勇者の師匠
「ええと……『かくして魔王様は人間からの独立を果たすのであった』と」
「ほーん。 本当にちゃんと読めるんだなー」
僕が本の内容を読みながらそれを人語で書き写している最中、サーチェが感心の声を上げる。
思えば復活してから数週間が経過していた。
相変わらず僕はサーチェ直属の部下兼専属メイドとして午前はメイドの訓練を行い、午後は図書室に入り浸っていた。
そして、今日は珍しくサーチェが僕の作業を見物しに来ていたのだ。
「こんな子どもレベルの文章が読めないほうが問題だと思いますけどね。 というか、こんな絵本レベルの内容を読解しても何の役にも立たないと思うんですけど」
「ん? まぁ親父がやってることだから別にどっちでもいいんじゃね? ……っと危ない」
「……チッ。 外しましたか」
書き写すフリをしながらペンを投擲したが、あっさりと回避されてしまった。
王族の癖にサーチェは異様な強さを持っている。 特に反応速度が恐ろしく早いため、今まで僕が仕掛けた暗殺は全てかすりもしていない。
「舌打ちすんなって。ほれ、お茶とお菓子持ってきたから休憩にしようぜ?」
「……むぅ」
「てかよセリカ、お前働きすぎじゃね? 魔王ってもっとワガママな感じがあったんだが……」
サーチェの出した差し入れを頬張りつつ、僕は首を傾げる。
「そうですかね? てか、逆にどんなイメージ持ってるんですか?」
「んー? そうだな。 普通に脳筋、みたいな?」
サーチェの返答に僕は素直に驚いた。
「いやいや、そんなわけ無いでしょ。 魔族は文人統治ですよ? 選挙で選ばれましたし」
「え? 魔王って世襲制じゃないの?」
「はい?」
……どうやら本当に何も伝わっていないようである。
「いや、俺が知らないだけなのか? うちの国の歴史だと魔王ってセリカしかいないし……それが最強の魔族だったって書いてあったはず」
「まぁ確かに僕以前に魔王はいませんが……マジですか」
「おう」
そう言ってサーチェは紅茶を優雅に嗜み始めた。
「ふむ……。 まぁ歴史っていうものは勝者が作り出すものですからね。 多少歪められるのは仕方ないでしょう」
「なんならうちの国だけでも正しい歴史にしてもいいんだぜ? ……帝国と軋轢が生まれるだろうけど」
「別にいいですよ。 今更詮無いことですから」
そう言い捨てると、僕は再び作業に戻る。
正直なところ、あまり興味がなかった。
サヤに唆されて国を興して人類と戦ったとはいえ、お咎めを食らったのは僕とサヤだけで、魔族自体は各地で生き残っている。
僕が魔王になる前、魔族たちは元から人類と接点がなかったため、結局は元に戻っただけだ。
「何か悪かったな」
「まぁ悪いと思うんなら暗殺させてくださいよ。 いい加減メイドの業務がきつくなってきましたので」
試しにサーチェに向けてペンを投げてみたものの、やはり当然のように受け止められてしまった。
王族のくせにどうしてこんなに強いのやら。
「それは無理だな。 そもそもうちは慢性的な人手不足でな。 魔王の手でも借りたいんだよ」
「……そうですか。 一応言っときますけど、この身体じゃなかったら私勝ってますからね? この身体、異様に魔力の通りが悪いんですけど」
本来僕の戦い方の主流は体術ではなく魔法なのだ。
不慣れな戦いを強要されて甚だ不愉快である。
「いやぁそれは……まぁいいじゃねぇか。 その身体だからこそ楽しめることもあるだろ?」
「……例えば?」
サーチェの苦しい返答を逃さんとばかりに問い詰める。
「そうだな……その……お洒落、とかか?」
「…………」
目を泳がせながらの苦しい返答をするサーチェ。
……まぁいい、今更どうこうなるものじゃない。
「……仕方ないですね。 ですが、この身体の出どころくらいは知りたいですね」
「うーん。 それもイマイチ分かってないんだよな、俺自身、身体も契約書も別のやつからもらったものだから」
「……へぇ。 ……その人はどんな人なんですか?」
僕の身体は一体どうやって作られているのだろうか、それはずっと気になっていた。
普通に考えれば人形を依代としているのだろうが……それにしては精巧すぎる気がする。
……まるで本当の人間であるかのように。
「そうだな……まぁ今度合わせてやるか。 俺の師匠だ」
「師匠? 戦闘のですか?」
「そんなところだな」
なるほどサーチェには師匠がいたのか。
それなら王族のくせに持ち合わせている抜群の戦闘能力にもある程度納得はいく。
その師匠とやらが僕の諸々を知っているのなら……今度合った時に問い詰めようではないか。
「それではぜひ、今度その師匠さんとやらに合わせてくださいね」
「……へいへい。 まぁ分かったよ。 ん、おかわり」
どこか乗り気じゃないサーチェはぐっと紅茶を飲み干して、空になったカップを突き出してきた。
「はいはい。 ……どうぞ。 それと、約束破ったらだめですよ?」
サーチェへの給仕などもはや慣れたものだ。
ささっと紅茶を用意してサーチェの前へと突き出した。
「……ん、まずい」
当たり前のように失礼な感想を述べるサーチェなのであった。




