4話 麗しきお姿
しばらくブーゲンビリアの道案内で山を登っていると、喉の乾きを感じ俺は額の汗を手の甲で拭いながら水源を探した。
運の悪い事に、斜面を転げ落ちた時に食料は吹っ飛び、水の入った革の水筒は中身が零れてスッカラカンになっており、現在荷物は背中に背負った1本の傭兵の剣だけだ。
『確か近くに小川があったはずだ』
俺の脳内の声は親切にも俺が今欲している水の在処を教えてくれる。まあ、喉の乾きや飢えも俺と共有しているだろうから、親切ってわけでもないが。
俺は小川を探しながらブーゲンビリアの顔を思い返していた。一瞬だけブーゲンビリアが幽体だった時に顔を見たような気がしたのだが、残念ながら良く覚えていない。声だけは聞こえるが、ブーゲンビリアがどんな顔をしている女なのかは同居人の男としては気になるところだ。
しかし、その顔を見るには、ブーゲンビリアの遺体を回収する以外に方法はないだろう。
『そんなに私の顔が気になるのか、メル』
相変わらずブーゲンビリアには思考を読まれる。マジで勘弁して欲しい。
「まあ、俺の中に入ってる伝説の大魔法使いのお顔ですからね、興味はあります」
『ババアとか思ってたくせに、期待してるんだな、可愛い奴め』
「333歳と言っても、魔法使いなら人間でいう30代くらいの年齢ですよね? つまり三十路」
『三十路という言葉は余計だが、そんなところだな。ま、私がお前の好みの顔だったところで、意味はないがな。私の身体は死んでしまっているのだから』
「そう……ですね」
そうだ。こうして楽しく会話しているが、ブーゲンビリアは死んでしまっている。不思議過ぎる状態なのに、ブーゲンビリアはあまりに死んだ感じを出さないので時々その悲しい現実を忘れてしまう。
『ところでメル。先程ヘデラという名でツタのオークの事を呼んでいたが、奴らは普通のオーク共と違うのか? 3千年前はあんなものいなかった』
「えっとですね……」
『分かった。言わなくていい。ツタのオークはオリジン・ヘデラ。ツタに寄生された能無しのオーク共なんだな』
「え? ああ、思考を読んだんですね。てか、もしかして、俺今まで独り言みたいに喋ってましたけど、声に出さなくても俺の言葉って届くんですか?」
『やって見れば分かる』
俺は口を閉じ、頭の中で文章を作ってみた。
『聞こえますか? ブーゲンビリア様』
『ああ、ちゃんと聞こえるぞ。正確には聞こえているのではなく、感じているというのが正しそうだが』
『なるほど、では周りに人がいる時はこの方法で話しましょう。独り言の多いヤバい奴だと思われちゃうので』
『分かった』
まるでテレパシーでの会話。まさに俺は超能力を手に入れたような気分だ。クソ雑魚ナメクジだった人間の俺ともこれでおさらば出来そうだ。何せ俺の中には大魔法使いブーゲンビリアがいるのだから。
「あ! 小川だ!」
ようやく小川を見付けた俺は小走りで川辺りまでやって来ると片膝を突いて澄み切った小川を覗き込んだ。
「綺麗な水……うわっ!!?」
俺が声を出した理由。それは、水面に映るはずの顔が俺だけではなく、もう1人映っていたからだ。
『一々驚くな。どうやら私の姿は水面には映るようだな。見えるのがお前だけなのか、他の者にも見えるのかは知らんが』
「へ、へぇ……これがブーゲンビリア様のお顔……」
もう一度水面を覗くと、そこには見目麗しき若い女の顔がしっかりと映っていた。
俺の想像以上に美しい。可愛い系ではなく美人系の顔。ババアなんてとんでもない。3333歳というのが嘘のようだ。
そして、同居人の麗しさに高揚する俺は、もっと大事な事に気が付いた。
「ブーゲンビリア様……裸じゃないですか??」
『それはそうだろ。服には死という概念はなかろう。故に幽体にもならん。私の服は私の遺体が着たままだ』
「なるほど」
言いながら俺はブーゲンビリア様のお顔とお身体をマジマジと眺めた。大き過ぎず小さ過ぎずのまさに好みの大きさの乳房が綺麗な水面に映っているのだ。見ないようにする方が難しい。残念ながら下半身までは角度的に映らないが……俺の股間が熱を持つには十分過ぎる破壊力だった。
『おい変態野郎! いつまで見てるんだコラ。まさかお前童貞だったとはな。可哀想に。幽鬼の裸で興奮しているようじゃ終わってる。いいからさっさと水を飲めよ。救いようのないド変態め』
「はいはい、童貞ですみませんね」
ブーゲンビリアの罵詈雑言に屈することもなく、俺は興奮鳴り止まぬままに小川の水で泥と血に汚れていた手を洗い、そして両手で水を掬い口に運んだ。
山道で倒れていた間は水も食料も一切口にしていなかった。ここで綺麗な水にありつけていなかったら正直キツかった。冷たい水が俺に潤いをもたらしていく。
冷静になると、俺の熱を持った股間も落ち着きを取り戻していった。
『待てよ。この股間の感覚もブーゲンビリア様に共有されているって事か?』
『当たり前だ、変態。この大魔法使いブーゲンビリア様に男の興奮する感覚を教えてくれてありがとうな』
『いや、すみません。ちょっと怒ってます?』
『黙れ。このままここにいたら私は女の悦びを忘れ男の生温い快楽を知る事になるんだぞ。しかも、お前は私の裸で発情しやがる。これが何を意味するか分かるか!?』
『ブーゲンビリア様は自分の身体を見て発情するド変態になりますね』
『クソっ! やはり入る身体を間違えた。いっそモルス共に魂を持っていかれた方がマシだった。男の身体なんかに入ったのが運の尽きだった』
ブーゲンビリアはわざとらしく嘆き始めた。頭の中で他人に嘆かれるのは信じられないほどに迷惑だ。頭が狂いそうだ。
「ああ! 分かりました! ブーゲンビリア様分かりましたから静かにしてください!」
『何が分かった?』
「なるべく、ブーゲンビリア様の身体は見ないようにします。万が一見えてしまっても変な目で見ません。水面を見なければ貴女の姿が見える事はないのだし」
『本当だな? 約束だぞ!』
「はい」
『悪いな。本当は男のお前にそんな事を強いるのは酷な事だというのは、思考の共有で分かっているんだ。だが、私にも意識がある以上は、自分の身体を見て発情なんかしたくない』
「分かりましたから、もうこの話はやめましょう」
何だか凄く面倒くさいが仕方がない。共同生活というのは、お互いが譲歩し合わなければならないだろう。同じ身体を使ってるなら尚更だ。
俺は満足するまで水を飲むと、空っぽの革の水筒に水をたっぷり汲み、再びブーゲンビリアの道案内に従い山道を進んだ。