと!?』と叫んだ
『ウイカ選手!!……アレは、スパイスか!?───かなり禍々しい暗赤色だぁ~!!!』
「暗赤色のスパイス……?───見た事が無いな……」
「パプリカパウダーでも無ければ…チリーペッパーでも無さそうですね」
『しかも全部入れたぁぁ!?』
「って、ええええ!?ス、スパイスそんなに入れちゃうの!?」
「───……これ……で────ま……」
「え?」
「エンジ様……」
カレーを器によそい、エンジの方を見つめながら、ウイカは思考停止状態だった。
『ウイカ選手!!カレーを手に持ったまま動きが止まった!?一体どうしたというのだ!?』
「駄目…………───やっぱり………私にはできませんッ!!!!!」
ガシャンッ!!パリンッ!……───
床にカレーをよそった皿を投げ付け、ウイカはその場で泣き崩れた。誰もがその状況に唖然としていると、ウイカのカレーからドロドロとした形状の物体がみるみる膨張していき、暗赤色の怪物が誕生。
そのままウイカを飲み込もうと、ドロドロとした長い手が襲いかかる
「ウイカさんッ!!!」
ひまわりが強力粉を物体に投げ付けると、ブワアっと白い粉が舞った。
その隙にウイカの手を引っ張り、自分の方に引き寄せた。
その行動に、ウイカは驚きを隠せず、思わずひまわりの手を振り払ってしまった。
「どうして……!!私なんかを……!!!」
「こんな状況で敵味方なんて関係ないでしょ!?」
「ウイカッ!!!」
「ッ……父、様……!」
「アニスさん!グッドタイミング!、ウイカさんを連れて逃げて!!」
アニスはこくりと頷き、ウイカの手を引っ張り、駆け出した。
「って、わあぁぁぁ!?なんかドロドロとした生き物が暴れだしてるよぉぉぉ!!?」
「レディ、伏せて下さい!」
スイの言う通りに伏せると、大きな水の塊が
モンスター・ウイカレー(今命名)に思い切りぶつけられたのだ。びしょびしょとなり、動きが鈍くなった所を、巨大化したエンジのスプーンでこねられ、スプーンはかなりの熱を持っていたらしく、軽く火傷を負って火炙りにされていた。
最後はニッコリとした表情のソウにフォークで(これもまた巨大化)ぶっ刺され
(なんか……ちょっと可哀想かも)
ピゲーーーーー!?と、なんとも間抜けな悲鳴を上げながら、ウイカレーはなんと"カレーパン"に姿を変えたのだ。
しかも、しくしくと泣きながら。
『ひっく……っひえええええんッ!!!い"だい"よ"ぉ"ぉ"ッ!!!』
キランッ……────
「ふふ、御安心下さい────このナイフでざっくり……斬って、楽にしてさしあげますから」
スイのナイフがウイカレーパン(これも今命名)の頭部(え、頭部ってあるの…?)に掠め、ザラり……と生々しい音が響く。それにほんの少し頬を赤らめながら、スイは嬉々とした表情を浮かべていた。この男は意外にも、サディストの傾向があるらしい。
「わああああ!?ちょ、ちょっと待ってよ3人とも!!。いくらなんでもやりすぎじゃない!?」
「何言ってんだ!!、コイツはお前やウイカを危ない目に合わせようとしたんだぞ!!───……って、そもそも……普通のカレーからなんでこんなモンスターが!?」
「それは……あの暗赤色の……───嫉妬のスパイスが原因だろうね」
「嫉妬のスパイス?」
『ヒィッ!!……ド、ドウカコロサナイデクダサイッ!!!……ワ、ワタシハ……コノカレーヲ作ッタ、主ノ…ジェラシーノパワーデ生ミ出サレタ……タダノ、クサッタミカンデスゥゥゥ涙』
((((いや、みかんじゃなくて…カレーだけど))))
一同、心の中でシンクロ総ツッコミ。
「君を……嫉妬のスパイスの根源を扱っているのは誰だ?────正直に答えてくれるかな?」
『ヒィィィ!?……ソ、ソレハ……三夜ノ食鬼サマデスゥゥゥ』
「三夜ノ食鬼…?」
『ア、アチキヲ生ミ出シタノモ…、主ノ心ヲ利用シタノモ───全部三夜ノ食鬼サマ達デス!。彼等ハ、食戦争ヲ阻止シヨウト、人々ノ心ヲ利用シヨウトシテイマス!……』
(一人称あちきなんだ……って、そうじゃなくて!!)
「私達の邪魔をしようと…する者が居る…?」
「おい!!そいつら何処にいんだよ!?」
『ワ、ワカリマセンッ!!!…モウ、許シテ……泣』
ビエェェン!と泣き喚くカレーパンに、三銃士はとどめを刺そうと、それぞれの食器をカレーパンに突きつける。
「待って!!!」
ひまわりがウイカレーパンを庇うように立ちはだかると、三銃士は揃って驚愕していた。
「このウイカレーパンに罪は無い!!利用されてただけだから……───だから、あたしが食べて良いかな?」
「「「へ?」」」
『エ?』
「んで……そぉ~れ!女神のスパイスっ!!」
クルクルクルクル!───と、ミルを素早く回すと、桃色の煌めく粉がウイカレーパンに振りかかる。
すると─────
しょわわわあ~ん
『ヒエエエエエエエ!?ナ、ナンカ浄化サレテルンデスケド!?』
「あ、あれ?……なんか……更に美味しそうな匂いが~」
『oh......昇天シマース……───ドウカ……ドウカ、私ヲ忘レナイデ…クダサイ』
ウイカレーパンは涙を流しながら、元の食用のカレーパンの姿へと戻った──────
1000個弱に分散されて……
「な、なんじゃこりゃあ~!?」
こうして─────
1000個弱のカレーパンを観覧客(ニクマルにもお裾分けしたよっ)に配り、それがめちゃくちゃ美味しいと評判となって、カレー対決は幕を閉じた。
「はあーあ……、あたしのカレー…結局アニスさんの口に入らなかった……」
「そんなに落ち込まなくても、私が食べて差し上げますよ」
「え、ホントに!?」
「やだなあ~、まだノルマの50個を食べ切ってないじゃないか~───カレーパン」
「……うっ……ぷ」
「おい、ひまわり」
「何?」
「……お前、すげぇな。ちょっと、見直したよ……」
「な、何よ突然!?───あ!カレーパン押し付けようとしたってそうはいかないんだからね!(もう全身カレーパンで侵食されかけてるのに!)」
「オレさ……お前の事────」
エンジがひまわりの肩を掴もうと手を伸ばした瞬間だった
「あ……あの」
「ウイカさん!、それにアニスさんも!」
申し訳なさそうな表情を浮かべたウイカ。モジモジと俯くウイカの背中を、アニスはポンっと軽く叩いた。
「……巻き込んでしまってごめんなさい!!!!全部私のせいで……!!!」
思い切りウイカが頭を下げる
「そうかな?、どんな理由があったとしても……結果オーライって感じだと思うけどな……。だって、ウイカさんの作ったカレーのおかげで、美味しいカレーパンができたんだよ!」
ほら!と、ひまわりはウイカにカレーパンを差し出した。
「アニスさんもどうぞ!。あ!後、あたしのカレーの味見お願いします!!」
「はっはっは、勿論…頂くよ。」
「……な……んで」
ボロボロと涙を零すウイカに、ハンカチを差し出した────
「ほら、拭けよ」
エンジが照れ臭そうに
「エ……エンジ……様」
更に涙が滝のように溢れ出し、ウイカはエンジのハンカチを握り締め
「ずっと……!!ずっと好きでした!!!大好きでした!!!───うわあああんッ!!!!」
ウイカの頭に、エンジはポンっと優しく手を乗せる。小声で「ありがとな……」と呟いたのだ。
告白は夕陽と共に沈んで、実る事はなかった。
けど、その想いはいつまでも美しく……
少女の胸の中で輝き続けるであろう。
「お父さん的には……どうなんですか?」
「む……」
「ひまわり、やめなさい」
カレーの具は思い出と努力の中に有り 終




