盗まれた下着
「⋯⋯ふぅ。 今日も疲れたな」
僕は一糸まとわぬ姿となり湯船に浸かる。
「魔王の頃にも水浴びはあったが⋯⋯それを湯に変えるだけでここまで劇的に変化するとはな」
足でバシャバシャと湯を軽く蹴りながら、肩までしっかりと湯船に身体を埋める。
これがとても気持ちい。
風呂に入って一日の疲れを癒やすことは、数少ない僕の楽しみである。
「しかし⋯⋯サーチェは強いなぁ。全く当たる気がしない」
時が経つのは早いもので、僕がメイドになってから二週間が経過しようとしていた。
僕は毎朝、訓練という名目でサーチェを殺そうと仕掛けているのだが⋯⋯等のサーチェは、その最中に余裕の表情で僕にアドバイスを繰り出してくる。
かなり悔しいが、サーチェがするアドバイスは的を射ているため聞くべきところがあるのだ。
それが更に悔しいのだが⋯⋯
「さてさて……」
僕は訓練の最中、サーチェに貰ったアドバイスを思い出していた。
―――お前、タイツやめた方がいいぞ。 そんな貧相な胸なのに脚まで隠してちゃあそそらねぇからな。
……って違う⋯⋯何を思い出しているんだ
「…………」
一瞬自分の胸を確認して、首を振った後に僕は再びサーチェの暗殺方法を思案する。
これまで色々と試してきた中で、一番感触が良かったのは魔法を使っての暗殺だ。
「けどなぁ⋯⋯あれは後片付けが面倒だ」
ぽつりと呟く。
以前僕の身体でもギリギリ使えるような炎魔法を使っての暗殺を試みた事があるのだが……避けられた火球が棚に引火して大変なことになった。
あの時の言い訳と後始末は非常に大変だったことを僕は永遠に忘れないだろう。
「いやぁ困った……どうするかなぁ⋯⋯ん?」
そうボヤきながら風呂を出た。
国王を説得して用意して貰った寝巻きに着替えようかと思ったその時⋯⋯洗濯物の籠をぼんやりと見つめてひとつの事に気がついた。
……ない。
ないのだ。 僕の下着が⋯⋯。
「⋯⋯盗まれたな」
誰が? そんな事を考えるまでもなく犯人は分かっていた。
……そう、サーチェだ。
僕は寝巻きを一度下げ、既にクローゼットに仕舞っていたメイド服に見を包んだ。
「まったく……サーチェは子どもか?」
―――バン!
ノックもせずに派手にドアを開け、部屋に入る。
「よぉ。 来ると思っていたぜセリカ」
僕は部屋の中で脚を組み椅子に座って、何故か無駄に格好をつけているサーチェを見据え⋯⋯
「あの、普通に気持ち悪いです」
思いっきり隠したナイフを投擲する。
「よっと! 危ない危ない」
サーチェはそれを軽く避ける。
躱されたナイフはそのままの勢いで壁に突き刺さり、大きく穴を開けていた。
「「…………あ」」
声が重なる。
とりあえず面倒事が増えることが確定したのだ。
「…………で、返してもらっていいですか?」
「いやいやまぁ落ち着けって。 俺がなんの意図もなくこんな無駄なことをすると思うか?」
「……? 思いますけど」
「即答かよ」
苦笑するサーチェ。
その口ぶりから察するに、何かしら伝えたいことがあるのだろうか?
僕の訝しげな表情を察したのか、サーチェは再び僕を見つめる。
「こないだ言っただろ? 俺の師匠のこと」
「……あー。 言ってましたね」
「それと今度会いに行く約束がついてな。 今度お前も連れて行くぞ」
「おぉ」
僕の身体について知っているサーチェの師匠と会える算段がついたらしい。
サーチェに戦闘を仕込んだ師匠とやらが一体どんな人なのか、是非とも会ってみたいものである。
「それは素直に楽しみですね」
「だろ? んで、今度お前の休暇の時にでも向かおうと思うんだが……いつだ?」
「ええと……明後日ですね」
ちょうど明後日の休暇は何の予定も入っていないため、とても都合が良い。
「了解。 んじゃ、明後日会いに行くって伝えとくわ。 ありがとな、もう戻っていいぞ」
「はい、失礼します。 それでは明後日よろしくお願いします」
ぺこりと一礼して僕は退出する。
何かを忘れているような気がするが……まぁ気のせいだろう。
★
「はぁ⋯⋯はぁ。 危ねぇー! あいつ速攻で来やがった……俺のこと信用してなさすぎだろ!」
王城の一角、とある部屋の中で、サーチェはベッドの上でブツブツと呟いている。
「セリカが来た時は終わったと思ったが⋯⋯何とか耐えたな」
そんな彼の手に大事そうに握られているのは白い布。
セリカの部屋から強奪した彼女の下着である。
「よし! もう邪魔者はいないし、心置き無く楽しめるぜ⋯⋯。 ただ、今日は眠いから明日にするか⋯⋯」
……そうしてサーチェは眠りについた。
翌朝、彼は憤怒の形相のセリカに半殺しにされることになるのだが……それはまた別の話である。
明日こそお休みの可能性が高いです




