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3話 大魔法使いブーゲンビリア

『アプトゥム・アド・コンタギア・デペッレンダ・レメディウム』


 頭の中に聞こえている女の声で唱えられる呪文。指示通りに右手を左手のひらに翳すとほのかに温かい光が灯り、光の触れた傷口がたちまち塞がり痛みも消えていった。


「すげぇ……傷口が勝手に治っていく。これが魔法か」


『人間はこんな魔法も知らんのか無知な種族だな、雑魚メル』


 相変わらず口は悪いが、ブーゲンビリアは俺の全身の傷を次々と治してくれた。もうどこも痛みはない。


「そんな事言ってブーゲンビリア様、俺の身体を労わってくれるなんて優しいですね」


『勘違いするな。この身体はよもやお前のものではない。私が支配しているのだから、傷を治すのは当然の事だ』


「え? 支配? 全然俺の意思で動けるんですけど」


 俺はすくっとた立ち上がると、背中の剣を引き抜きブンブンと振り回してみた。


『うるさい! 雑魚メル! 勝手に動くな!』


「支配出来てないじゃないですか! ……あ、もしかして、俺の痛みとかって共有されてる感じですか?」


 ブーゲンビリアは黙り込んだ。分かりやすい。図星なのだろう。


「そっか、痛みは共有されてるわけですね。なら、俺が死んだらブーゲンビリア様も……」


『調子に乗るなよ雑魚メル! 私は幽鬼化の魔法が使えるのだ! 5人の大魔法使いの中で唯一な! お前が死んだらその時は私はここから出られる! だから、私はお前にはとっとと死んで欲しいくらいだ!』


「本当ですか? なら、俺を殺して出て行けばいいのに、わざわざ傷を治してくれたのは何故です? 放っておけば、傷口から化膿して俺は運悪く死んだかもしれないのに」


 言いながらも俺は何故ブーゲンビリアがそうしないのか何となく分かっていた。

 それは、俺が死ぬとブーゲンビリアも死ぬからだ。痛みを共有する説が確かなら俺の死もブーゲンビリアの死に繋がるはずだ。

 そもそも、宿主の身体を殺す事は出来ない可能性もある。

 それに幽鬼化の魔法が使えると言っていたが、それは本当だろう。現に俺はブーゲンビリアの霊体をこの目で見ている。だが、俺が死んだ時に再び幽鬼化出来るのか本人にも分かっていないという可能性もある。

 いずれにせよ、俺はブーゲンビリアに殺される心配はなさそうだ。


『なあ、メル。提案があるんだ。聞いてくれないか?』


「何でしょうか? 傷も治してもらったし、俺に出来る事なら」


『仲良くしよう』


「ん?」


『いや、だから、同じ身体を共有してるわけだろ? なら仲良くした方がいいだろ? 私はどうやらしばらくここに居なくてはならないようだし』


「あの、喧嘩腰なのはそちらなのですが」


『悪かったよ! 雑魚メルとか言って悪かった! お前が少しだけ傷付いてたのも知ってた』


「え!? 俺の感情も共有されてるんですか!? 恥ずかしい!!」


『そうだ。お前が女の私に雑魚とか臆病者とか言われたの気にしてるのとか、またモルスが襲って来るんじゃないかとかビビってるのも知ってる。あと、お前の言う通りお前の痛みも私に伝わる』


「そうなんですか、じゃあ、本当に運命共同体ですね。仲良くしましょう、ブーゲンビリア様」


『ああ』


 和解した感じなのに、ブーゲンビリアはあまり嬉しそうではない。まあ、俺みたいな雑魚人間の身体に閉じ込められてしまったなら確かに絶望するな。もしも逆の立場なら……


『お前……気持ち悪い事考えるなよ。もし逆に女の身体にお前が入ったらとか……私がいるところでよくも平然と』


「ちょっ!? え!? 思考も共有されてるの??」


『感情が共有なら思考も共有だろ。でも、まあ、男の思考が見えるのは気持ち悪いが新鮮で面白いな。変態さんめ』


「ま、待ってください。ブーゲンビリア様、共有してるもの全部教えといてください」


『そうだな、とりあえず五感は共有されてるかな。お前が見てるもの、聞いてる音、嗅いでる匂い、触った剣の感触。味は……まだ分からんが恐らく共有されてるだろう。あとは感情・思考……それと……』


 ブーゲンビリアは少し黙った。何かを考えているようだが、俺にはブーゲンビリアの思考は読み取れない。不公平じゃないか。


『お前の記憶は分からんな。過去の出来事とか……例えば、お前の生い立ちや何故弱くて臆病なのかとか、何故傭兵が1人でこんな山の中にいるのか……とか』


「記憶は読めないんですね、良かった」


『あ、分かった。お前がここにいる理由。なるほど、可哀想な奴だな。同情するよ。私に会えて良かったな』


「え!? 記憶は読めないんじゃ!?」


『お前が記憶を呼び起こせばそれは思考となり私に伝わる。知られたくないなら思い出さないようにしないとな』


「プライベートはもうなくなったという事か……」


 俺は剣を背中の鞘に納めると、肩を落としてその場に座り込んだ。


「それじゃブーゲンビリア様。俺が何故ここにいるか分かったなら、俺がどこに行きたいか分かりますよね?」


『街に下りたいのだろ? だが、その前に頼みがある』


「え? 頼み?」


『私の身体を探し出し、ちゃんと葬って欲しい』


「どういう事ですか?」


 急に真面目な感じになったブーゲンビリア。そう言えば俺はブーゲンビリアが何故幽鬼化してモルスとかいう黒いローブに追われていたのか聞いていなかった。


『お前は私の思考を読めないらしいな』


「うっ……」


 さすが大魔法使い。一瞬でそれを見抜いたか。


『私の身体はこの山の中腹にある洞窟に封印されていた』


「え? 大魔法使いは3千年前にズォークを封印した時に皆死んだって言われてますけど?」


『3千年……本当にそんな歳月が経っていたのだな。まあ、ズォークを封印した時に私達は各地に肉体ごと封印されてしまったからな。死んだと思われても仕方がない。私達はズォークを封印する時に己の身体を生贄に発動した封印魔法で生きたまま封印されていた。その魔法は、術者の身体が生きている限り解ける事はない強力なもの。ズォークを永遠に封印する為に、私達も皆己の身体を永遠に封印したのだ』


「身体を張って大魔王ズォークを封印してくれたんですね」


『だが、つい先程、私の封印されていた身体をツタが生えた気色の悪いオーク共に見つけ出され……殺された』


「殺された??」


『そうだ。だが、私は優秀だから、己の身体が死んだ時に発動する幽鬼化の魔法を掛けておいたのだ。お陰で私の身体の死と同時に、私の幽体は身体を抜けると同時に意識が覚醒した。……だが、あのクソズォークの野郎も抜け目がなかった』


「え?」


『私が幽鬼化の魔法を使える事を知っていたのか、私の身体が幽鬼化すると同時にモルスという死神共を召喚する魔法を掛けていたようだ』


「モルス……さっきの黒いローブの奴ら死神だったのか」


『そうだ。……そう言えばお前、何で私やモルスが見えたんだ? ただの人間のくせに』


「さあ、俺は昔からそういう未知の感覚を感じやすくて、必要以上にビクビクと怯えてました。もしかしたら、そういう幽鬼とか死神とかの影響を受けやすいんですかね」


『そうか、まあそれはいいとして、話は分かっただろ? 私の身体はまだツタのオーク共のいる洞窟に放置されている。私の身体を回収して葬ってくれ』


「ああ……そうしたいのは、山々なのですが」


『大丈夫だ。私がいればいくらお前がクソ雑魚ナメクジでもツタのオークなど簡単にぶち殺せる。モルスもまた追い払える。怖がるな。お前は最強の魔法の力を手に入れたのだぞ』


「いや……でも、ほら、わざわざ遺体を取り戻さなくても……ブーゲンビリア様が復活出来るわけじゃないんですよね?」


『そうだな。魔法使いと言えど死人が生き返る事はない』


「なら、危険を冒してまで遺体の回収なんて」


『お前は薄情な奴だな。私にとっては3333年も共にした肉体だぞ。クソ雑魚ナメクジでも、心は優しい奴だと思っていたのに。運命共同体って言ったのはお前だろ、メル』


 強気なブーゲンビリアの声色はとても悲しいものになっていた。魔法使いという種族の寿命は人間とは比べ物にならない程長い。3千年以上も共にした身体には短命な人間とは桁外れに愛着があるのだろう。

 ブーゲンビリアという大魔法使いの力を手に入れたというのに、未だに自分の身の保身だけを考えている情けない自分が恥ずかしい。


『それに、私の遺体の傍らには、私の杖がある。魔法の杖だ』


「杖?」


『そうだ。それがあるのとないことでは魔法の威力が違う。杖さえあればモルスさえも簡単に滅殺出来るわ』


「分かりました。分かりましたけど、俺は本当に弱いですよ? 魔法がなければ1人じゃヘデラの群れには勝てないし、モルスにも勝てません」


『安心しろ、お前の弱さはお前自身と同じくらい良く分かってる。めちゃくちゃ怖いってのも分かってる。だからこのブーゲンビリアお姉様が力を貸してあげる』


「……おね……約束ですよ?」


『お前、今、“お姉様? ババアだろ”って思ったよな? 殺すぞ』


「な、仲良くしましょう、お姉様! 俺全力でブーゲンビリア様のお身体を回収しますから」


『頼むぞ、メル』


 本性は多分傲慢で口の悪い性悪女なんだろうけど、まあ、こうなってしまった以上ブーゲンビリアに従うしかない。どうせ俺は街に戻っても臆病者の腰抜け傭兵なのだから。それならいっその事、ブーゲンビリアと一緒に化け物共を殲滅して英雄にでもなってやろうじゃないか。


 ま、今の思考もブーゲンビリア様には筒抜けだろうが。



 俺はそんな事を考えながら、ブーゲンビリアに導かれるままに再び山道を登って行った。

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