プロローグ ターニングポイント
ずっと掲げてきた目的の達成に、浮かれ上がるはずだった年の瀬のその日。
まるでこうなることを暗示するように、東京では希有な雪の夜だった――。
念願の受賞を知った俺は、朝方までまともな思考状態ではいられなかった。
だって同日に、一緒になって小説を書いていた相棒が、手首を切り自殺を図っていたのだ。
作家として認められた彼女は、これからますます飛躍して行くに違いなかったのに。
誇ることも無く、賞賛される間さえ無く、病院に緊急搬送。そのまま面会できなくなった。
輝かしい未来から一転した荒唐無稽な事態に、俺はひたすらに振り回されるしかなかった。
なぜ、どうしてと混乱するのに忙しく、盲目し、だからこそ朝になるまで気付けなかった。
肝心なことを見落としていたのだ。
受賞した作品のタイトルは俺達が考え抜いて付けた造語《Season`s》――さらに作品紹介の簡易あらすじによって、あれが彼女の作品である点に疑いの余地はない。
しかし、受賞者の名は【火華】というまったく知らぬ名で明記されていたのだ。
俺達のペンネームはそうじゃない。ならばコイツは別の人間であるということ。
状況により示されているのは断じて許し難い事実、盗作。
作家にとって作品の生み出しは、冗談抜きで文字通り命懸けだってのに。
だから彼女は絶望し、あんな真似を。
だったら苦しくて、哀しくて、すべてが嫌になったっておかしくない。
俺でさえ、こんなにも狂いそうなのだから。キミは……もっとだろう?
それなのに――。
「コイツは今、笑ってるのか? 美辞麗句で、添えるだけのあとがきでも書いてるのかよッ」
まざまざと知った。
人はここまで憎悪に塗れられるのかと。
心がどろどろに濁っていく。黒々と、否、もっとおぞましい色に煮詰まって、全身が焼けるような熱を帯びて――
誰だコイツは……いや、誰であろうと、構いやしない。
今にも破裂しそうなこの感情を、あらん限りの力で叩き付けてやらなければ気が済まない。
「必ずお前を見つけ出し……殺してやる……【火華】」
こうして俺は目的を変え動き出す。
人生における最大の転機となった今日に至るまでを、苦々しく思い返しながら。