表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

決意

楽しんでくれると嬉しいです。

 ーー我が家の恥晒しが。


 あの日ーー王様の二人目の子が産まれた日、頬を叩かれ、吐き捨てられた言葉を、私は今でも覚えている。










 「お父、様……」


 父親の姿に、目を見開き、アシュレーは唇を震わせる。

 久しく見るその姿は、やはり若返っているが、冷たい眼差しだけは変わっていない。


 体が、硬直する。そんなアシュレーを、エリオットは冷ややかな目で見下すと、口を開いた。


 「アシュレー……お前、早朝倒れたそうだなーー今日は、王太子との顔合わせがあったというのに。」

 「ーーえっ?」


 感情の感じられない無機質な声よりも、その言葉の内容にアシュレーは反応する。

 ーー今日は、王太子……つまり、リーゼハルトとの顔合わせの日だった?


 やはり、時は戻っているーー十五年前の十歳の日に。

 ……奇跡が起こった。


 そうして、やっと時が戻った事を確信する。そんなアシュレーに、不意にエリオットは近づくと、強い力で顎を掴んだ。

 強引に顔を上げられる。その痛みと恐怖に、アシュレーは我に返った。



 間近に、父親の端正な面立ちが迫る。恐ろしい青紫色の瞳に、鋭く見つめられる。

 この父親の全てが、恐ろしく感じられて仕方がない。

 そんな酷く怯えるアシュレーに、エリオットは吐き捨てる。


 「ーーお前は、私の面目を潰した。」


 その底冷えするような声色に、アシュレーは思い出す。


 ーー我が家の恥晒しが。

 王妃であった時、ゴミを見るような眼差しで、残酷な言葉を吐き捨てられた事を。


 「ッ……」


 全身から血の気が引く。紺碧の瞳が、恐怖に染まる。そんな青褪めるアシュレーに、エリオットは話を続ける。


 「良いか、よく聞け。お前と王太子の顔合わせは、来週改めて行う事となったーー今度こそ、私に恥をかかせるな。」


 乱暴に、顎から手を離される。そうして、エリオットは踵を返すと、部屋を出て行った。


 静寂が、辺りを包む。一人残されたアシュレーは、顔を歪めると、ポツリポツリと涙を零した。

 悲しい。奇跡が起こって、時が戻ったというのに。


 ーー父親に愛されていない事を、改めて実感して、どうしようもなく悲しい。


 嗚咽を漏らす。そんな時ーーアシュレーは、不意に一人の女性を思い出した。

 美しく優しかったあの人の事を。


 「ッ……お母様……」


 ポツリと呟き、顔を歪める。

 どうせなら、もっと昔ーー母親が生きている時に、戻りたかった。

 六歳の時に、病気で死んでしまった母。美しい黒髪に、紺碧の瞳を持ち、ローデンヴィージャの華と呼ばれた女性。


 彼女だけは、深く愛してくれていた。有り余る程の愛情を注いでくれた。


 「お母様ッ、会いたいよ……」

 

 ベッドに蹲り、シーツを濡らす。そうして、アシュレーは孤独感と寂しさに苛まれながら、眠るまで、ずっと泣き続けた。




 





 






 『ーーアシュレー……アシュレー、目を開けて。』


 鈴の音のような、美しく心地よい声が耳元で響く。


 「んっ……」


 その声に反応して、アシュレーはゆっくりと目を開ける。そして、大きく目を見開いた。

 目の前にいる人物を見て。


 「な、ぜ……」


 幾筋もの涙が頬を伝う。胸が酷く高鳴る。

 アシュレーは、これが夢だと直ぐにわかった。

 だが、夢であってもーーどうしようもなく嬉しかった。


 「ーーお母様ッッ!!」


 涙を零しながら、叫ぶ。そんなアシュレーに、目の前の女性ーーアシュレーの母親・ルシアは、優しく微笑んだ。


 『おいで、私の可愛い娘。』


 その言葉と共に、ルシアがゆっくりと腕を広げる。そんな彼女の胸に、アシュレーは泣きながら飛び込んだ。


 「お母様ッ……お母様ッッ!!ずっと、ずっと会いたかったッッ!!」


 泣きじゃくるアシュレーを、ルシアは強く抱き締める。


 『アシュレー、私もよ……ずっと、貴方に会いたかった。』


 その言葉に、アシュレーは耐えていた感情が溢れ出した。


 「私ッ……ずっと、ずっとッ……寂しかったッッ!!誰にも愛されなくてッッ……愛して貰えなくてッッ……哀しくて堪らなかったッッ!!」


 ボロボロと大粒の涙を零しながら、訴える。ルシアは、そんなアシュレーの背を優しく摩った。


 『ごめんね、アシュレー……貴方を置いていってしまって。』

 「お母様ッ……これからは、ずっと傍にいて……私を離さないでッ……!!」


 その言葉に、ルシアは動きを止める。そして、優しくアシュレーを引き離すと、口を開いた。


 『アシュレー……ごめんね。それは、出来ないの。』

 「どうしてッ……どうしてッッ!!」

 『ーー貴方がまだ、幸せになっていないから。』


 その言葉に、アシュレーは目を見開く。ルシアは、そんなアシュレーの涙を優しく拭うと、微笑んだ。

 心から慈しむように。


 『アシュレー、どうか幸せになって。』


 息を呑む。そんなアシュレーに、ルシアは話を続ける。


 『ずっと、ずっと願っていた……貴方が幸せになる事を。死んだ後も、ずっと。』

 「お母、様……」


 頬を涙が伝う。

 アシュレーは、父親・エリオットと全く似ていなかった。故に、ルシアは不義を疑われ、酷い扱いを受けた。

 アシュレーの所為で、ルシアは辛い人生だった筈だ。なのに、何故こんなにも自分を愛してくれるのかーーアシュレーは、分からなかった。


 「何故……何故、お母様は……こんなにも私を愛してくれるのですか?」

 

 その問いに、ルシアは微かに目を見開いた後、直ぐに笑った。


 『ーーそれは、勿論。貴方が、私の大切な子供だからよ……貴方と出会えて、私はとても幸せだった。』


 そして、ルシアはもう一度アシュレーを抱き締める。


 『私の可愛い娘、アシュレー……幸せになって。私は貴方の幸せを心から願ってる。』

 「お母様……」

 『どこにいても、心の底から愛してる……愛してるわ。』

 

 

 その言葉を最後に、意識が再び、遠くなっていく。アシュレーは、母の温もりを感じながら、静かに目を閉じた。

 








 §§§§



 






 

 「お母様……」


 夜、目が覚めたアシュレーは、夢で出会った母の言葉を思い出しながら、涙を零していた。

 胸がどうしようもなく温かくて、苦しい。

 アシュレーは温かな感情に包まれながら、暫くの間、涙を零し続けた。

 そして、泣き止むと、顔を上げて、決意した。

 ーー今度こそは、絶対に幸せになろう、と。


 







次回も読んでくれると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ