24.決勝
既に陽は西に大きく傾き、北風が髪をなぶる。試合場の北に張られていた大きな幕が取り払われていた。矢来の向こう側には大勢の見物客が詰めかけている。闘技の決勝戦だけは、一般にも公開されることになっているのだ。
「ジン、しっかり」
がやがやとした群衆の声の中から、はっきりとユウカの声が届いた。ジンは手を上げてそれに応えた。
「双方、前へ」
カイの合図で、ジンとソウマは開始線に進み出る。観衆のざわめきが静まる。
「礼、始め」
互いに左をやや上段、右を中段に構える基本の型をとって、静かに間合いを図る。
ソウマの速い左が伸び、ジンの右が受ける。同時に、走り込むように左を面上に打ち込み、ソウマの右が払い、両者の位置が入れ替わる。
間合いを詰めて、ジンは右の突きから左の面の連続技が繰り出す。
いずれもソウマの右に流され、ソウマの左からの胴払いは、ジンの右に止められる。
双方とも無駄な動きの無い、静かとも言える立ち合い。互角の勝負に見える。しかし、演舞の型にすら見える端正な試合運びは、ソウマの持ち味だ。まして手首を傷めているジンにとって、正攻法での打ち合いは長引くほど不利だ。ジンはじりじりと追い込まれているのを感じていた。誘いや隙を織り交ぜても、ソウマは全く動じない。
少しづつ、ソウマの打ち込みの数が増えていく。傍から見ても、ジンが防戦一方になっていくのが分かる。ソウマの模擬刀は、ジンの身体をかすめて、後わずかで一本のところに迫っているのに、ジンの返しの一撃は一拍遅れで、虚しく空を切るばかりだ。
ジンの額は冷たい北風の中でも汗が滴るほどになっている。ソウマは端正な表情をほとんど崩していない。
たまりかねてジンは思い切った間合いを取った。
このままでは、勝負は見えている。体力の消耗も右手の痛みも限界を超えている。
ソウマは基本通りの型ですり足で迫ってくる。あの磐石の構えをどうにかして崩さなければ、勝機は無い。
ついにジンの右手が限界にきたように見えた。模擬刀が手からするりと滑り落ちる。
と、その柄が右足の爪先に乗り、蹴上げられた勢いのまま真っ直ぐソウマの面上を襲った。ソウマの目が見開かれ、仰け反りながら、飛び込んでくる模擬刀を右で払いのけた。
瞬間、ジンの身体が後を追うように飛び込んで、
「ックテーッ」
叫び声とともに左の籠手を放つ。
ピシッ。
確かな手ごたえと同時に、ソウマの模擬刀が、手から転がり落ちた。
「一本」
老師が宣した。どよめきが会場からも観衆からも上がった。
「やったー、ジン」
一際高いユウカの声を聞きながら、ジンはようやく、自分の責務を全うできたことを知った。涙が溢れてきた。
カイが蹴り上げた模擬刀を差し出した。厳しい老顔が緩んでいた。
「よくやった、ようやってくれた、ジン」
囁くような声の後、正面審判の定位置に戻り、いつもの稽古の時の良く響く声で、
「勝負有り、礼。一同、起立」
見学していた舎生全員が立ち上がる。
「本日の演舞一席、重盛仁。闘技一席、重盛仁、総合一席、重盛仁。以上」
昨年のエイキに続いて、ジンが念剣の演舞、闘技の両方で一席を占めた。
四宮八聖十六貴の当主全員が起立して拍手する。観衆からも拍手が沸き起こる。ジンは痛みと歓びで頭が痺れて、夢の中に居るようにそれを聞いていた。と、急に上座から護衛の役人が走ってきた。
「ジン殿、皇主よりお言葉を賜ります。こちらへ」
異例のことである。ジンは慌てて模擬刀を置き、護衛に従って御前に進み出た。皇主のいる御簾の前で平伏する。
「素晴らしい演舞、闘技を見せてもらった」
穏やかでやや高い声が言う。
「カンのせがれじゃな。ハクは良い跡取りを持った。今後も精進しなさい」
ハク。それはカンのことか。ジンは何が何やら分からないまま、もう一度頭を下げた。
「下がってよろしい」
脇から誰かが声をかける。ジンは平伏したまま後ろに下がり、そのまま横にそれてから、立ち上がって逃げるように、舎生たちの列に戻った。このような時の礼法など、ジンにはよく分からなかったが、咎められなかったから良いのだろう。
「一同、礼」
カイ老師の声で舎生一同が再び頭を下げる。ジンも頭を下げようとして、視界が揺れ夕空が見えた。
どうして空が見えるんだろう、と思いながら、ジンは気を失っていた。




