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第10章  山田の思い

第10章 山田の思い


 住宅街にあるマンションの一室、山田耕作の部屋のデスクに置かれた複数のモニターには、日本経済の復興を象徴する数値が次々と映し出されていた。地方企業の新規上場、雇用拡大、輸出額の増加──そのすべてが「トライレイヤーコア・プラットフォーム」技術の無償公開による波及効果を物語っていた。


 山田は椅子に深く腰を預け、モニターを無表情で見つめている。指先には冷めたコーヒーカップが握られていたが、その温度にも関心を払う様子はない。彼の声が静かに部屋に響いた。

「西田は俺の思いを理解してくれてたようだな。」

山田は続ける。

「ここまで来るとは正直、思っていなかったが、会社二つを犠牲にしたかいがあったようだ。」

バディが反応する。

「Orion Partners Inc.及びNovaLink Trade Ltd.は登記抹消確認済。資金は分散して移行完了。」

証券取引等監視委員会(SESC)のサイバー捜査班の追跡を受けている際、やむを得ず囮として切り離した2社であった。

「そうだ。だが結果として100億円は手に入れたが、失った2社の代わりを新たに作らないといけないし、他の会社の維持もあるから60億円しか渡せなかったが、西田たちはやってくれた。」

山田は、冷めたコーヒーをひと口啜り、自身の思いを確認するように話しはじめた。

「資本主義の基本は物の価値の等価交換だ。だが今までの市場を見ろ。悪貨が蔓延り、本来の意味での価値交換は形骸化している。カネが市場を駆逐し、衰退させているんだ。カネは一部の者が金儲けのために存在させるものじゃない。社会を円滑に動かす血液であるべきなんだ。それを阻む悪貨がいるなら──良貨を流せばいい。それが市場の歪みを正す道だ。俺はそのためなら、どんな手段も選ばない。」


 デスクのパソコンのモニターからAIアシスタント「バディ」のアイコンが明滅している。バディが発言を求めているのだ。冷静で感情のない機械音声が即座に応答した。


「確認事項:市場への良貨の供給が目標に到達。手段の選択制限は解除済み。次回指示を要求。」


 山田はコーヒーカップを置き、ゆっくりと立ち上がった。彼の目は遠くを見据え、何かを決断するような鋭さを帯びている。だが、その表情の奥には一瞬だけ微かな陰りが見えた。窓際へ歩み寄り、向かいのマンションやビルの灯が灯る街の夜景を見ながら呟く。


「バディ、俺が今までやってきたことをどう思う?」


バディは間髪を入れずに答える。

「質問の意図を解釈:効率性と結果の評価の要求と判断。」

「解 : 全行動は効率的かつ最適。結論:合理的。」


「そうか……。だが、人はお前みたいに合理性だけで動かない。」

山田は低くつぶやいた。

「俺が使った善意の第三者たちは、結果として罪に問われることはない。だが、知らずに操られていただけで、それでも彼らも犠牲者だ。俺がそれを認識している以上、罪の重さは俺にかかる。」


バディが反応する。

「感情的判断を含む評価は非効率。目標達成のみに焦点を合わせることを推奨。」


 山田は短く笑った。感情もないバディの正論が、彼の心の中の葛藤をより浮き彫りにするようだった。ガラス越しに広がる東京の街を見つめる彼の瞳には、迷いとも諦めともつかない色が浮かんでいた。そして再び静かに言葉を紡ぐ。


「善意の第三者……。誰も傷つかずに良貨を流す方法なんてないかもしれないな。それでも……悪貨が市場を支配している限り、俺はやるべきことをやる。」


 山田のその声は自分に言い聞かせるようでもあり、覚悟を固める宣言のようでもあった。そしてバディに向き直ると、簡潔に指示を出した。

「次の計画を準備しろ。」

「了。」

「あっ、でも俺、そろそろ有給休暇の残りが少ないから、スケジュール調整もよろしく。」

「……了。」


 無感情な応答が部屋に響くと同時に、椅子へと沈み込んだ山田は孤独なトレーダーの姿からサラリーマン山田へと変わり、またいつもの日常へ戻って行く。

 だが真の彼の姿は、都会の夜景を背景に、孤独と信念の象徴のように映っていた。

山田の孤独な戦いはまだ続く。



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