ボロ寺の和尚、かすていらを作る
「あー、なんか甘いものが食べたいなぁ」
ふと、そうした衝動に駆られることは誰にだってあるものだ。
かの有名な美女・楊貴妃は皇帝である玄宗に大好物のライチをねだっていたというし、イタリアの豪族カトリーヌ・ド・メディシスはフランスに嫁ぐ際マカロンなど菓子類の調理技術も持ち込んだという。また日本ではあの夏目漱石や芥川龍之介が大の甘党であったと知られているし、一定数の年代――戦争で物資の少ない時代を経験した世代の中には大概、「甘いものに目がない」という人間がいるものである。
精神的疲労を味わうと、甘いものが欲しくなる。誰だってそーなる、おれもそーなる。
人間はみんな甘いものが好きなのである。
「――とはいえ、『かすていら』を作ってみろと言われてものう」
ボロ寺の和尚はそう独り言ち、溜め息をつく。
事の発端は他愛もないことであった。寺の小坊主が掃除のための水を撒いていたら、それがたまたま通りかかった武士の袴にかかってしまった。
「ここは仏様の名に免じて許してくだされ……」
「ならぬ! 絶対に許さん!」
武士はさんざんキレ散らかした挙句、ついに刀を取り出し「斬り捨て御免だ!」と叫び始めた。
実は「斬り捨て御免」は言うほど簡単なものではない。なぜ「斬り捨て御免」をしたのか、そうするだけの無礼が行われたという証明はあるのかなどきちんと届け出をしなければ武士の方が逆に罰せられる。現在のスクープに必ずスクショの画面や動画が出回るのと一緒で、証拠がなければ暴露系ユーチューバーも奉行所も動いてくれないのである。
とはいえ、「刀」というわかりやすい凶器を見せつけられては誰しも恐ろしいと感じてしまうものだ。和尚も内心、縮み上がりつつ必死に宥めたがそれに対し武士は「それなら」と威圧的な態度で口を開く。
「俺は主の下で食べた南蛮菓子の『かすていら』というものが非常に気に入ってな。貴様ら、『寺』の者であるならこの俺に『かすていら』を作ってみせろ。そうしたら、『かすていら』に免じてこの『寺』にいる者たちの命は見逃してやる!」
そんな小学生も苦笑するレベルの無理難題をふっかけると、ようやく武士は刀を収めたのだった。
――というわけで和尚は今、見慣れない材料を前にうんうん唸っているのだった。
カステラは室町時代にポルトガル・スペインから伝わってきた菓子であるが、日本に広まっていったのは江戸時代以降であると言われている。とはいえボロ寺の和尚にとっては見慣れない、「なんか高級そうなスイーツ」ぐらいの認識であることに変わりはなかった。とりあえず武士から言われた材料――小麦粉、卵、水飴の三つを寺の威光と人脈で集めてみたが、作り方はさっぱりだ。
「どうやら混ぜて焼くものらしいが……とりあえず、火を通してみるかのう……」
呟きながら和尚は貴重な材料を無駄にしないよう、試しに少しずつ混ぜてみる。
「料理は女のやること」「男は仕事、女は家事」といえばいかにも古臭い男尊女卑の価値観に思われがちだがこの考え方は昭和以降、日本がバブル期に突入した辺りで定着したものと言われている。男性一人の収入で家族が養えるほど安定した景気、家電製品の発達・普及など様々な要因が重なってのことではあるが、いずれも「昔の日本人男性は料理をしなかったのか」と問われると答えはNOである。従軍していれば炊事兵として調理当番が回ってくることもあるし、幼い弟妹のために家事労働を手伝うこともある……いつの時代もみんな、生きるために必死だしそこに性別は関係ないのである。
そんなシビアな時代の中、和尚はおっかなびっくり卵を割り――寺なのに殺生をするのか? とツッコまれるかもしれないが戒律を破って好き放題する不良僧侶は結構いたものだ。この和尚もその辺りは緩い生臭坊主である――器の中で混ぜると、とりあえず寺にあった平鍋で焼いてみる。
お菓子作りを成功させるコツの一つ、それは「細かい工程も面倒くさがらずにしっかりやること」である。
粉をふるいにかける、卵白を泡立てメレンゲを作る、予熱してオーブンを温めておく……いずれも些細なことであるが、初心者はこれらをきちんとするだけでかなり成功率が跳ね上がる。特に焼き菓子では、焼き上がりに大きく差が表れてくるものだ。
しかし、そんなことを知らない和尚に未知の菓子『かすていら』を作ることなどできるはずもなく……結果、出来上がったのは焦げたベチョベチョの何かであった。
「あれまぁ和尚さん、どうしたんです」
焼け焦げた匂いに反応し、慌てて寺へと集まった町の人々がそう話す。
「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉があるが、木造住宅の多い江戸時代において火事は今以上に恐ろしい大災害だった。当然、みんな火には敏感でありここに集まった野次馬たちもぶっちゃけ寺より身近で火事が起こることの方が心配だった……そんな本音を隠しながら、事情を聞いた女の一人が口やかましく言ってみせる。
「ちょっとちょっと、適当に混ぜて焼いたところで上手くいくはずがないでしょう。ちゃんと水っぽくも粉っぽくもならないように混ぜないと。ほら、貸してごらんなさい」
言うが早いか、彼女は慣れた手つきで箸を使う。それを平鍋に広げてみせるとなるほど、先ほどよりは甘い匂いがしてそれなりに上手くいきそうになるが――火が均等に行き渡らず、思わず「なんだ、てめぇも駄目じゃあねえか」と口を滑らした旦那が拳骨を食らわされる。
調理道具やコンロの火の強さにもよるが、市販のホットケーキでも上手に焼けない人はいる。だいたいここに集まった町人たち『かすていら』を詳しく知っているわけではないのだ。本来の『かすていら』は引き釜を使って作るものであるとかその調理方法が天候含めた絶妙な火の加減による調整が必要であるとかいうことを知るはずもない。
ただでさえ貴重な材料を無駄にされちゃ困ると和尚は必死に、やいのやいの言う町人たちを抑えるが、何度も作って焼いてを繰り返していれば資源も減ってくる。
「これはまずいぞ、とりあえず水で薄めてみよう」
「蜂蜜でも入れてみたらどうだい?」
「仕方ねぇ、そば粉も使ってみるか」
もはや当初の材料からかけ離れて、あれこれやっているうちに小坊主の一人が「おっ」と小さな声を上げる。
「和尚、これは丸いし綺麗に焼けましたよ」
言いながら、小坊主が焼き上げた物にその場の全員の目が集まる。
それは円盤のように、薄く丸いものであった。だが今まで焼いたどれよりも良い香りを放っているし、生焼けでも焦げ付いてもいない。ごくり、と生唾を飲む子どもの一人が試しに食べてみる。
「――っこいつはうめぇや! これならお侍様も『かすていら』だって大喜びするぜ!」
「うむ……確かにこれは、『かすていら』だな……」
なんだかんだ焼けたそれを食った武士は、微妙に不満そうな顔をしながら頷く。
あんなことを言ったはいいが、この武士だって『かすていら』に詳しいわけではない。だから和尚たちが作ったそれがどちらかと言うと『ぼうろ』に近いものであること、本物の『かすていら』を食わされても正直よくわからないことを言えるはずがない。ただ、なんだかんだ口にしたそれは一応「甘味」として成立しており――奉行所へ届け出る手間や自身の武士としての立場を考えた彼は、それで和尚たちを許してやることにした。
本当のところを言うとただ単に「甘いもの食ったら落ち着いた」というだけなのだが、それを武士が認めることは決してないだろう。
こうして無事に窮地を切り抜けた和尚と寺の者たちだが、その後は「また焼いてくれ」という要望に応えてその『かすていら』もどきを振る舞うようになった。
「ただまぁ、普通に食べるだけでも飽きてくるな」
「ちょっくら何か挟んでみるか」
――さて、「カステラ」「ぼうろ」の他に日本に昔からある菓子の一部と言えば、某猫型ロボットの好物「どら焼き」が挙げられる。
南蛮菓子として確実に「海外から伝わったもの」とわかっているカステラなどと違い、どら焼きの由来には諸説ある。源義経に仕えた武蔵坊弁慶が最初に作ったとする説、千利休が作った茶菓子の一つである助惣焼きが原型であるとする説、そして楽器の銅鑼が由来となった説……
「楽器の銅鑼を使うと、もっと焼きやすいぞ!」
「あんこを挟んでみるといけるぞ、これ!」
……このボロ寺の和尚が発祥者である可能性も、ゼロではないのかもしれない。