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25.祝宴

「遅かったなぁ、みんな待ちかねてるぞ」

 リュウトが肩を抱くようにして、ジンを引っ張り上げた。至誠塾の広間がエイキの指定した祝勝会の場所である。

 痛みと、安堵からくる脱力感で失神したジンは、ゲンサイ先生の手当てを受けた後、家に戻って、カンと重盛屋一同に御前試演の首尾を報告した。もちろん重盛屋でもタイとゴンがカンの許可を得て観戦に出向いていて、報告の前に結果はとうに伝わっていた。ひとしきり祝福を受けてから、エイキからの言伝として、祝勝会の場所を教えられたのである。

「何をぐずぐずしてる。はやくしろ」

「ちょっちょっと、待ってよ」

 演舞に出るより緊張するぞ、とジンは思った。どういう顔で出て行ったらいいのだろう。

「ジン、報告がまだだぞ。いつになったら聞ける」

 エイキの声が奥から響いた。反射的にジンは、

「はい、すいません」

 と小走りに中央に仁王立ちしているエイキの前に出ていくと、周りから一斉に

「おめでとう」「おめでとうございます」「やったな」

 の声が浴びせかけられた。その中で、ジンは祝福に応えているというより、何かあやまっているように頭を下げながら、律儀にもエイキに報告をしようと口を開きかけたが、

「遅い、こっちだ」

 と口を開く前に腕をつかまれて、強引に上座に据えられた。

「あの、遅れまして。その、家の者にも報告しなければならなかったもので。あ、その前に、ちょっとひっくりかえってしまいまして」

 それでもジンは、エイキへとも、待っていた皆へともつかない言い訳を始める。

「もういい」

 エイキが遮った。

「おまえ、ここに来てから何べん頭を下げた。誰の祝いの席なんだ、この馬鹿者が」

「あ、すみません」

「あ・や・ま・る・なと言ってるだろうが。この馬鹿に話をさせても時間の無駄だが、この馬鹿が主役だ。ジン君、本年の御前試演における念剣演舞、闘技完全制覇おめでとう」

「おめでとう」

 と一斉に唱和される。ジンはまた頭を深々と下げ、エイキに小突かれた。

 エイキ、リュウト、ソウマ、ユウカ、テツ、シセイ先生になんとカイ先生、そして至誠塾の子供たちと塾生。

「こいつは、朱家からだ」

 樽酒が運び込まれる。

「一席への褒美に出せと、俺が親父殿をそそのかしておいたのに、誰かが軟弱にもひっくりかえるもんだから渡しそこなった。ジン、ここで開けても文句は無いな」

「もちろんです」

「それから、シセイ先生。事情はさっきお話した通りですが、これはジンと俺が稼いだ金です。受け取っていただけますね」

「ありがとう。大切に使わせてもらうよ。ジン君、ありがとう。そしておめでとう」

「ありがとうございます」

「ジン、おまえの取り分の方だ。ちょっとイロをつけといたぞ」

 ジンはそれを押し頂くように受け取ると、すぐに友の顔を探した。

「テツ、テツ。これで路銀に足りるかい」

「うん。ありがとう。本当によくやったね、ジンは」

「いや、もう、ほとんどまぐれだよ」

「私はまぐれに負けるような念剣はしません。ジン君の腕が明らかに一枚上手でした」

 ソウマが淡々と言う。

「いえ、本当に苦し紛れで、あんな手を」

「手ではなく足でしたがね。あれには参りました。苦しかろうが何だろうが、私には勝負の最中にあのような技、思いつくことも実践することもできません。逆にあなたは、何度追い詰められても、また何とかして窮地を脱するでしょう。そこに大きな差があります」

「型を押さえた上での自在。ソウマ殿の言う通り、習い覚えた先の境地がそこにはある」

 カイ老師が横から口を添えてから、頭を下げた。

「いや、今日のわしは、そんな講釈をする資格はないか。よくぞ勝ってくれた。わしのせいで組演舞で負傷した時、これでジンが闘技で敗れた時は、わしも念剣の講師を辞めねばならんと思った。わしのせいであるべき席次が狂うとなれば、御前にも申し訳が立たん。しかしジン殿はその負傷をおして、見事に勝ってくれた。本当に心より礼を言う」

「そんな」

「まぁ、そういう辛気臭い話は後にして、飲め、ジン」

「あ、いや、ありがとうございます」

 ジンはもう言葉にも目のやり場にも困って、目をつぶって一息で飲み干した。

「う、旨い。美味しいです」

「お、ジンはいける方だな。もう一杯、いけ。おう、本当にいい飲みっぷりだ」

 本当に何杯でも飲める、とジンは思った。一生の内でこれほど旨い酒を飲める機会は、そう何度も無いだろう。ジンを囲んでくれた人々を見回しながら、ジンは幸福だった。

 子供たちの中からセンが小走りで駆け寄ってきた。

「エイキ君が、またお兄ちゃんの念剣を見せてやるって言ってたけど、本当ですか」

「あぁ本当だよ。今から、ちょっと短いのをやってみよう」

 ジンは笑顔で答えた。

「おい、大丈夫か。まだ疲れてるだろうし、手首も痛むんだろう」

 珍しくエイキが気遣う。

「大丈夫。集まっていただいた方に御礼の徴に。これぐらいしか能がありませんから」

 ジンは庭先に出ると、念筒を構えた。カイ老師がいる前では、やはり正統派の演舞が良いだろう。今日の御前試演のために磨き上げた演目でもある。

 朱と蒼の光が、大きく力強く舞う。

 無駄のない鋭い動きの中から、闘気と精気が熱波のように伝わってくる。

 無念無想。それに近い。

 体が覚えている型とに乗せて、もっと内側に貯められた熱のようなものを、ただ伸びやかに解き放っていく。

 邪を祓う祈祷の舞のような念剣は、狭い庭先にたった一人で、荘厳とも言える空間を作り上げていく。

 子供たちはその姿を食い入るように見詰めている。

 やがて、全ての力を身体の内に納めるように、演舞は静かに収束した。

 湧き上がるような拍手の中、

「では、答礼とまではいかないけれど、僕も」

 入れ替わるようにテツが、笛と琴を同時に演奏する道具をつけて進み出た。

 笛が滑らかに滑るように高い音を紡ぎ出す。

 琴の音も明るい背景を描き出し、笛はその上を自由に飛び回る。

 そこへ、いつの間にか白い絹の衣装をまとったユウカが、ふわりと庭先に舞い降りた。

 テツと頷き合わせると、軽快に踊り始める。

 跳ねる時には身体の重さから開放されたかのように浮き上がり、宙でも自由に身体の向きを変え、降り立つときまでも軽やかに、そして速く。

 音曲に舞を合せるのでも、舞に音曲を合せるのでもない。

 拍子さえ必ずしも合ってはいない。

 けれど音と身体は互いに戯れ、語り合い、無邪気に絡まる。

 やがて曲は不安定に揺れ、ユウカの舞も風に弄ばれるように揺れ始める。

 ジンは胸が動悸を打ち始め、手にいつからか汗を握っている。

「琴と笛も凄いが、あの舞もかなりのものだな」

 ジンと並んでいたエイキが感に堪えたように呟いた。

 強い風になぶられながらも、凛とした立ち姿で何かを待つようなユウカ。

 ただ暗く激しい曲想が続く。

 やがて、耐え続けてきたユウカが、貯めてきた力を一息に解放して、暗い曲想の中に切り込むように、鮮やかに跳躍する。

 跳躍の頂点で、笛が鳴り響く。

 力強い琴の刻む音が、鼓動のように鳴り、大らかな笛の音が明るく響き渡る。

 ユウカは伸び伸びと大らかに鮮やかに舞った。

 笛と琴と舞が一体となって、至福の頂点へと誘う。

 やがて穏やかに柔らかな微笑を浮かべて、テツの音曲とユウカの舞は終わった。

 ジンは夢中になって拍手を送りながら、ふと、ユウカはテツについていくのだろうか、と思った。この二人の音曲と舞ならば、どこに行っても認められるだろう。待っていると言っていたユウカだが、テツの音曲に合わせて舞を創り上げたところを見ると、待つのは自分ひとりになりそうだ。

 そう思うと何とも言いようのない寂しさが胸にこみ上げてくる。


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