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21.父との競演

「と言うわけで、エイキさんの賭けという奴に、乗せて貰いたいんですよ」

 ジンがエイキに交渉したのは、テツと会ってから二日後のことだった。その日は念剣闘技の御前試演出場者を決める予選試合があった。御前試演に出るのは十六人。勝ち抜き戦である。もちろん予選で落ちるほど今のジンの腕は悪くないが、一応の報告は必要だった。エイキは当然だという顔で顎をしゃくって返事に変えた。そこで、ジンはテツの路銀のために、賭けに参加することを申し出たのだ。

「それぐらいなら構わん。おまえがそれでやる気になるなら、それにこしたことはない」

 エイキはあっさり頷いてから、

「そうか、深草のところの奴か。もったいないな。朱家で路銀ぐらい用意させて、いや、陽都へ留学させるという形をとってもいいんだが。もう深草の家から籍を外されたんじゃ難しいか。どっちみち朱家の金じゃ、素直に受け取ってもくれないだろうな」

「ご存知なんですか」

「当たり前だ。修遊館始まって以来の掛け値なしの天才と言われていた男だ。そいつがいきなり家も流派も投げ出して、退館するとなれば、何事だろうと噂にもなる。しかしそのテツという男の音曲、どれほどのものか一度聴いてみたいな。噂ばかりでは音曲は分からん。ふむ、おまえが勝ったら祝勝会の席にテツという奴を呼んで、そこで演奏させればいいか。賭けの報酬をそこで渡せるし、俺も多少は祝儀がはずめる。どうだ」

「いいですね。エイキさんの驚く顔というのが見られそうです」

「ほう、そこまでのものか。楽しみだな」

「そのためには勝たなきゃいけないというのが、難しいところなんですが」

「俺の驚く顔が拝みたいなら、精々励め」

 エイキは笑い、そのままのさり気なさで、

「ところで、カイ先生に確かめてみたが、あの日念剣演舞の稽古を休んでいたものはいなかったそうだ」

 と言った。

「そうですか」

 ジンは肩を落とした。エイキの身の安全を考えるなら、下手人探しは急がなければならない。が、方法だけは思いついたものの、下手人の方はさっぱり見当がつかない。ましてやそれが大政局の回し者である可能性があるとなると、恨みや嫉妬のような動機のある人間ばかりを探しても無駄ということになる。

「となると、外部の人間の仕業か…」

「さぁ、それは分からんぞ。結論は急がんほうがいい。まぁ、念剣演舞の稽古を取っている奴は省いていいのだろうが。分かっているのは光の当て方だけか」

「いえ、どうすれば外からエイキさんの立ち位置を把握できるかも、見当がつきました」

「イッキだな」

「はい。お気づきでしたか」

 ジンは肩透かしにあったような気分だ。イッキの掛け声は、イッキの撃ち込みを忠実に反映している。その癖を把握していれば、演舞がどの型を行っているのか、外からでも推測できるのだ。イッキと立会い稽古をしている最中にそれを思いついたので、思わず模擬刀を取り落としてしまい、強烈な一撃を喰らう羽目になったのだが。

「あいつの癖をおまえに教えたのは俺だからな。だが、あいつは共犯ではないだろう」

「そうでしょうね。ただ癖を利用されただけで」

「しかし、イッキの癖はまだ直らんか。俺にあれだけ撃ちこまれれば、少しは動きを読まれていることぐらい気づきそうなもんだが」

「そうですね。でも取り巻きに強い強いとおだてられていると、なかなか分からないものかも。実際に強いのは強いですし」

「ふん。だが甘くは見るなよ。奴は確かに馬鹿だが、猿並の知恵ぐらいは持っているぞ」

「脅かさないでください。そうでなくてもこれからはほとんどみんな格上なんですから」

「格上相手の賭けに自ら乗るか。フフ、面白い。ジン、もう日がない。下手人探しはしばらく後回しにして、念剣に集中しろ」

「そうさせていただきます」

 ジンは素直に頷いた。実際、相手がもう一度動いてくれでもしない限り、これ以上は下手人探しの手がかりもないのだ。

 ジンは家に戻ると早速、みっちりと念剣模擬刀の素振りを始めた。基本の型を押さえてから、試合で当たる可能性のあるものの癖を一つ一つ思い出し、それに対処する動きを繰り返す。癖を読むと言っても、見てから思い出して反応するのでは遅い。相手の動きに反射するように撃ち込まなければ、かえって遅れを取りかねない。多くの癖は、決めにかかる強い撃ち込みの時にこそ現れるからだ。

「ジンお坊ちゃん、食事の用意が整いました」

 タイが遠慮がちに声をかける。昨日からは、卓の支度も免除してもらっている。店の者の夕餉は、ジンの仕込みですっかり上達してきたアイが受け持ち、カンに来客があれば、料理屋からの仕出しを頼む。今日も早速の客人だ。

「分かった。ショウに運ばせて」

 カンの客の席に料理を運び客人に挨拶する。これだけは、ジンが家に居る限りは必ず行わなくてはならない勤めだ。ジンは衣服と髪の乱れを軽く整え、重箱の載った膳を持って、カンの部屋に上がった。ショウが後ろからついてきて、膳だけ置いて一礼し、下がる。

「重盛屋のジンでございます。何のおもてなしもできませんが、どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい」

「お、また稽古か。こいつは御前試演で念剣演舞と組演舞、あと闘技の試合もやるらしいんだが、何やら稽古に気合が入り過ぎて、親父の相手なんぞ丸でしてくれんのですよ」

 カンはもう酒が何杯か入っているようで、いつもの無礼講だ。

「それはそれはおめでたいことではないですか。カン殿も確か、念剣をたしなまれましたな。というか、達人だったはず…」

 客人はやはり国外の人らしい。言葉に陽都の匂いがある。小柄で穏やかな風采だが、身のこなしや目配りには隙がなく、陽に焼けて引き締まった身体をしている。衣服は地味だが高価なものらしいと見当がつく。

「まぁ、若い頃はそれなりに。おい、ジン、おまえ今日はお客様の食卓の用意をしておらんだろう。その代わりだ。シンタ殿に念剣をお目にかけよう」

「ほう、それは嬉しい。是非、拝見したいものですな」

 客に言われてしまっては、ジンも従うしかない。戸惑いながらも、懐から念筒を出す。

「ジン、久しぶりにあれをやるぞ。覚えておるかな」

 カンも構えて念剣を輝出させる。それをゆっくりと前後に大きく振る。呼吸を合わせて、ジンも自分の念剣を振り出した。

 幼い頃、父子で見せた曲芸的な型で、修錬舎仕込みの武とはかけ離れた、軽妙さと可笑しさのある型だ。左右対称の念剣の動きで、立ち位置も入れ替わりながら、緩やかに大きく念剣を回す。

 カンが、

「はっ」

 という短い気合で、朱い念剣を手から離し、爪先で蹴上げる。念剣は手から離れてもすぐに消えはしない。揺らぎながらも空を舞ってジンの手に吸い込まれ、元の直立した念剣に戻る。ジンの手にあった筈の炎剣は、やはり空を舞ってカンの手に収まっている。続いて水剣が舞いながら入れ替わる。

「ほほう、面白い趣向ですな」

 客は目を見張り、息を呑んでいる。

 念剣を足で蹴るなど、カンの創作なのだろう。その身振りは軽く楽しげで、少しばかりケレンが混じり、真剣を使った曲芸にも似ている。それでいて、舞としての美しさや武術らしい鋭い体捌き、そして何より二色四本の光の剣の美しさが、余興として見過ごしてしまうことのできない世界を形作る。

 四本の光が行き交い、流れ、舞う、舞う。


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