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メイド就任は突然に

 小鳥の囀りがどこからか聞こえてくる気持ちの良い朝。 思わず二度寝してしまいそうな程にポカポカとしたそんな気候の中、僕は豪華に装飾されたとあるドアの前に立っていた。


「ご主人様? 起きてください朝ですよ?」


 コンコンとドアを叩くが返事はない。

 よーく耳を澄ませてみると、中から小さな寝息のようなものが聞こえてきた。

 寝ているのだろうか? まぁ無理もないが。


「失礼します!」


 軽くノックしてドアを開ける。

 目に映るのはシーツをぐちゃぐちゃにして眠っている男。その男に近づいて声をかけた。


「起きてください! ご主人様!」


 返事はない。 やはり⋯⋯眠っている。

 よし⋯⋯今がチャンスだ!!

 僕は()()()()()()()()()()を大きく振りかぶって⋯⋯

 未だ起きることの無いご主人様に向けて、そのナイフを振り下ろすのであった。


「むにゃ? おはようセリカ。 朝から元気だなー」

「な⋯⋯ッ?」


 あっさりと下ろしたナイフは受け止められてしまった。

 驚く僕のご主人様ことサーチェ=ストレチアは、まるで小鳥の囀りを聞くような落ち着いた表情でナイフをポイッと床に投げ捨てて、うーんと伸びをした。


「いやー。 本当にセリカのおかげで早く起きられてラッキーだぜ。 いつもありがとうな?」

「いえ⋯⋯。 というか、全然早くありません。 私が今朝何時に起きたか知っての発言ですか?」

「え? だってまだ日が昇りきってないぜ? ってことは早いだろ? あとお前は俺のメイドなんだから早く起きるのは当たり前だ」


 当然のように言い放つサーチェに僕は辟易する。


「⋯⋯そうですね。 とりあえず掃除をするのでさっさと部屋から出てください」

「あいよー」


 あまりに馬鹿げたサーチェの主張に僕は諦めて、持ってきた掃除道具を手に取って掃除を始めた。


「これは⋯⋯」


 ベッドの下の掃除の最中に見つけた、メイドがご主人様にそういった行為をされる薄い本を手に取って背筋の凍る思いを感じながら。


 ★★★★★


 僕はかつてゴブリンやらオークやらの魔族を統べる魔王であった。

 悪友に唆されて、ちょっとばかり調子に乗って人間達にちょっかいをかけていたら⋯⋯ある日勇者がやって来て討伐されてしまったのだ。

 それで死ぬ事が出来たらまだ良かったのだが⋯⋯あろうことか氷漬けにされて、勇者が国王から賜った城に飾られることとなったのだ。

 初めのうちは勇者達に復讐をしようと意気込んでいたのだが⋯⋯人間達の営みを氷漬けのまま見つめていくうちに、その気持ちも萎えてしまった。

 そんな風に長い間放置されていた僕なのだが⋯⋯つい最近転機が訪れた。 勇者の一族が統治するこの地⋯⋯ストレチア王国の王子であるサーチェが「解放してやろうか?」と声をかけてきたのだ。

 僕としては願ってもないチャンスだったので「人間達に危害を加えないと誓うから⋯⋯解放してくれ」と二つ返事でそう言ってしまった。 するとサーチェは少し考えるような素振りを見せた後「分かった」と短く返して、一度決めた内容は()()()()()()()()()()()()()契約魔法を発動したのだ。

 僕は最初に書かれていた『魔王ヴァイスを解放する』という文言を目にしてから、ロクに内容を読み込むことも無く契約を結んでしまったのだ。 そして⋯⋯契約が成立して明るくなった視界では⋯⋯


「⋯⋯は?」


 姿見の前で目を丸くする、あどけなさが残るものの見目麗しい美少女⋯⋯もとい転生した僕の姿が映っていた。

 その身を包むのはメイドと呼ばれる給仕が着用するメイド服で⋯⋯何が何だか分からなかった。


「はっ! よく似合ってるじゃねえか!」

「なっ⋯⋯一体何をし⋯⋯ッ!」


 途端に身体に激痛が走った。 困惑する僕に「契約内容をよく見てみな」と指示をするサーチェ。

 言われるがままに先程の契約魔法の内容を注力して見ると⋯⋯そこには驚くべき内容が記されていた。


 一,魔王ヴァイスを解放する

 二,解放した魔王ヴァイスの身体を、こちらが指定したものへと変更させる。

 三,魔王ヴァイスは本日よりサーチェ=ストレチアのメイドとして働くことを義務付け、敬語を使うことを強制する。

 四,魔王ヴァイスがこの契約を無効にする方法は、主人であるサーチェ=ストレチアを暗殺することのみである。


「な⋯⋯ッ! なんですかこの内容は!?」

「ニッシッシッ! やっぱり読んでなかったな!」


 策にはめたことが嬉しかったようで、ご機嫌に笑うサーチェを睨みつけるが⋯⋯当のサーチェは意に返した様子もなく笑い続けるだけだった。

 くそっ⋯⋯! いや⋯⋯待てよ? 確か契約内容には⋯⋯。


「さてと⋯⋯んじゃセリカ。 お前にはこれから⋯⋯っておいおいおい!? 何しようとしてるんだ馬鹿野郎!?」


 サーチェは気がついたようだが⋯⋯もう遅い。

 僕はここで、かつて僕だけが使うことのできた大魔法の詠唱を完成させたのだから。


「⋯⋯くたばれ! 《終焉の無(ゼロ)》!」

「うわぁぁぁぁ⋯⋯ってあれ?」

「⋯⋯《終焉の無(ゼロ)》!」


 念の為もう一度詠唱したが⋯⋯一向に魔法が発動する気配はない。 気まずい沈黙が僕たちの間に流れる⋯⋯。

 これは⋯⋯魔力が足りない!?


「⋯⋯さて。 参りましょうかご主人様。 何か用があるのでしょう?」

「いやお前⋯⋯今のってもしか⋯⋯」

「御用があるのでしょう? ご主人様? 早く参りましょう」

「いやだからさっきのって⋯⋯痛てぇ!?」


 くどいサーチェの脛を蹴り飛ばしてやったところ、ようやくわかったのか「俺の親父。 現国王に会いにいくぞ」と指示を飛ばしてくれた。


「あ。 お前、親父の前ではちゃんとしろよ? もし変なことをしたら俺が怒られるんだからな!?」

「おやおや。 それはどうでしょうか? もしかしたら間違えて魔法をぶっ放してしまうかもしれませんね」


 そんな風に少しばかりサーチェに反撃できたことを喜びながら、僕はまだ見ぬ国王の元へと向かうのだった。

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