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7話 第7話 屍を運ぶ者、阻止する者

「これ……ブーゲンビリア様のお身体ですね?」


『そうだ。やはり、やられたようだな』


 ブーゲンビリアは不機嫌そうに言った。

 ブーゲンビリアの遺体の周りには水晶の破片が散乱していた。遺体自体にはヘデラの萎れたツタが何本も巻き付いていて、服もズタズタに引き裂かれていた。左の乳房には大きな穴が空いていて、そこから出血した様子がある。恐らく、封印中の身体にヘデラのツタが心臓を一突きにしたのだろう。何と酷いことをするのだろうか。

 自分の身体がこんな無惨な姿になってしまい、霊体だけになってしまったブーゲンビリアはあまりに気の毒である。


『おい、メル。私の下着を脱がせて子宮(はら)の中の異物を取り除いてくれ』


「了解しました……って、え!? 今何て!?」


『怖気付くな童貞。それは私の形をしているがもはや肉塊だ。性的なものなどない』


「いや、じゃなくて、下着を脱がせて子宮(はら)の中の異物がどうとか……」


『お前の思考を読ませてもらったところ、どうやらヘデラ共は人間の女の子宮(はら)に種を植え付けてイド・ヘデラを生み出すらしいな。私の遺体の子宮(はら)にも邪悪なモノが宿った気配がある』


 確かにオリジン・ヘデラは人間の女の子宮に種を植え付けてイド・ヘデラを生み出す。俺もブーゲンビリアの言う通り目の前の遺体から邪悪な気配を感じる。しかし、死体に種を植え付けたところでイド・ヘデラは生まれないはずだ。イドが殖えるには生きた身体が必要だ。

 それに、いくら遺体とは言え、女性の下着を脱がすなんて童貞の俺に出来るはずがない。


『いいからやれよ。肉塊でもな、邪悪なものを子宮(はら)に入れたまま葬られるのは酷い嫌悪を感じる。頼むよメル。お前にしか頼めない』


「分かりました……やりますよ」


 初めこそ命令口調だったが、普段の粗暴な感じはなく、縋るように言うブーゲンビリア。そこまで頼まれたら断れない。俺は覚悟を決めて一旦杖を地面に置いた。そして深呼吸。


『ってか、こういう異物の除去みたいなの、魔法で何とか出来ないんですか?』


『私の魔法は強力過ぎるからな。身体ごと消し飛ばす事は出来るが、体内の異物のみを破壊する事は出来ない』


『何だよ、脳筋じゃねーかよ』


『お前、今のも聞こえてるからな』


 心の中で愚痴を言ったのさえ聞かれるんだから、ホント頭がおかしくなりそうだ。こんな生活いつか慣れる時が来るのだろうか。


 俺はとりあえずブーゲンビリアの遺体にまとわりついたツタをバリバリと引きちぎっていった。

 近くで見るとめちゃくちゃ美人でスタイルも良い。こんな美人が俺の中に入っているのかと思うとやっぱ嬉しいかもしれない。口と性格が悪くなければ文句はないのだが。


 そんな事を考えながら、俺はゴクリと唾を呑み込んだ。そして、ゆっくりとブーゲンビリアのスカートの中に両手を突っ込み恐る恐る下着に手を掛ける。柔らかな太ももに指が触れた。ただ悲しい事にその柔らかな肌は氷のように冷たい。


『まさか、死体にも発情するのかお前……』


 何かを感じとったブーゲンビリアは冷たい声色で俺を責める。


「うるさいな! こっちは真剣にやってるんですよ!」


 恥ずかしさのあまり、俺が大声を出したその時──


「動くな!! そこで何をやってるのですか!?」


 突然の女の声。ブーゲンビリアではない。ちゃんと俺の耳にその声は届いた。

 動くなと言われたので、俺は顔だけを声が聞こえた方へと向ける。


「誰だ? 人間?」


 目を細めて声の主を確認。

 そこにいたのは、黄色いショートの髪の毛の冒険者風の女の子。20メートル程離れた洞窟の通路の方から弓を構え俺を射殺さんとしているではないか。もしかして、俺をヘデラだと思ってる?


「待ってくれ、俺は人間だ。ヘデラじゃない」


 俺は両手を上げて話の通じる人間だとアピールする。


「このヘデラ達を、貴方1人で倒したんですか?」


 辺りに散らばるヘデラ共の死体を見回し女の子は言った。

 そうか、こんな弱そうな俺が100体近いヘデラ共を倒せるわけがないから化け物か何かと思っているのか。まあ、無理もない。


『どうしましょうか、ブーゲンビリア様』


『どうとは?』


『いや、あの子、俺の事不審者だと思ってるみたいで、俺このままだと殺されそうな雰囲気なので』


『あんな小娘、人差し指1本で粉砕してやれるぞ』


『いや、何で殺そうとしてるんですか?? 俺が不審者じゃないという事を証明したいだけですよ』


「答えなさい!」


 黙り込んで心の中で会話をする俺に、少女は命令する。


『偉そうな小娘め。やはり殺そう』


 ブーゲンビリアの意見は却下し、俺は1つ咳払いをした。


「そうさ、コイツらは俺が1人で片付けた。俺は人間でありながら魔法が使える天才魔法剣士だ」


 言いながら地面に置いた杖を拾い頭上に掲げる。


『何言ってんだお前』


『黙っててください』


 黄色い髪の少女は弓を構えたままだったが最初の殺気は消えた。


「本当? じゃあ、やっぱりさっきの衝撃は魔法だったんですか?」


「その通り。魔法があればこんなヘデラ共敵じゃない。とりあえず、俺は敵じゃないから弓は下ろしてくれない?」


「……そうですね、悪い人ではなさそう」


 黄色い髪の少女は素直に弓を下ろすとこちらに近づいて来た。


「私はミモザ。冒険者です。貴方は? 傭兵……ですよね?」


「俺はメル。お察しの通り傭兵だ。訳あって傭兵団から離れて別行動をしている。たまたま見付けたヘデラの群れを始末していたところだ」


「メルさん。私はギルドの依頼でこの山に来ました。あの、今さっき貴方は何をしていたのですか?」


「ん? いや、だからヘデラ退治を」


 近付いてくるミモザは俺の後ろに隠したブーゲンビリアの遺体を覗こうと首を傾げる。


「と、止まりなさい。それ以上は近付いては駄目だ。危険だ」


 俺は咄嗟にミモザの眼前に仁王立ちして行く手を塞いだ。つぶらな水色の綺麗な瞳が俺の泳ぎまくっている瞳を見つめてくる。


「危険? メルさんがヘデラは片付けてくれたんですよね?」


 ミモザの瞳は次第に猜疑の色に変わっていく。


『メル。その小娘に杖を向けろ。塵にしてやる』


 恐ろしい事を言うブーゲンビリアは無視し、俺はこの場を乗り切る作戦を必死に考える。

 ブーゲンビリアの遺体を見られたら色々と面倒だ。しかし、こんな可愛らしい女の子に手を出すわけにはいかない。


『ブーゲンビリア様、何か相手の記憶を消す魔法とか、昏倒させる魔法とかないですか?』


『ない。目を潰す魔法ならあるぞ』


『駄目です』


 そんなやり取りを頭の中でしていた隙に、ミモザは俺の背後に素早く回り込んだ。


「あ! こ、こら!」


 手遅れだった。

 ミモザはブーゲンビリアの遺体を見て固まってしまった。


「何ですか、これ。……殺したんですか? しかも……レイプ?」


 ブーゲンビリアの脚の途中まで脱がされた下着を見ればそう思われても仕方がない。ああ、俺終わったかも。


「違うんだ、これは、その……ちゃんと説明するから聞いてくれないか?」


「動くな! 変態!」


 ミモザはすぐに距離を取ると、躊躇うことなく弓を構えた。

 いや、もうこれは何を言っても無駄っぽいな。俺はレイプ殺人の冤罪をかけられてこんな年端もいかない少女に殺されるんだ。


『馬鹿め。すぐに殺らないから面倒な事になるのだ』


『いや、殺すという選択肢はないですよ? 疑われるような事してた俺が悪いですよ』


『お人好しめ』


「凶悪犯は討伐します!!」


 ミモザはそう宣言すると容赦なく矢を放った。


「ひっ──」


 俺が恐怖に目を瞑ったその瞬間、目の前に迫っていた矢が何かに弾かれるように宙を舞い、カランと石の地面に落ちた。


「魔法!?」


 驚くミモザ。俺も一緒になって驚く。


『何ボケっとしてる?? 今は私の身体でもあるんだぞ? 死んだら殺すぞ!?』


『す、すみません』


 むちゃくちゃな事を言っているが、ほぼオートガードのような無敵状態に俺は一縷の望みを抱いた。

 俺はブーゲンビリアの遺体を担ぎ上げて洞窟の出口へと走った。


『何やってる!? メル!? まずその小娘を殺せ!』


『殺しませんよ! あの子は別に悪くないじゃないですか? ブーゲンビリア様はすみませんがあの子の矢を魔法で弾いておいてください!』


『ふざけるな! そんな面倒なこと……』


『面倒だとしても、俺はこのまま貴女のご遺体を担いで安全な所まで逃げるだけなので、防御しなければ死にますよ?』


『貴様……!!』


 俺にしては頭の良い考えだ。ブーゲンビリアにとって俺の死は自らの死。それは何としてでも避けたいはず。こんな雑魚い俺の身体に憑依してまで生きようとしていたのだ。簡単には死にたくはないだろう。


 案の定、俺の背中に向かって来る矢は全てブーゲンビリアの防御魔法で弾かれていた。防御魔法は杖を持ってるだけで発動出来るようだ。なんて便利な魔法だ。


「待ちなさい! ずるいわよ魔法を使って逃げるなんて! このネクロフィリア!」


『ブーゲンビリア様、ネクロフィリアって何ですか?』


『死体愛好家。お前の事だ』


 いや、俺違うじゃん! 死体担いでるけど。


「ミモザちゃん、死にたくなかったら俺を放っといてくれないかな??」


「ミモザちゃんなんて気安く呼ぶな! 気色悪い! 死ぬのは貴方です!」


「チッ、しつこいなぁ」


 正義感に燃えているのか、ミモザは何本も矢を弾かれても永遠に死体を運ぶ俺を追って来る。


 出口を目指し、拓けた空間から俺は狭い洞窟へと飛び込んだ。


「あっ!?」


 暗い洞窟に飛び込んだ俺の目に、不気味に動く闇が映った。


『ブーゲンビリア様! モルスですっ!!』

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