5話 ツタの化け物
俺はかれこれ2時間近く山を登っている。1人で登っているが、ブーゲンビリアが話し相手になってくれるので退屈はしない。いつ化け物に襲われるか分からない恐怖も1人の時よりはだいぶマシだ。
「1つ聞いていいですか? ブーゲンビリア様」
『何だ?』
「貴女は遺体を取り戻し、埋葬した後はどうなさるおつもりですか?」
俺の質問にブーゲンビリアは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
『ヘデラ共が私の身体を探し出し殺したという事が何を意味するか、分からないのか?』
「え……?」
俺はブーゲンビリアの問の答えがすぐに分かった。しかし、その答えは有り得ないと結論づけた。
「ヘデラ共が大魔王ズォークの封印を解こうとしてるって事ですか? そんな馬鹿な」
『馬鹿はお前だな。何故そうではないと決め付ける?』
「だって、3千年も大魔王は封印されていたんですよ? 何で今更封印を解こうとするんですか?」
『今世界にヘデラという化け物はどれ程いる?』
「さあ、そんなの雑草みたいにたくさん……」
『そうか。ズォークは兵士が増えるのを待っていたんだ。オリジン・ヘデラは種子から生き物に寄生して生まれると言ったな?』
「はい」
『ズォークが封印されている場所を知っているか?』
こちらが質問をしたというのに、ブーゲンビリアは逆に質問をいくつも投げかけて来る。
「アムニス島ですよね?」
『そうだ。そこの大きな樫の木に封印した』
「そこまでは知りませんでした。でも、それが何だと言うのですか?」
『もしかしたら奴は、その樫の木に封印されながらも邪悪なる力で種子を作り、それをアムニス島に住む生き物達に寄生させ自らの兵を殖やし、3千年の時を経て甦ろうとしているのではないか……』
衝撃的な話に俺は言葉を失う。もしブーゲンビリアの仮説が正しければ、近々大魔王ズォークが復活し、この世界は再び暗黒の世界へと堕落する。そうなれば人間やエルフやドワーフなどの無害な生き物は滅び、邪悪な生物であるヘデラとオークだけが生き残る世界になってしまう。
「ブーゲンビリア様、それが本当ならかなり不味い状況ですよね? 5人の大魔法使いの封印の内、貴女の封印はすでに破られている。もし、残りの4人の封印が破られたら……」
『ズォークは復活する』
「ふ、復活したら、また封印出来ますか? ブーゲンビリア様」
『私1人では不可能だ。他の大魔法使い4人と力を合わせなければ封印は難しい。だが、今や私はこの身体。以前のようなフルパワーは出せんだろう』
「……ならどうしたらいいでしょうか?」
『その時は運命を受け入れろ。この時代に私と同等の魔力を持つ大魔法使いのような奴がいれば望みはあるが、3千年も平和だったこの世界に、そんな魔法使いはおるまい』
「そんな……」
『まあ、一度、アムニス島に行き、どのような状況になっているか見に行くのはアリだな。封印が解かれる前に、私が新たな封印の魔法を掛ければ、他の4人の魔法使いの封印が解かれてもズォークが復活する事はない』
「なるほど、それは、俺がアムニス島へ行くって事ですね?」
『無論だ。お前が行かなければ私は行けないのだからな……が、その前に私の遺体と杖だ。杖がなければ封印魔法は使えん』
恐ろしい話をしているにも関わらず、ブーゲンビリアは至って冷静だった。伊達に333年生きていたわけではない。
俺はまたヘデラ共がいるという洞窟へと歩みを進めた。
♢
ブーゲンビリアと出会ってから3時間。ようやく件の洞窟を見付けた。
木々に囲まれた洞窟。その外観はほとんどツタやコケに覆われている。いかにもツタの化け物がいそうな雰囲気だ。何よりおぞましい瘴気を感じる。
暗くて奥は良く見えない。
俺は恐る恐る背中の剣を抜いた。
『ルークス=フルゲオー』
ブーゲンビリアの呪文でほのかに俺の持つ剣が白く光始めた。どうやらこの剣が松明の代わりにするようだ。
『これは無機物を発光させる魔法だ。だが、やはり杖がないと灯りが弱いな。こんなの灯りがないのと同じだ』
「そんな事ないですよ。ちゃんと足元も数メートル先も見えますし」
『そうか。それより、奴らはこの奥の吹き抜けになっている広間にいる。昔はそこも洞窟になっていて、私の身体はそこにあった大きな水晶の中に封印してあったのだがな……』
「なるほど。じゃあヘデラ共がそれを見付けてブーゲンビリア様の封印を解いたのですね」
『ああ、そうだ。恐らく、私の遺体と杖もきっとまだそこにある』
「了解です。ところでブーゲンビリア様、炎の魔法は使えますか?」
『いや。私は光の魔法使いだ。魔法使いと言えど、この世の全ての魔法が使えるわけではない。得意不得意がある』
「そうなのですか。しかし、光の魔法でヘデラを殺せますかね? 奴らの弱点は火ですよ」
『邪悪な力の宿る種子から生まれたツタだろ? むしろ光の方が効くさ。それに、ここにいるのは宿主がオークのヘデラだ。効き過ぎて腰を抜かすぞ』
何の躊躇いも不安もなさそうなブーゲンビリア。本当に頼りになる存在だ。
しばらく暗闇の洞窟を進むと、ブーゲンビリアが止まれと言った。
俺はすぐに足を止めた。光る剣を握る手に力が篭もる。
「ゴロロロロロロ……ギギギギギギギ」
洞窟の奥から聞いたこともない不気味な化け物の唸り声が聞こえる。
『オークの唸り声じゃないな。メル。1体くらいなら1人でやれるか?』
『え……1人でですか?』
脳内のブーゲンビリアの声に、俺は心の声で反応する。
その間も不気味な唸り声は洞窟の奥から徐々にこちらへ近付いて来ている。
「グギギギギギギ……ゴロロロロロロロ」
『来るぞ。頼んだ』
ブーゲンビリアの声とほぼ同時に暗闇から突如ツタだらけのオーク、“ヘデラ”が黒ずんだ緑色の触手のような腕を伸ばし襲いかかって来た。
「ひぃ……!!」
咄嗟に剣を振る。距離を詰められ過ぎて振り上げた剣はヘデラの身体を逆袈裟に斬ったがその硬い身体に食い込んで止まってしまった。ほのかに光る剣がそのおぞましい化け物の姿を闇より映し出した。
灰色の汚い皮膚。獣のようなゴワゴワした毛髪。白目を剥き充血している目玉。肉食獣の尖った牙からはヨダレがダラダラと零れ落ちる。体臭は獣のようなキツい臭い。そしてそれらを鎧のようにまとわり付いた緑のツタが覆う。
『頑張れ頑張れ!』
楽しそうなブーゲンビリアの声援。
「グギギギギギギ……ガガガガゴゴゴ」
苦しみと怒りで鳴き声も先程と少し変わり暴れ出すヘデラ。光る剣にどす黒い血液が滴り灯りを消していく。
「ぬん!」
俺は恐怖に震えながらもヘデラの腹を蹴り飛ばし食い込んだ剣を引き抜いた。
「グギギギギギギ……」
尻もちをついたヘデラに、俺はすかさず剣を突き刺した。
「ゴガ……ガガギギ……」
不気味な唸り声が消えた。
俺はすぐに剣を引き抜き2歩、3歩後ずさる。
「や、やった……初めてヘデラを倒した……」
『やったな、メル。けど悲しいお報せをしなくてはならない。そのオリジン・ヘデラはこの先に100体はいたぞ』
「100体!? ってか、ブーゲンビリア様! 貴女が魔法で倒してくれるんじゃなかったんですか? 話が違いますよ!」
『うるさい奴だ。お前は仮にも傭兵なんだろ? 自分の力で1体も倒せないで人生終わるつもりだったのか?』
「……それは……」
ブーゲンビリアの言葉に返す言葉もない。だが、良く考えると、ブーゲンビリアは俺のヘタレっぷりを知り、敢えて勝てる可能性の高い相手と戦わせ自信を付けさせたのかもしれない。
『良く分かってるじゃないか。そういう事だ』
チッ、また思考を読まれた。
俺は心の中で舌打ちをして、剣に付いたどす黒い血を振り払った。すると剣はまた輝きを取り戻し、辺りを照らした。
『まあ安心しろ。奥の100体は私が蹴散らしてやるから』
「本当ですね? 頼みますよ?」
俺はブーゲンビリアに念を押し、そしてまた洞窟の奥へと歩みを進めた。
次第に聞こえてくる唸り声。この洞窟の奥には物凄い数のヘデラ共がいる。
やがて洞窟の奥からは光が差し込んで来た。出口なのか?
俺の持つ剣の灯りは自然に消えた。
長い暗闇の通路を抜けた先。俺はその先を見て愕然とした。
拓けた空間には崩壊した天井から陽光が差し込んでおり、その光に群がるかのように大量のヘデラが蠢いていたのだ。
ギギギギギ……ゴロロロロ……
不気味な唸り声は耳を塞ぎたくなるほど大きく不快だ。
『見ろ、あそこ。ヘデラ共が群がっている中央。あそこに私の遺体と杖がある』
「え!? ど、ど真ん中!?」
ブーゲンビリアの言う場所はヘデラ共が最も群がっている場所。
俺は悟った。
飛び込んではいけない。今すぐ帰るべきだと。