其の参
「貴方、鷹雪君がいらしたわよ」
おや。これは千客万来だな。そしてちとばかし問題がある。
春らしいミントグリーンのボタンダウンシャツに焦げ茶の革のベストを着て、ジーンズを穿いたスタイリッシュな立ち姿の彼とは芽依子と高校が同じだった縁やら沖田君に関する縁やらまあ色々ある。フルネームを安倍鷹雪君と言い、実はあの有名な安倍晴明の子孫であるれっきとした陰陽師だ。今は某有名大学に通っている。
そして芽依子との仲もいまいちだが、彼と斎藤君は犬猿の仲なのだ。思った通り、斎藤君の姿を見た鷹雪君の端整な顔が渋くなり、斎藤君の眉間にも、一本の皺が刻まれた。
「鷹雪君。珍しいね。いらっしゃい。ままま、ドーナツでも食べて」
甘いものを摂取すると少しは寛容になるのではという思惑から、私はずずいと鷹雪君の目の前にドーナツの載った皿を出す。
「お邪魔しています。……いただきます」
この子もだいぶん礼儀作法を学んだよなあ。
最初に会った時はぶっきらぼうで、大人への敬意などどこに置いてきたかという様子だった。今では私に敬語をきちんと使ってくれる。不遜な目つきはあんまり変わらないけどね。
「鷹雪のお兄ちゃんだあ」
蒼の歓声に、鷹雪君の表情がふと和む。彼は意外とこれで蒼に優しい。まあ、蒼に冷たくする大人のほうが珍しいのだろうけれど。それにしてもどんな人間でも陥落してしまう我が息子、恐るべしである。沖田君譲りかなあ。
斎藤君は脱いでいた隊服の羽織りを着て、縁側に座り桜の樹を見た。これはつまり鷹雪君のことなど相手にしませんよというポーズである。やれやれ。悪口合戦よりはましだけれど大人げない。
「今日は沖田さんにご相談があって来ました」
「何だろう。座りなよ」
チョコレート色のソファーに座ってから、鷹雪君はおもむろにドーナツにかぶりついた。蒼が牛乳の入ったマグカップを差し出すと、ごくりと一口飲む。
「土方歳三はまだこちらに来ていますか」
「土方君? うん。時々来るよ」
これはまた、思ってもみない話の切り出し方だ。鷹雪君、土方君のことも余り好きではなかった筈だけど。
「昔の落ち武者の怨念で瘴気の濃い竹林がありまして」
「はあ」
「……俺の手だけでは間に合いそうにないので」
成程。
和泉守兼定かあ。
実は土方君、私たちと出逢う前、妖怪やら人に害を成す霊やらを退治したりしていたらしい。何でも地蔵菩薩の指示だったとか。その腕を見込んでのことだろう。私は懇意にしている寺の和尚にそのことを話している。鷹雪君はその寺に居候しているから、和尚さんから話を聴いたのだろう。
「解った。土方君には私から頼んでみるよ」
「お願いします。あとそれから、沖田さんにも来て欲しいのです」
「私?」
「はい」
「私は大して役には立たないと思うよ。専門外だ」
「加州清光……」
ぴくり、と私の肩が動く。それは沖田君の愛刀だ。その愛刀で私は。
しかし加州清光は沖田君と共にもう消えた筈では。
「あれは神器です。沖田総司から引き継がれ、今は、沖田さんの中に宿っています」
「え」
そういうことなら蒼に宿るのが普通じゃないの。
私がそう思ったのが聴こえたかのように、鷹雪君は続ける。
「いずれ蒼君が成長した暁には再び譲渡がなされるでしょう。けれど、それまでは貴方があの刀の所有者だ。竹林の浄化にご協力いただきたい」
はてさて。話が何やら大仰になってきたぞ。
斎藤君の背中を見ると、話をしっかり聴いていた風であったのが判る。
「うーん。一応、今度、土方君が来た時に彼にも話しておくよ」
「お願いします」
折り目正しく、頭を下げる鷹雪君。
本当に成長したね。
「お昼はラーメンでも取ろうかと思ってたんだけど、鷹雪君もどうだい? 君ならチャーシュー麺くらいのほうが食べ応えがあるか」
「お言葉に甘えて」
それから、出前でやって来たラーメンとチャーシュー麺と餃子を、私と妻と、蒼と芽依子と、斎藤君と鷹雪君で食べた。ラーメンはこってりとんこつで、きくらげとメンマ、葱がたっぷり入っている。この濃厚なスープとそれに絡みつく麺が堪らない。同じ食卓を囲んでものを食べるというのは不思議で、あれ程ぎすぎすしていた鷹雪君と斎藤君の間にさえ、柔らかな空気が若干ながら流れるようになったのだった。




