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第9章  新たな資本主義の幕開け

第9章  新たな資本主義の幕開け


 西田直人は、目の前に並べられた膨大な解析データを見つめていた。

「……これは、バッテリー技術の枠を超えている」

 彼と田島康夫を中心とするグリーンエナジーの技術者たちは、提供された「トライレイヤーコア」の解析を進めるうちに、これが単なる新型蓄電池の材料ではなく、ナノレベルでの構造制御が可能な汎用プラットフォームであることに気づき始めていた。

 ナノ・エコバッテリーの研究を進めていた彼らにとって、この技術はまさに次なる飛躍の鍵だった。ナノスケールで電荷を制御し、導電性と絶縁性を三層構造の中で自在に変化させるこのコア技術は、蓄電池に留まらず、半導体や医療分野、建材、さらには宇宙開発にまで応用可能だった。


 「つまり、従来のバッテリー技術とは根本的に違うんだ。」

田島康夫はホワイトボードにトライレイヤーコアの構造を図解しながら説明を続けた。

「これまでのナノ・エコバッテリーは、平面的な電荷の分布によってエネルギーを蓄えていた。しかし、このトライレイヤーコアは異なる。三層構造の各レイヤーが、電荷の移動を最適化し、エネルギーの密度を飛躍的に向上させる。」

 西田は腕を組み、慎重な表情で田島の言葉を噛み締めた。

「それだけじゃない。」田島は続けた。

「この構造は蓄電だけでなく、データ伝送や熱制御にも応用できる。つまり、ただのバッテリーじゃなく、エネルギーを中心としたプラットフォームとして機能する可能性がある。」

「まるでOSみたいなものか。」

西田が呟く。

「そうだ。基盤技術として多くの分野に拡張できる。電気自動車、スマートグリッド、さらには分散型エネルギーシステムの中核にもなり得る。」

その言葉に、会議室に集まったエンジニアたちもざわめいた。トライレイヤーコアが持つ可能性の大きさに、全員が息を呑んでいた。

「西田社長、これはエネルギー産業の常識を覆すどころか、日本の産業構造そのものを変えるかもしれません」

 田島が興奮を抑えきれずに言った。

 だが、特許を申請し独占すれば、また巨大資本によって飲み込まれる。それでは七夕の悪夢の再来になりかねない。


新しい経済モデル


西田は考えた。

「プラットフォームを提供し、それに基づいたサービスやライセンス管理で利益を得る……。」

「そうだ。技術を無料にすれば、開発競争が激化し、関連産業が活発化する。そして、その中心に立つ我々が、新しいエコシステムを統率できる。」

それは、かつての巨大ソフトウェア企業が築き上げた経済モデルと似ていた。ただし、今回はハードウェアとエネルギーインフラが対象だ。

「この技術を開発した我々が、実装や最適化の支援をする形で事業を成立させる。」

「オープンにすることで市場全体を成長させる……か。」


 西田は覚悟を決めた。

「この技術を無償公開しよう。特許も実用新案も取らず、誰もが使えるようにする。ただし、一つ条件をつける。『トライレイヤーコア』の名称を変えず、技術の基本原理を改変しないこと。それを守るなら、どの企業もどの研究機関も自由に使えるようにする」


 2026年9月、西田たちは「トライレイヤーコア・プラットフォーム」として技術を公開した。

 当初、大手企業の反応は鈍かった。特許の保護がない技術に投資することに懐疑的だったからだ。しかし、ベンチャー企業や大学の研究機関、地方の中小企業がこぞってこの技術を活用し始めた。

 まず動いたのは、再生可能エネルギー分野だった。

 あるベンチャーが、トライレイヤーコアを用いた次世代太陽電池を開発。従来のシリコン型よりも発電効率が30%向上し、しかも軽量化に成功。日本国内の住宅市場に急速に普及した。さらに、地方の送電インフラの問題を解決するため、小規模な自律型電力網が次々と生まれた。

 これにより、地方のエネルギー自給率が飛躍的に向上。電力会社の中央集権的な供給モデルが崩れ、エネルギーの地産地消が進んだ。

 次に、半導体業界が動いた。

 トライレイヤーコアのナノ構造を利用することで、半導体チップの発熱を抑える新素材が誕生。これにより、従来の5倍の処理速度を持つプロセッサが開発され、日本の半導体産業は一気に復活を遂げた。これまで海外依存だった電子部品の製造が国内で完結するようになり、電子機器メーカーが次々と生産拠点を国内に戻してきた。

 建築業界でも変化が起こった。

 トライレイヤーコアを塗布したコンクリートは、電磁波を遮蔽しながら、蓄熱・断熱機能を持つ。これにより、エネルギー消費を抑えた次世代型のビルが建設され、都市の電力需要が減少。東京、大阪といった大都市のエネルギーコストが大幅に削減された。

 こうした動きは日本全体の経済にも波及した。

 2027年、日本のGDP成長率は4.2%に達し、長らく続いた低成長時代が終わりを告げた。地方経済は活性化し、東京一極集中の構造が徐々に変化。地方都市に新たな産業が次々と誕生し、雇用が生まれた。

 そして、この技術の恩恵は一般市民にも及んだ。

 電力の分散化と蓄電技術の発展により、家庭向けの電力料金は40%下がり、自家発電が一般的になった。スマートシティ計画が各地で進み、都市のエネルギー消費が最適化され、公共交通機関も電力自給型へと移行していった。

 かつて「失われた30年」と呼ばれた日本経済は、たった数年で驚異的な成長を遂げていた。

 西田は、静かに街を見下ろしていた。彼らが作り上げた技術が、日本の産業構造を根本から変えた。

「本当に……変わったな」

 目の前に広がる光景は、三角形型の資本主義ではなく、まるで太陽系のように中心から拡がる新たな経済モデルだった。経済アナリストは「ジャパンモデル」と言っていた、それは、誰かが頂点に立つのではなく、共存しながら成長していく仕組み。

 トライレイヤーコアは、ただの技術ではなかった。

 それは、新しい時代の象徴となったのである。


新しい光の経済


 東の空に朝日が差し込む中、工場の機械が静かに目を覚ました。四国の小さな町では、「トライレイヤーコア」を搭載した農業用ドローンがテスト飛行を開始していた。数年前まで、ここは高齢化と過疎化の進行により、耕作放棄地が広がる寂れた町だった。しかし、今では新しい産業が芽吹き、若者たちが次々と戻ってきている。

 プロジェクトリーダーの村田は、工場の窓から飛び立つドローンを見上げながら微笑んだ。東京の大手メーカーに勤めていた彼は、この技術の可能性を信じ、故郷に戻ることを決意した。「トライレイヤーコア」の技術を活かせば、過疎地でも効率的な農業が可能になる。軽量で長寿命、再生可能エネルギーで充電できるバッテリーは、農業の未来を大きく変えようとしていた。

「これがあれば、土地を守ることができる。未来を守ることができるんです。」村田の言葉に、町工場の仲間たちが頷く。

地方から広がる経済の波紋

 一方、東北地方では、寒冷地向けの住宅用蓄電システムが次々と導入されていた。「トライレイヤーコア」を活用した蓄電システムは、電力供給の不安定な地域で大きな力を発揮した。これまで高価すぎて一般家庭には手の届かなかった再生可能エネルギーが、今では当たり前のものになりつつある。

 地元の工務店「未来建設」の社長、田島洋一は、雪の積もる屋根の上で太陽光パネルを取り付けながら感慨深げに言った。 「これは単なる技術革新じゃない。暮らしそのものを変える力があるんです。」

 彼の言葉通り、エネルギーの自立が進むことで、地域の生活は劇的に変わった。冬の停電に怯えることなく、子どもたちは暖かい部屋で勉強できる。商店は夜遅くまで営業でき、観光業も復活の兆しを見せていた。

経済の中心が変わる

 東京では、トライレイヤーコアを搭載した次世代電気自動車(EV)の開発が進められていた。大手自動車メーカーと新興スタートアップが手を組み、航続距離が2倍、充電時間が従来の半分以下という新型EVを世に送り出そうとしていた。

「これは競争じゃない。共創の時代なんです。」

 スタートアップのリーダー、高橋の言葉が示すように、従来の経済モデルが変わり始めていた。大企業が頂点に立つピラミッド型の資本主義から、ネットワーク型の新たな経済へ──まるで太陽系のように、中心から波紋のように広がる経済モデルが生まれつつあった。

 大企業が独占するのではなく、技術を開放し、誰もがその恩恵を受けられる。地方の町工場、スタートアップ、個人のエンジニアまでもが、自由に技術を活用できる社会が形成されていく。

政府の後押しと国民の期待

 政府もこの動きを後押しすべく、「地方イノベーション促進助成金」を設立し、小規模な企業でも技術開発に挑戦できる環境を整えた。この政策により、多くのベンチャー企業が新たな事業に参入し、地方と都市部の経済格差は縮小しつつあった。

 経済評論家の田村は、この変化を「コズミック経済」と呼んだ。

「これは銀河のような経済モデルです。中心からエネルギーが広がるように、地方からのイノベーションが経済全体を活性化させていく。かつての中央集権型の経済とはまったく異なる、新しい資本主義の形です。」


 そんな変革の波の中心にいたのが、西田直人だった。

 彼は、トライレイヤーコアの技術を無償公開した後、その影響がどこまで広がるかを見守っていた。四国の小さな町、東北の復興地域、東京の新興企業──どこに行っても、技術を基盤にした新たな経済活動が芽生えていた。

 しかし、その光景を前にしても、西田の胸には一抹の不安があった。

「あの日、俺が渡した研究ノートが……」

 彼の脳裏には、東和グループの崩壊、そして日本市場の混乱が蘇る。あの混乱がなければ、この技術は今も一部の大企業に独占され、広がることはなかったのかもしれない。だが、それは正しかったのか。

 彼は、静かに雪が降る町を歩きながら、工場で働く若者たちの笑顔を目にした。かつて未来を諦めかけていた人々が、新しい希望を手にしていた。

「……これで良かったのかもしれない。」

 西田は小さく呟き、息を吐いた。

 彼の中の迷いは完全に消えたわけではない。しかし、この変化の中に、確かに新しい未来があることを感じていた。トライレイヤーコアを中心に広がる経済の輪。それは、単なる技術革新ではなく、人々の生き方そのものを変える、新しい時代の幕開けだった。

 空を見上げると、朝日がゆっくりと街を照らし始めていた。



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