12.事故
御前演舞は、念剣闘技試合、念剣演舞披露、そして組演舞披露がある。組演舞は、四人以上の剣士で一つの型を行う演舞で、極めて難易度が高いため、国随一の名手であるカイ師範が選んだ者しか行うことが許されない。組演舞の剣士に選ばれるだけでも名誉と言っていいだろう。
今年その栄誉を与えられた剣士は六人で、その中にはジンもエイキも、イッキも含まれていた。他にはソウマと勇左家の三男ヒョウマ、智長家の次男のシュウタが選ばれている。ジンとエイキ以外は全て十六貴直系の子弟、そしてエイキは四宮であるから、今年の組演舞は、極端に身分の高い者で占められている。贔屓があるわけではなく、ジンから見ても人選は概ね順当なものと思えた。ただその中に一人、ジンが混じっていることだけは、痛烈に意識しないわけにはいかなかった。何かあれば四宮か十六貴を仇に持ちかねないのだから、無理もない。
組演舞は当然、模擬刀ではなく真剣同様の念剣を使う。そして六人なら六人が、目まぐるしく立場を入れ替えながら、撃ち合い、斬り込み合う。一人が五人を次々と打ち込んでいくこともあれば、二人一組の打ち合いが近づき合い、一瞬にして相手を入れ替えるような型もある。全員の呼吸が合わなければ、たちまち誰かの念剣が誰かの身体を切り裂くだろう。あらゆる動きが寸分の狂いもなく正確に運ばれなくてはならない。だから型を覚えるまでは、模擬刀で何度も稽古を重ねる。模擬刀を念剣に変えるのは、念剣で各人が一人一人で演舞し、カイ老師が全員の動きに合格を出してから。それでも念剣を使うのは一回の稽古に一回限りと決まっている。この時ばかりは、イッキも足を引っ張ろうとはしないし、エイキも気紛れで型を変えてみたりはしない。
今日も念剣を使った組演舞稽古の時間が来た。
六人が道場の中央に進み出て、一礼する。続いて二手に分かれ、念筒を構えると、朱六本、蒼六本、計十二本の光が走る。
「タァーッ」「ヤッ」「ハァーッ」
思い思いの気合と共に、十二本の光が舞い始める。
ジンも無言の中に息だけの気合を入れて、正面のシュウタの面上に朱の念剣を撃ち込みながら駆け抜ける。
振り向きざま蒼の念剣で、斜めから切り込んでくるエイキの炎剣を払い、弧を描くように追いながら炎剣を振るう。
かわしたエイキは五人に囲まれる。次々に襲いかかってくる撃ち込みを、軸足を一歩も動かさぬままに打ち払う。
相手の動き一つ一つにあわせている余裕は誰にも無い。ただ流れの中で、体が覚えた動きを精確に一心に解き放つだけだ。
五人が縦に一列に並び、二人が左手に飛び出す。
ジンは疾風のように走り抜けながら右に左に念剣を振るう。
イッキ、ソウマ、ヒョウマ、シュウタと切り結び、エイキの面上に炎剣を振り下ろそうとした刹那、
「あっ」
という声が耳朶を打った。
エイキの表情が歪み、体がのけぞる様に伸びて僅かに姿勢が崩れる。ジンの炎剣を迎え撃つべき、エイキの水剣の動きが遅い。
それは、実際は一瞬の出来事だった。
どうしてそれだけのことが、ジンに感じ取れたのかすら分からない。
振り下ろしかけている炎剣の軌道を、辛うじて面上から逸らす。炎剣は肩を僅かに切り裂いた。
次の瞬間には右手から繰り出される二撃目が、エイキの胴を骨まで絶つ勢いで振りかれている。
が、胴から血飛沫は上がらない。ジンの念剣は消えていた。
エイキは肩の傷を抑えてうずくまった。
演舞の動きが止まった。
悲鳴とも怒号ともつかない声が湧きあがった。
「エイキ様っ」
あわててシュウタが駆け寄る。
「エイキ殿」
シュウタより早く、滑るように近寄ったカイ老師がエイキを抱き起こし、懐から帯のようなものを出して止血を始めた。
「ど、どうも不覚をとりました、お詫びいたします、先生。だ、だいじょうぶです」
エイキが切れ切れに呟く。
「静かにしておれ」
「ジンっ、貴様ぁ」
怒鳴るイッキに向かって、
「い、いや、俺が動きを狂わせた。先生、言ってやって下さい」
エイキが言葉を絞り出す。カイ老師はその声に頷いた。
「うむ。確かにエイキ殿の動きが突然に乱れた。ジンには落ち度は無い」
ジンはまだ呆然と突っ立っている。左腕が震えている。念剣が肩の肉を切り裂いた感触が、腕全体に残っている。老師は止血を終えると立ち上がって一同を見回した。
「落ち度がないどころではない。ジンが炎剣の動きを逸らさねば、エイキ殿の額は断ち割られておった。いや、それよりも念剣を消したこと。二撃目がエイキ殿の生命を奪わなかったのも、肩口の傷が骨に届かなかったのも、全てはジンが振り抜いている最中の念剣の刃を収めたからこそだ。このような神技は、儂でもできるとは言い切れん。エイキ殿はジンに生命を救われたと言ってよい」
突然、ジンが突っ伏して、泣きながら縋るようにエイキの傍ににじり寄った。
「エイキ様、エイキ様、もうし、もうしわけありません」
「やめろ、ジン。カイ、先生も、仰った、だろう」
エイキは蒼褪めた顔のまま微笑って、
「しかし、俺は、よくよく、おまえに、斬られる、運命に、ある、らしいな」
と囁き、目を閉じた。
「エイキ様、エイキ様」
「ジン、やめなさい」
なおも取りすがるジンを老師が引き離した。
「致命傷ではないが出血の量が多い。これ以上喋らして体力を消耗させてはいかん。エイキ殿を戸板に載せて儂の居室に。ソウマ殿は朱家に知らせに走ってもらえるか」
「先生、血止めに良い油薬があるんですが」
と進み出てきたのはコータである。
「僕が調合したものですが、何度も試しています。効き目は確かです」
「ふむ。それを貸してみろ」
カイ老師は瓶をとって匂いを嗅ぎ頷いた。
「この匂いは覚えがある。野戦で血止めに使われる草だな。よし、使わせてもらおう」
ジンは戸板の方に這い寄って一緒に奥に入ろうとしたが、老師に止められた。
「おまえはまだ興奮しておる。怪我人の傍に居るのはよくない」
ジンは床板にぺたんと膝を折って座り込んだ。気が付くと、まだ汗で湿った両手に念筒を握り締めていた。指を開くと、カツンと硬い音を立てて柄が床に転がる。




