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1話 追放された新米傭兵

 今にも雨が降り出しそうな灰色の曇り空の下。馬を連れ込めない程の険しい山道。鬱蒼と生い茂る緑の木々の間。20人の重装備の傭兵部隊の中団を、新米傭兵の俺、メル・ティボールはオドオドしながら歩いていた。

 何のことはないただの山岳地帯の化け物の討伐依頼だ。ただ、俺にとってはこれが初任務。鎧や背負った剣が重いとか、山道が辛いとか、そういう体力的な事は問題ではない。

 実は、この山に入ってから2日、終始何者かの不気味な気配を感じていて、一瞬たりとも気が抜けないのだ。お陰で昨日は一睡も出来なかった。


「おい! メル! さっさと歩け! 遅せぇんだよ!」


 怒号と同時に背後から俺の頭に先輩ヤーコブの拳が叩き込まれる。


「痛てっ!?」


 ただ軽く殴られただけなのに、俺は情けなくも隊列からはみ出して地面に膝を突く。


「隊長、この新入り連れてくのは危険ですぜ? 昨日からずっと何かに怯えてビクビクしてるんです。“ヘデラ”に出会したら小便漏らして失神しちまいますぜ、きっと」


 俺を突き飛ばした髭面でガタイのいいヤーコブは小馬鹿にしたように言った。周りからは笑い声が起こり、隊列の先頭の隊長ベルナートがこちらへやって来た。


「メル。お前何がそんなに怖いんだ?」


「怖くありません! 隊長! すみません、しっかり歩きます!」


「口では何とでも言える。悪いが臆病者が隊にいるとお前を庇って他の者が死ぬかもしれない」


「そんな、隊長……」


 弁解を続けようとした俺の足元に何かが動くのが見え、思わず俺は情けない声を出し腰を抜かした。


「ただの蛇だ、メル。男のくせに情けない。やはりお前は山を下りろ。傭兵には向いていない」


 ベルナートは片手で蛇を掴むと道の脇の崖へと放り投げた。


「いえ、隊長、俺大丈夫ですから……」


「帰るなら今だぞ。ここから先はヘデラの群生地の可能性が高い。先に進むなら奴らを殺し尽くすまで帰れなくなる。いいな、帰るんだ、メル。お前に向いてる仕事はたくさんある」


「冒険者ギルドの掃除とかな」


 ヤーコブがニヤケ顔で言うと、他の傭兵達はまたどっと笑い出した。


 仲間達には1人たりとも俺の味方はいない。俺と同期の新人傭兵の奴らも一緒になって笑っている。

 むしろ何故コイツらは平気なのだろうか。この山に充満する恐ろしい瘴気を感じないのだろうか?

 悔しさで唇を噛み締める俺の胸ぐらを、突然ダイザが掴んだ。


「おい、メル。俺達はアンゼルム閣下の傭兵部隊だ。お前のせいで任務を失敗するわけにはいかない。これ以上ついて来るってんなら、悪いがついて来れねぇようにしてやるぞ」


「よせ、ヤーコブ。仲間を殺すような傭兵部隊と知られたら、それこそアンゼルム閣下の名に泥を塗ることになる」


 舌打ちをしたヤーコブは俺の胸ぐらから手を離した。

 膝を突いたままの俺の顔を真剣な顔でベルナートが睨む。


「よく聞け、メル。最後の命令だ。街に帰れ」


 そう言ったベルナートは、俺の肩を二度ポンポンと叩いた。

 そしてもう俺に視線を向ける事はなく、隊の連中に出発の号令を掛けるとそのまま険しい山道を進んで行ってしまった。


 その場に取り残された俺はただ去りゆく傭兵部隊の後ろ姿を見送る事しか出来なかった。


 悔しい。まだ初任務をこなしてもいない。俺は何の為に厳しい訓練を受けて傭兵になったのか。このまま街に帰ったら皆の笑いものじゃないか。

 だがここでいつまでも嘆いているわけにはいかない。

 この山にはヘデラ共がいる。ツタだらけの人型の化け物だ。その正体は人間や魔法使い、エルフにドワーフ、オークなどの生命体に寄生した邪悪な種子から生まれた植物だ。

 植物は通常花を咲かせ、花粉を飛ばし受粉し種を増やすが、ヘデラは違う。動物の体内に触手を使い種子を植え付け、その種子が体内で発芽する事により宿主の身体を乗っ取って殖えていく。そうやって生まれた個体を『オリジン・ヘデラ』と呼ぶ。こいつはこの世界に最も多い個体だが知能は低く動きも遅い。種の繁栄が目的で、人を襲うが食う事はしない。

ただ、オリジン・ヘデラが他の生物の雌を襲い、動物的な交合をする事で産まれる『イド・ヘデラ』は、その生物の知能と運動能力を受け継ぎ人を襲って喰う。

 この山にいるのはオリジンだけだが、奴らが山から街へと下りて女を襲えばたちまちイドが殖えて世界は凶暴な食人植物共に支配されてしまう。


 それを食い止める為に傭兵になったのに、俺は何も出来ないまま、臆病者と罵られ部隊を追放された。


「任務の途中で逃げ帰る傭兵なんて、もうどこも雇ってくれないよな。つーか、2日掛けて登ってきた山を1人で引き返すのかよ」


 独り言を呟く俺。その独り言は全て弱音になるがもちろん誰も聞いていない。山に入ってから特に化け物には出会わなかったが、1人きりになった俺に群れからはぐれたヘデラや洞窟に住むオーク、はたまた野生の獣共が襲い掛かってくるかもしれない。それに、不気味な気配は今も尚消えてはいない。


 俺が渋々立ち上がり、来た道を引き返し始めたその時だった。曇天の空からはついに雨が降ってきた。


「最悪だ……」


 俺は急ぎ足で険しい山道を駆け下りる。

 雨はヘデラ共にとって大好物。奴らは一際活発に活動を始める。『雨の日にはヘデラと戦うな』。これは俺達傭兵や冒険者達の共通の教訓。これに背いた奴らが何人もオリジンになった。


「クソっ! クソっ! クソっ!」


 次第に悪くなる足場。坂道故に俺の脚は加速する。岩を乗り越え、大木の根を飛び越えて走る。雨は強まる一方。このまま駆け下りるか。それともどこか雨をしのげる場所を見付けるか。

 そう考え、辺りを見回したその時──


「うわっ!?」


 坂道で勢い付いた俺は、目の前のカーブを曲がりきれずそのまま崖へと飛び出して斜面を転げ落ちた。何度か木にぶつかりながらゴロゴロと斜面を転がり落ち、平らな下の道に落ちたところで俺の身体は止まった。

 そして、同時に俺は意識を失った。

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