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19.至誠塾の危機

 すぐにエイキの元を訪れた。

 念剣の覚え書きも朱家の使用人が届けに来たし、エイキは公務には顔を出しているものの、大事をとって修錬舎の方は休んでいるので、顔を見るのは久しぶりだ。ジンが鏡を使って念剣の光を射し込ませる方法を説明すると、エイキは大きく頷いた。

「確かに、光は上からではなく下から来た気がする。よく気がついた」

「コータの工房に行ったおかげです。あいつの工房が光の反射で採光してて」」

「あぁ、あの薬屋か」

「薬屋ではないんですよ。何でも屋というか、新しい物屋というか」

「知っている。あれの家は訴状代筆なんだが、妙な息子が育ったもんだ。どうにも捉えどころに困る奴だが、確かに頭はよく回る。あるいはおまえの好きな天才なのかもしれんが、ただの変人とも言える。世の中から見ればな」

「よく、ご存知ですね」

「あんな目立つ男、誰でも知ってる。とにかくこれで、下手人は念剣を使えて、それも外から発したということが分かったわけだ。修錬舎の念剣道場の近くをうろついていたんだから、修錬舎生か講師ということになるだろう」

「舎生で念剣を使えるものは、本来ならみんな道場に居たはずです」

「となれば、その時に稽古を休んでいた奴が、まず怪しいということか。分かった、あの日、講義を休んだものがいるかどうかは、カイ先生に聞けばすぐに明らかになる。おまえはごまかすのが下手だろうから、俺が聞いておこう。ところで闘技の方は大丈夫か」

「八聖まではなんとか確保できたと思います。後は時の運ですね」

「ハッ、相変わらずの頼りない答えだが、おまえの返事にしちゃ上出来だ」

「至誠塾の子供たちのためですから。…そう思っていいんですよね」

 エイキはにやりと笑って、

「さあて、それはどうかな」

 と言ったが、ジンの確信は揺るがない。そもそもジンに金を届けさせたのは、金の使い途を教えるために違いないのだ。

「おまえ、念剣を見せたらしいじゃないか。あの念剣の先生を連れてきてくれと、ガキどもにしつこく頼まれてる。先生だぞ、先生。また、顔を見せてやったらどうだ」

 修錬舎は休んでいるくせに、至誠塾には顔を出しているようだ。ジンは首を横に振った。

「ん。何だ、至誠塾は気に入らなかったか」

「いえ。とにかく今は御前試演の念剣に集中します。終わったら、子供たちにはもう一度必ず念剣を見せに行くと約束しますから、エイキさんからお伝え下さい。ところで…」

「なんだ」

「至誠塾では、エイキ君とお呼びすることになるんでしょうか」

 エイキは破裂したように笑った。

「その通りだ。そうだぞ。これは絶対に引っ張ってでも連れて行かなきゃな。楽しみだ」

 それから急に笑いを収めて、真面目な顔に戻って言った。

「念剣に専念する気持ちは分かった。だが、あまり時間はないかもしれん。シセイ先生に興味があるなら、あまりぐずぐず迷うな」

「どうしたんです」

「太皇が病気なのは知ってるか」

 と、突然関係ない話題をふられてジンは戸惑った。

「えぇ。そういうお噂だけは」

「太皇はまだ嗣子が決まっていない。太陰が押している太皇太子は、太陰の妹が産んだ子供だ。こいつが太皇になれば、太陰は引退しても太皇の後見に納まる。次の太陰の指名も思うままだろう。太陰は首国泊国の両国皇主家の血筋をひいているからな。四宮国の内の二国の支持を取り付けて、万全の構えだ」

 ジンはただ頷くしかない。陽太皇国の政など、ジンにとっては天上の出来事より遠い。

「ところが、シセイ先生はこれに反対されている。この国難の時期に、幼皇を立てて後見役が執政にあたるなど論外、成人太皇の下に国民が一致して難局に当たるべき、とな。このところ、洋夷がしきりに皇国に侵入しているらしいし、あちらこちらで飢饉が起きて内政も苦しいらしいからな」

「飢饉ですか」

 悠国ではジンの記憶にある限り、飢饉と言うほどの不作はない。

「悠国は温暖で農作物の種類も多いし、良好な漁場もあるからな。北の方は領土は広くても寒冷で不作になりやすい。おまけに米作に偏るから、一度稲の病気が流行るとたちまち農家は干上がってしまう。国によっては人食いが珍しくないとまで言われるぞ」

「そんな…信じられない。人を食うほど飢えるって、どういう…。だいたい、どうして米ばかりを作らせるんです。寒さに強い作物もあるでしょうに」

「米は中央で流通するからな。その国の食い物より、国力につながる方を優先したのだろう。俺に言わせれば融通の利かない馬鹿のやる政なんだが。それはいいとして、シセイ先生はさっきの意見を大政局に意見書として提出してしまったのさ。しかも、太陰が押している太皇太子は系図で見ても筆頭ではない、という爆弾論文つきでな。せめて悠国内に通してくれれば、ごまかしようもあったんだが。先生はこういう点では世間知らず、というより、世間を学ぶ気のない人だから困る」

「で、どうなったんです」

「どうもこうも。蟄居中の田舎学者一人の言う事になどいちいち耳を貸すものか、というのが表向きだ。実際はそれ以来、大政局悠国支局の監視がきつくなった上、内政局にやたらと口出しするようになってきやがった」

「悠国が目をつけられた、と」

「ふん。大政局は今、事あるごとに各国の内政局に口出しして、脅したりすかしたりで骨抜きにしようとしている。そうやって、大政局に権力を集中することで、たがの緩んできた四宮八聖体制を立て直そうって腹だろうが、そうはいくか。古くなって傷んだ板のたがだけ締め直したって、かえってぶっ潰れるのを早めるだけだ」

 エイキは不敵に笑った。

「悠国の皇主や皇主太子にも色々と圧力をかけてきてな」。ちょいと前も、御前催事を一切取りやめてはどうか、と言ってきやがった。陽太皇の病が篤いので、快癒するまで自粛してはというわけさ。俺は皇主太子に進言したよ。『御前催事は、太皇の御世と四宮八聖の下の繁栄を願う式典ばかり。喪に服するのならともかく、陽太皇のご快癒を祈る意義もある催事を自粛するのは、筋違いも甚だしい』とな。皇主太子は笑顔で頷かれて、その通り大政局支局に返答したらしい。俺が狙われたのも、おおかたその辺りから見せしめということだろう。朱家総領とは言えまだ若僧だ。悠国でも表沙汰にして騒ぐことはない。大政局の意向にも少しは素直に従うようになるだろう、とな」

 ジンは呆れてただただ拝聴するだけだ。久々にエイキに会って、やはりとんでもない人に付き合わされている、と実感せずにいられない。

「と、まぁ、少しばかり剣呑な情勢下で、シセイ先生も言葉を控えてくれれば有難いのだが、そういう人ではない。ますます過激になられる。いつ大政局が摘発してくるか、あるいは悠国の内政局の日和った爺さんの一派が、その前に拘束してしまおうとするか。予断を許さないわけだ」

 シセイ先生が信念を曲げない人であることはよく分かる。しかしシセイ先生が捕まったら、子供たちはどうなるのだろう。無償というより持ち出しで、子供たちの精神の目まで開いてやれるような教育を施す人が、他にいるだろうか。

「金の面倒は、こっちも何とかしようと思うのさ」

 ジンの気持ちを見抜いたようにエイキは続けた。

「ただ、ガキを教える奴の手当の方は楽じゃないな」

 ジンは頷いた。

 相手が誰であれ、あの子供たちからシセイ先生を奪わないで欲しい、と願わずにいられなかった。



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