其の捌
微睡みの春はいつまでも猶予を与えてくれない。その内、夏が来て秋が来て冬が来て、そしてまた春が来る。人の世はそのように循環しているのだ。桜餅、美味しいな。長命寺の桜餅は皮が薄くしっとりして中にぎっしり漉し餡が詰まっている。仕事帰り、縁側で膝にちょこんと蒼を乗せて二人してあむあむ食べている。蒼は、夕食が入らなくなってはいけないので半分だけである。その残りの半分を口にする私を見る蒼の目は些か恨めしい。そして当たり前だが先だっての沖田君のように私の膝に乗ることへの抵抗を示さない。あれはあれで可愛かったんだけどな。妻が淹れてくれた緑茶をずず、と啜る。
「沖田君やーい」
戯れに、濃い灰色の果てに沈もうとする夕日に呼びかけてみる。
「はい」
「ぎゃあ、出たあ!」
「……」
そこには不満げな顔の蒼、いや、沖田君が私を振り返っていた。いつかと同じ透けて見える。いやいや、呼んでみるものである。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、狼狽えてしまったがご愛敬。
「やあ沖田君、元気かい!」
挨拶が間抜けなのもご愛敬。沖田君は苦笑した。
「お蔭様で日々、健やかに育っています」
「うん。それは何より」
「土方さんや斎藤さんはまだ来ておられますか」
「うん。来てるよ!」
「そうですか……」
透けて見える沖田君は秀麗な面持ちに憂いの色を浮かべた。
「何か問題かい?」
まあ、問題だろうな。輪廻の輪からまだ外れてるんだから。
「以前、僕は新撰組は祭りに加わり散ったのだと言いました」
「ああ、うん」
私が土方さんの思惑により幕末に行っていた時のことだ。
「僕は加わり損ねて、不覚にも病死した。けれど土方さんや斎藤さんは、最後まで祭りに拘り、加わり続けて散りました。僕も思うところあり、こうして転生するに手こずりましたが、土方さんたちの気持ちを思うと、尚更、転生は難しくなるのだろうと思えて」
ざっと一陣の風が吹き、無情にも枝に張り付いていた僅かな残りの桜を散らした。私はそれを静かな心持ちで見ていた。土方君も斎藤君も、無事に輪廻の輪に戻って欲しい。けれどそうすればもう、幽霊である彼らと交流を持つことは出来なくなるのだ。
「ご飯よー」
また絶妙なタイミングで妻が言った。