勘違いの後に
「そういえばさぁ〜、祭り中止だって?」
隣の席の男子が、机にだらりと身を預け、顔だけこっちに向けてだるそうな口調に、眠そうな顔付きで話しかけてきた。
私の幼馴染で、従兄弟でもある。従兄弟だからなのか、似ていると言われることもある。
シャキッとすれば見栄えも良いのだろうが、いつもダラダラしていて覇気がないし、寝癖頭に制服がよれてだらしない。
こんなのと似ていると言われても、心外である。
補修の課題が分からないから手伝って欲しいと、今の今まで仕方なく付き合っていた。
私は、机に頬杖をついて、横目で従兄弟を見る。
「そうみたいだね。で?」
「で?って何だよ。全く、俺に対する態度が冷たくないか?まぁ、いつものことだが...あの子とはえらい違い」
ニタニタと人を揶揄う様な細めた目つきと広角が上がった口元の従兄弟。からかっているなと思っても、相手のペースに引き込まれないのが鉄則。
私は、無表情で対抗する。
「それは、そうでしょ?」
「ふ〜ん。てかさ?祭り一緒に行くんかと思って。残念だろうな〜と」
「そもそも、誘ってない」
従兄弟は、鳩が豆鉄砲喰らった様な顔つきでちょっと面白い。
「...お、お前、付き合ってんじゃないの?」
「え?付き合っては、ないけど...」
「は?付き合ってない?あんなに仲が良いのにか?
それに、この間キスしたとか」
教室には私と従兄弟しかいないけれど、私は従兄弟の馬鹿でかい声とキスの言葉に恥ずかしくて、頭を小突いた。
「いてぇな」
机に俯して、頭を抱える従兄弟。少し涙目でチラッとこっちを見る。
「あの子も可哀想だな。鈍感、な奴が相手だと」
「な!」
私はムッとして、席を立つと従兄弟の肩を強く揺すり始めた。
「ちょっと、鈍感って何?」
「だーかーらー、付き合ってないんだろうが!ってか揺するのやめろよ!」
「先輩!!」
「「ん?」」
従兄弟と私は同時に言葉を発し、先輩と掛け声のあった方へ顔を向けた。
そこには小柄で笑顔がよく似合って可愛らしい女子がいる。
さっき話に出ていた彼女だ。
彼女は、私と従兄弟交互に見ると、少しむくれたような顔をして遠慮なしに教室に入ってくると、私の手首を掴んで教室の外へと引っ張っていく。
「ちょ、ちょ、ど、どうしたの?」
何がなんだか分からない私は、無抵抗でついて行く。
彼女は全く返事をせずに、私の手首を引っ張って、歩いて行く。
こういう時は、何か怒ってるんだろうなと思いつつ、逆撫でない様について行くしかなかった。
奥の方の空き教室。放課後、そこそこ遅い時間でもあるから人気がない。
教室に隅っこで、歩みが止まった。
手を離した彼女は、くるっと可憐に振り向くと私の方へ向き、上目遣いでじーっと私を見た。
何も悪くないはずなのに、何か後ろめたくて、目をキョロキョロさせてしまう私。
「...先輩」
私の服の袖をくいくいっと引っ張る彼女。
そんなことされれば、目を合わすしかない。
「...な、何?」
「...先輩は、あの人と仲がいいですけど、あの人と付き合ってるって噂もありますけど、実際、どうなんですか?」
少し悲しげな目をした彼女が、私の瞳に映り込む。
「へ?...いやいやいや、あいつとは長い付き合いで従兄弟ってだけで、仲良く見えるのかもだけど、付き合ってるとか、そんなわけないし、誰とも付き合ってないし!」
慌てて弁明する必要はないのに、ザワザワして早口で言葉を繰り出す。
「...本当...ですか?」
潤んだ彼女の瞳が、そっと触れて絡む細いしなやかな指が、遠いと思っていた彼女との距離が近づいて、背伸びする彼女の息が間近に感じられて、目が離せない。
彼女の頬が少し紅葉して、指がさらに強く絡んで奥へと進む。動くことができない、私は、なすがままだ。
「先輩?」
近距離。彼女は近くで見ても可愛くて、綺麗で、それに付け加えて、いい匂いがする。花の様な、強くないのに甘い、うっとりする様な甘さ。
「先...輩...」
甘い花によるミツバチの如く、私は彼女に口付けた。
湿った唇が、どちらのものか、分からない、それくらい深く。
指の絡みがお互いに強い力で、爪痕を残すかの様に深い繋がりをする。
無呼吸。
透明な糸。
離れた唇からお互いに少し荒い呼吸が漏れる。
おでことおでことをくっつけ、お互いに、はにかんで。
彼女の真っ赤な頬。
熱いから、きっと私も同じ顔。
それが、なんだか恥ずかしくもあり、嬉しくて。
彼女も、そうなのか、
互いにくすりと笑みをこぼした。