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7.巻き添え

「私の講義はそれほどに眠いですかね」

 ジュンサイの声にジンはビクッとした。また眠りかけていたのか。しかし、それはジンに向けられたものでは無く、挑発するような大あくびをしているエイキへの言葉だった。

「はぁ、眠いですね」

 エイキは肘をつき顎を掌の上に載せたままの格好で、平然と言い放った。ジュンサイの顔色がさっと朱に染まった。その顔を退屈そうに眉を寄せて眺めながら、エイキはさらに追い討ちの言葉を放つ。

「だいたい長ったらしくて退屈な上に、中身がでたらめなんですから、どうしようもない。あくびも出るというものです」

「っ、でたらめとは、どういうことです」

「それを明らかにするには、先生の講義にいくつか質問をしなきゃいけないんですが、それでもよろしいんですか。この講義中には一切の問いは許されない、でしたよね」

 ジュンサイの右手の鞭が、今にも踊りそうな気配に揺れている。が、四宮の朱家の長男であるエイキを、八聖の分家出身であるジュンサイが打つことはできない。カイ老師なら、あるいは何人かの他の講師も、このような講義への侮辱に対しては、身分の違いに臆することなく厳たる行動に出ただろう。しかしジュンサイはこの世界の権威に公然と立ち向かえる人間ではない。それが分かっていてのエイキの挑発だった。

「そう、質問は許されていませんし、その必要もないでしょう。どうやらあなたは、この講義を受ける意志が無いように思われますし、そのような態度で得られるものは有る筈もない。であれば、ご自分の時間を大切にされて、退席してはいかがですか」

 ジュンサイは精一杯の威厳を、皮肉じみた丁寧な言葉遣いに込めた。

「そうですね。それは先生が今日、仰られた言葉の中では、一番真実に近いように思われます。ではお言葉通り、退席させていただきます」

 エイキは、ジュンサイの威厳を台無しにするかのような傲岸な口調と内容を、同じような丁寧な言葉にくるむと、立ち上がりざまに、。

「じゃ、ジン、出ようか」

 と声をかける。

「えっ、はっ、あの、でも…」

 いきなり名指しされてジンは仰天した。とっさに言葉が出て来ない。

「ほう、そう言えばジン君も先ほどから退屈しているようでしたね」

 ジュンサイは嘲るような調子を滲ませ、冷たく一瞥する。

「結構です。二人とも退席して下さい」

 どう考えてもこの講義に関して、この先に秀や優のような好成績はもちろん、了や可すらも期待することもできない、とジンは悟った。大試問を前に不可の烙印を押されては、講義に出る意味が無い。諦めて立ち上がると、深々と一礼し、さっさと先に講義堂を後にしていたエイキを追って退席した。

 講義堂の入り口の辺りで伸びをしているエイキに歩み寄る。

「なんで、巻き添えにするんですか」

 怒鳴りたい気持ちを抑えながらも、さすがに強い調子で詰め寄った。

「おまえなぁ、あんなあからさまな嘘を聞いてたってしかたないだろう。おまえはどうせ、自分では止められないだろうから、俺がかわりに時間の無駄を省いてやったのさ」

「勝手に決めないで下さい。内容はともかく、あれは了を取れる可能性があった貴重な科目だったんですから」

「フン」

 エイキは鼻先で笑うようにしてから、鋭い目でジンを睨みつけた。

「内容はともかく、か。そこは認めるわけだ。じゃ、ますます問題はない。ジュンサイがおまえに絶対に了なんかよこすもんか。可もほとんど無理だな。おまえも商人の息子なら、そういう情報はしっかり入れとけ。平民出の場合は、付け届けが行き届いてる奴だけだよ、あいつの科目を取れるのは。重盛屋の親父はそういう真似はしないだろう。だから端っからあの科目は無理なのさ。これが八聖十六貴の出なら、まぁ無事に受け通せば間違いなく了。ただし奴ともめごとになれば、取り巻きもまとめて全員、不可になる」

 と、ジンを指さした。

「取り巻き…」

 ジンはつぶやく

「知ってるか。内政局じゃ部局の長になる奴は、あれを了で取ってなきゃいけないんだ。だから八聖十六貴の子弟は奴には頭が上がらない。四宮は別格で、最初から枠が違うから出世に関係ないが、脅しが効きにくい分、目の仇だ。となりゃ、俺と親しい、少なくともそう見られてるおまえは、さっき俺がジュンサイともめた時点で完全に終わってたんだ。俺と親しくすると、成績にに響くぞって見せしめに、な」

「そんな。修錬舎でそんな横暴な評価の仕方が、どうしてまかり通るんです」

「あの科目だからだ。あの科目を扱うには、奴が前に言ったようにお墨付きがいるだろ。限られた奴の特権だ。そしてその対象になる奴はみんなあの手の輩だ。黴の生えた神話を寄せ集めて、さも体系があるかのように体裁を整えたもので、そいつを口伝で伝える。間違っても、新しい解釈だの独自の切り口だのを加えちゃいけない。そんなものを自分の学問の専門にするのは、ああいう器の小さい俗物しかいない」

 とエイキは嘲笑った。

「それにあの講義のやり方、あれは他国でも同じだ。俺も立場上、よその国のそこそこの奴らと面識がある。政体原論のやり口はみんな一緒だ。好奇心を封じて、血肉を全部抜いて、ただ四宮八聖の型だけを植えつける。まぁ、世の中を教えてくれる講義ではある」

「やけに…、やけに詳しいですね、嫌いで馬鹿にしている講義について」

 ジンは力が抜け落ちたような気分で、投げやりに返した。

「あたりまえだ。あれは俺の敵だ。言っとくがジュンサイ風情がじゃないぞ。四宮八聖をああいう風に教え込もうとする存在がだ。四宮にとっても侮辱だ。俺はもともと四宮八聖制度なんぞは本気で認めてないが、朱家に生まれたものとして、文句をつける程度の権利はある。俺の家の血筋を、汚いことに利用するための嘘八百の小道具にするなら、そいつをいつまでも放置する気はない、とな」

「そうですか。……じゃ、分かりましたよ」

 ジンはとぼとぼと歩き出した。

「おい、ジン。何が分かったんだ」

「全部ですよ。とにかく、この講義がとれないこと、それがさっきエイキさんが巻き添えにしたせいじゃないことは」

「おまえ何にも分かっちゃいない。いや、分かろうとしちゃいないな」

「えぇ、分かりたくないんです。もう、いいです。そっとしといてください。自分のことで手一杯の奴なんか、ほっといて下さい」

 四宮の跡継ぎに対して失礼とも言える態度のジンに、エイキは奇妙にやさしく言った。

「ほってはおけないさ。おまえには分かる力もあるし、分かる必要もある。くだらないことだが、いずれ分からなくちゃいけなくなるのさ」

 ジンはもうそれには応えず、エイキの視線を感じながら、一人で念剣の道場に向かった。





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