其の漆
竹林での戦いのあと、加州清光は何事もなかったかのように私の身に吸い込まれて消えた。いずれはこれを蒼が引き継ぐのだと思うと、感慨深いものがある。当然だが私は蒼より先に死ぬ。いや、そうでなくてはならない。それは、前世での繰り返しのように思えて、心苦しくはあるのだけど。今を盛りと咲く桜の花も、やがては風にさらわれて散るように、人の身もまた時にさらわれて散るのがさだめだ。その時、土方君や斎藤君はどうしているのだろう。やはりまだ、幽霊として彷徨っているのだろうか。その答えは、私にも解らない。彼らにも健やかに幸いであって欲しい。輪廻の輪の中に戻って欲しいと思うのは、私のエゴだろうか。
「ぐえー」
「お父さん、起きた?」
「はい、沖田さんだよ~」
相変わらずの容赦ない蒼の起こし方に、私は多少、寝癖のついた頭を掻きながら身を起こす。それでも今日はいつもより手心のある時間帯だ。休日だからね。妻も、昨日、私が疲弊して帰ったことを考えて、蒼を寄越すのを控えめな時間にしたのだろう。蒼を抱き上げてくるくると回ると、蒼はきゃーと歓声を上げて喜んだ。
朝食は鮭の塩焼きと法蓮草のお浸し、豆腐の味噌汁だった。今日は和風だね。昨日のようなことがあった後にはほっとする献立である。ぱくぱく平らげて、流しに食器を持って行くと、私は縁側に腰を下ろした。ちょこまかと蒼もついてくる。今日はよく晴れている。胡坐を掻いた私の膝の中にちょこなんと納まるのだから可愛くてならない。沖田君譲りの、少し色素の薄い髪を撫でてやると、猫の仔のように目を細めて気持ちよさそうにしている。
沖田君。
君を置いて先に逝く私を、今度は許してくれるよね。
私はずるっこだ。
一度は先んじたものを歴史への介入でなかったこととした。沖田君は私のような愚は犯さない。温順として今度は私の死を受け容れるだろう。そんなことを考えると何だか切なくなった。蒼を後ろから抱き締め、肩口に顔を埋める。お日様の匂い。
「お父さん、くすぐったいよー」
「ごめんごめん」
謝りながらも私は、しばらくそうして動こうとはしなかった。