ラジオから流れたニュース
残酷な描写がありますので、お気を付けください。
また、それにあたる事柄を助長する作品ではありません。
俺の通ってる大学の最寄り駅で、毎日路上ライブをしている女の子がいる。
ギター一本で、夜の九時くらいまで歌ってんの。
小柄だけど、結構可愛い。
で、ある意味チャームポイントと言えることは、いつも長袖を着てるってこと。
夏もいっつも手首まで隠れるカーディガンを着てる。肌が弱いのかって思ったけど、そもそも夜に歌ってるから、暑いとはいえ太陽の日は関係ないよな。
それで、俺は一つ嫌な予感がしたんだよ。
あの子が隠してんのって、傷か何かじゃないかって。ほら、刑事とか探偵系のドラマとかでよく聞くじゃん。暴力を受けてる被害者は、傷を隠すために夏でも長袖を着てる、って。もしそうだったら、傷を隠すのに時間帯は関係ないだろ。
だから、助けられるなら助けたい。ただの思い過ごしだったら、万々歳だ。
んで、「あの子が歌ってる曲が気に入ったから、誰の曲か教えて」って、今から声をかけてみる。年齢も俺と近いし、知らないおっさんに聞かれるよりは怪しまれないだろ。
もしかしたら、向こうが助けを求めるかもしれないしな。
九時まで時間あるし、近くで牛丼食べるか。
そう思って、少しの間あの子から離れた。
戻ってくると、ちょうどギターの手入れをして片付けているところだった。
「ねえ、ちょっといい?」
「はい、何ですか?」
「いや、君のその曲気に入ったからさ、誰の曲か気になって」
「あぁ~、私が作ったんです。オリジナル曲です」
「えっ、マジで⁉ すごいね!」
「いえいえ、そんなことないですよ」
女の子は、口に手を当てながら笑った。その時に、普通に生活していたらまず絶対につかないだろう、と思わせるようなすごい色の内出血が見えた。
あーあ、これで黒になったのかな。
「音楽お好きなんですか?」
「え、えっと、まあね。と言っても、楽器とかは全然ダメだけど」
俺は苦笑した。楽器とかできないってカッコわりぃな。
「ふふっ、そうですか。あの、今度どこかに行きませんか?」
え?
「すみません。あの、お話したいことがあって」
ん~、まあ、かわいいしいっか。
「いいよ」
「ありがとうございます。えっと、じゃあ三週間後の土曜日の十時に、またこの駅、でどうですか?」
「分かった。じゃあね」
最初の趣旨とは違うけど、彼女が提案したし、まあいいかな。
――そして、三週間が経った。
「あ、来てくれたんですね。良かった」
彼女は、やっぱり長袖を着ていた。彼女は、この三週間の間で暴力をふるっていた相手と離れられたんだろうな。
そんな軽い考えをしていた俺は、数日後に震えた。
彼女は、自分の口から「彼氏からDVを受けていたこと」を打ち明けた。俺は、その予想はできていたから驚くことはなかった。
「そうだったんだ。今は大丈夫なの?」
「はい。もう大丈夫ですよ。しっかり、この目で見届けたので。別れる瞬間を」
急に詩的な表現をしたからびっくりしたけど、ひとまず安心した。
「キミの彼氏ってどんな人なの?」
「えっと、加藤博っていう教授知ってますか?」
――ッ⁉ 俺の通ってる大学のロボット工学の教授じゃないか!
「どんどん暴力がエスカレートしたので、こちらも仕返ししたんですよ」
そう言って笑う彼女は少し不気味だけど、魅力的でもあった。
「そうだったんだ」
「私、歌い手になることが夢だったんです」
「そうなんだ。頑張ってね、応援してるから」
俺はそう言って、彼女と別れた。
そして、俺に“最大級の恐怖”が襲い掛かって来たのは、その日の夜。ラジオでニュースを聴いていた時だった。
「加藤博教授が、殺害された」というニュース。
著名な教授だったので、彼の家も捜索したところ、血反吐が出るような暴力の末、衰弱しきって、命を落とした女性がいたこと。そして、その女性は、俺が今日一緒に過ごしたあの小柄な子だった。
そして、教授がいつも仕事をしていた机の上には「死返し」という文面だけが遺されたメモが残っていたこと。それを書いた人は部屋で死んだあの子で間違いないと言う。
俺と過ごした後、彼女は大学の教授室に行き、そこに置いてある「モールス信号で動くロボット」に、彼を殺す信号を流して殺害。
その後、彼の家であのメモを書いて、そのまま命が尽きたらしい。
……「死返し」。命を奪われることを知っていたから、自分が死ぬまでに死を与えたんだな。
怖かったけど、でも、しょうがないと言えばしょうがないのかもしれない。「因果応報」とか「自業自得」って言葉もあるし。
最後まで読んでくださりありがとうございます。