其の玖
芽依子、襲来す。
これまた可愛い女の子のワンピースを持って。うん。もう察してるよ、何がしたいかは。しかし唯々諾々と従った沖田君と違い、蒼は抵抗した。
「それって女の子の服じゃん! どうして僕が着ないといけないの?」
「美少年は女装する運命にあるのよ!」
あれ、デジャヴ……。
結局、二人して妻にのほほんと見守られながら(それもどうなんだ、妻よ)喧々(けんけん)諤々(がくがく)して、蒼は渋々その紺色に水玉模様のワンピースに着替えた。
おや。
「あら可愛い」
「でしょ? あたしのちっちゃい頃のお出かけ着だったんだけど、蒼ってば色白で目はぱっちりして完璧に女顔でしょ~。絶対、似合うと思ったのよ。どうよ、叔父さん」
「本人の意思も少しは尊重してあげて……」
「さあ、どの角度から撮ろうかしら」
私のか細い声は見事に無視された。しかし、沖田君は女装が似合う宿命にあるのか。まあ、女顔のイケメンだからなあ。蒼の顔立ちは、妻に似たのだろう。私に似なくて良かった。ふん。ちょっと拗ねる。妻は息子の女装を堪能したあと、昼の支度に台所に行った。そう言えば昔は男の子が無事に成長するようにと女の子の恰好をさせたとか聞くなあ。
「…………」
沖田君がそのように育っていれば、或いは彼ももっと長生きしたのだろうか。
しかし胡麻油とニンニクの香りが堪らんな。
蒼の服を元に戻して、私たちは揃って食卓に着いた。角切りベーコンと長葱、卵を炒め合わせて仕上げは豆板醤を少しだけ垂らしてある。これは蒼への配慮である。
芽依子は当然のように食べているが、たまにはお前が作っても良いんだぞ、まあ、これは盛大なブーメランではある。美味いなあ。ベーコンの肉の旨味と卵のまろやかさ、葱の香味が相まって、それらを豆板醤が見事にまとめ上げている。
食後、おねむになった蒼を寝かせて、妻と芽依子と私で(ちゃんと私も参加!)皿洗いをすると、私と芽依子は縁側に並んだ。これは珍しい組み合わせである。妻が、口がさっぱりするように、とウーロン茶を出してくれる。ええと、良妻を崇め奉る神棚はどこだっけ。
「どしたの、叔父さん」
「いや。大学はどうだ?」
「別に~? ふつー」
「なりたいものとかないのか」
「小説家」
あ、何か解ったぞ。所謂、ベーコンレタスな小説家だろう。そう思った私だったが、芽依子は真面目な表情で続けた。
「新撰組のさ、人たちのこと、書きたいんだよね。折角、おっきーやとっしーやはじめちゃんと知り合えたことだし。あの人たち、何考えて生きてたかとか、書きたい」
不覚にも目頭がじんとした。芽依子、誤解していて悪かった。それは本来であれば、私の務めとするところだ。寂しくなった桜の枝に、小さな鳥が留まっている。鶯だろうか。少し不器用に鳴いている。良い日和にこの光景は心和む。そう思っていたら、土方君がいつの間にか立っていた。芽依子は慣れたもので動じる様子もない。
「あ、とっしーだ。やほー」
「……」
とっしーこと土方君はやや渋面。芽依子が苦手なのだ。まあ、経緯を考えれば無理もない。結局、私を真ん中に挟んで、土方君と芽依子が座る形になった。
「今日は菓子はねえのか」
「あ、さっきお昼食べたばかりだから……」
舌打ちする土方君。行儀悪いよ。
「ねえねえ、とっしー」
「……何だ」
順応している……!
とっしー呼びに順応している! あの、鬼の副長と言われた男が。
「おっきーのこと、好き? あ、弟みたいにとかじゃなくて。女の人のこと想うみたいに」
「はああ?」
「……」
芽依子。お前、絶対、BL作家を目指す気だろう。私の感動を返せ。