第3章 山田の計画
第三章 計画
日本を代表する商社のひとつ、東和グループは、傘下に50社を超える子会社を持ち、関連企業100社を超える巨大なグループ企業である。資本金1,500億円、発行済株式数は12億株、時価総額は約7兆円もの多角経営型コングロマリットである。
商社・物流・エネルギー資源・金融・不動産・建設・自動車機械・IT・通信・ヘルスケアなど傘下のグループ企業は50社を数え、その関連企業は100社を超える。グループ全従業員は20万人を超える大企業である。
吉川社長の代になってから特にエネルギー産業分野への進出が著しく、また企業規模拡大戦略として、積極的なM&Aを推進しグループの拡大を進めて来た。しかし、強引な手法での企業買収もあり、たびたび訴訟問題となっていた。
前年のクリスマスの夜、元㈱グリーンエナジー社長の西田直人と接触した山田は、西田から提供されたナノ・エコバッテリーの基礎情報を元に、バディと計画を立てる。
年末年始は山田にとって、都合が良かった。市場も休み。会社も休み。じっくりと計画を立てる時間があったからだ。
ターゲットは以前から狙っていた「東和グループ」。この巨大企業をターゲットに計画を実行すると共に、西田たちのナノ・エコバッテリー技術を東和から解放するのだ。これは当然、『返してください!』と言ったところで無駄な話なので、こちらも正攻法ではなく搦め手が攻める作戦を立案。
2025年1月2日 世の中は正月気分に浮かれ、テレビはお目出たいお笑い番組で華やかだ。そんな中、コーヒー片手にバディとともに計画を立案する山田。準備と仕込みに半年、本番は短期決戦に決めた。ハイリスク・ハイリターンの作戦にも思える計画である。
バディがその危険性を山田に伝える。
「‥‥の結果、場合によっては複数のカンパニーを犠牲となる危険性。リスクヘッジとして計画実行期限の延長を提案する。」
「それは想定済だ。いいかバディ。日本経済の転換を図るには今がチャンスなんだ。大資本に金が集まる大企業中心のピラミッド型産業構造から、悪貨をなくすにはこれしかない。」
更に少し考えてから、山田は続ける。
「もう一度言うぞ。目標は『東和グループ』の株式を1,450万株取得することだ。SMARTSやARROWHEADの監視を掻い潜らないといけない。HFTの対策は直接お前が対応しろ。そうだな。今から仕込んで決行は夏ぐらいか。バディ、その場合の日本経済への想定被害を算出しろ。」
※SMARTS:世界的に広く使われている不正取引監視システム。
※ARROWHEAD:東京証券取引所の取引き高速化及び監視システム
※HFT(High-Frequency Trading : 高頻度取引)超高速コンピューターとアルゴリズムを用いた取引手法
バディが感情の無い無機質な合成音で回答する。
「市場への影響甚大。日経平均はマイナス1,000円程度、サーキットブレーカー発動の可能性68%、為替レートは1ドル180円を予想。更に日本のGDPは個人消費の冷え込みでマイナス10兆円、設備投資減少マイナス7.5兆円、日本全体でマイナス16.5兆円規模と予想。」
「俺が考えていた規模よりデカいな。一時的不況の認識で良いか?」
「”否”肯定的要因がない場合、金利上昇により、家計負担増大と資金不足による企業倒産が加速しGDPがマイナス2.5%以上の落ち込みとなり、景気後退が深刻化し不況の長期化を招く確率79.4%」
「そうか… なら一刻も早く計画を実行しないとな。」
「了。」
「よし、それじゃ、まず取引所の大発会(2025年1月6日)までに、各ペーパーカンパニーの買い注文の準備だ。それと今から餌を巻いておけ。」
山田耕作は薄暗い部屋の中で、光るモニターに映る数字とグラフを見つめていた。西田から提供された『研究ノート』を元に、ナノ・エコバッテリーに関するあらゆる資料やデータをバディと共に分析し基礎理論や構造を解析していたが、完成し世の中にその技術が出回れば、その技術単体のみならず、周辺の付随する技術や製品も大きく影響を受けていくと予想され、その実現性と市場での影響度は想像を上回るものであった。それこそ二酸化炭素削減や化石燃料依存体質の現代社会を劇的に変化させる可能性が高かった。
それ故に、世界各国のメーカーも似たような開発・研究は進めてはいるものの、一歩、先を行くグリーンエナジーの開発には、投資家や企業も大いに注目していたのだ。
残念ながらその技術自体は、既に西田の手を離れてしまい、東和グループ吉川社長肝いりの『次世代エネルギー開発部門』が引き継いで開発を加速化させているのであるが。
マスコミへの出演が恐らく好きであろう吉川社長が自ら、定期的にその開発状況について発表しているくらい世間の注目度は上がっていた。これは山田にとっても好都合であった。吉川社長のマスコミ対応とほぼ同時に市場の”餌”となる、投資家にとって美味しい情報を少しづつ市場に公開してきていた。今のところ、山田の思惑通りに東和グループの株価は推移しているように思える。
また、山田はこれと並行して東和グループの株式を、これも自身のペーパーカンパニー経由で目立たないように買い求めていた。全てはXデーに向けての布石であった。そして、そのための資金調達の網も静かに、だが確実に張り巡らされていた
。
そんなある日、バディが世界各国の投機情報を収集している際に、ある情報を手に入れた。山田は即座に「これは切り札になる。」と確信し、次いでバディにこの情報にプロテクトを掛け、情報元からもこの情報が漏れないよう監視強化を指示した。
さらに山田がペーパーカンパニーの名義で株式を集めている中、今や市場でもマスコミでも人気銘柄となりつつある『東和グループ』にゴシップ情報が浮かぶ。これも使わせてもらおう。注目を浴びる『東和グループ』は良くも悪くも話題に事欠かなかった。
そして山田は複数のペーパーカンパニーと取引口座を通じ、分散的かつ戦略的に東和グループ株を買い集めた。
だが、買い集められた東和の株式は6月末の時点では、まだ計画の66%、960万株に留まっており、幸いにも市場関係者や当局にも目立った動きとは捉えられてはいなかった。
これらは巧妙に、そして徐々に買い増すことで市場に不自然な動きを悟らせなかった結果でもある。SNSやシンクタンクを活用し、東和グループの成長期待を煽り、市場参加者の買い意欲を少しづつ刺激していった。まさにポジティブ情報拡散による投資家の東和グループ株購入意欲と少しづつの情報リークによる計画的な価格操作。山田本人が仕掛けたものであるが、実際は、市場関係者自身が山田に誘導され動いてしまった結果でもある。山田の計画は、これで終わりではない。ようやく始まったばかり。そして、いよいよXデーを迎えることとなるのだ。