ペット
唐突に脇が痒くなった。だからかくことにした。
脇の下はウェットシートくらいに湿ってて、その湿地帯を三回くらい指で往復した。
指先に付着した脇の匂いを嗅ぎ、その特有の臭さから"一興"を得ようと思い、嗅いでみた。
無意識に口角が持ちあがった。(つまり笑った)
注文通りの臭さ、といった評価が妥当だろう。
そういえば、なんでこんな臭みがあるんだろう、
汗だけじゃこんな臭いにならないよなあと思った。
思っていたら、脳の片隅に眠っていたあるヒントがよみがえった。
靴が臭いのは、「靴に済む微生物の糞尿が水を浴びて臭いを発するから」という説だ。
もしかしたら、脇も同じなのかもしれない。
脇に微生物がいるのかもしれない。。
ここで話は大きく変わるのだが、
僕は孤独だ。
だからそれを癒す術を考え続けてきた。
候補の一つとしてペットがあった。
一緒に痛みを我慢する仲間として、僕の横にいてほしいと思ってきた。
だが、体は満足に動かない状態だし、なにより家族が了承しないだろうからとても現実的ではなかった。
しかし、
生物は身近に存在していたのだ。僕の脇に。
この脇の下の生物は僕の脇からしたたる”アカ”をうまそうにほおばり、
「ありがとう、ベイム君、ごちそうをありがとう!」と言いながら
礼儀も考えず、無垢にも糞尿をまき散らし、脇の激臭の原因となっているのかもしれない。
いや、微生物に礼儀なんてないだろう。
与えられたメシをとにかく食べ、そうして満腹になって、幸せを感じるだけだ。残念ながら感謝の念もないのだろう。
だが、その自由さは輝いている。
自由を奪われた僕の代わりに、
ノビノビと幸せな人生を謳歌してほしいと思った。
思いっきり食って、思いっきり糞尿をまきちらせばいい。
君が食べれば食べるほど、君が幸せだと言うのなら、
君は糞尿をまき散らしているほど、幸せということになる。
飯をたくさん食えば、それだけ糞尿は出るからね。
それはつまり、僕の脇の臭さは君の幸せのパラメーターということになる。
なら、より一層臭くなってくれていい。
いや、臭くなってくれ!
僕が丹精こめて養ってやるんだ。
こうなってくると風呂に入ることすら、遠慮してしまうよ。
せっかく産出したエサ(アカ)を洗い流すなんて、勿体ないのだ。
君の証(糞尿)を洗い流すなんて、勿体ないのだ。
この発想にたどり着き、感無量だった。
僕を必要としてくれている存在がいたなんて。
灯台下暗しとは、いったものだ。
まさにその通りだった。
今日から、こいつの幸せを見守って生きていきたいと思った。
脇の下の小さなペットを、、
彼だけは守ってやりたいと思った。
いや、しかし、彼?
まさか、
微生物一体の糞尿でこんな臭いが出るわけないし、一体の寿命はすぐに消えるはずだ。
だが、この脇の匂いは物心ついたころから僕と共に歩み続けていた。
そうか、僕は浅はかだった。
背負っていたものは大きかったんだ。
一族。
つまりその微生物一族は、僕の脇の沼地にいつからか住み着き、
そうして何世代にもわたり、子から子へ、
脈々とその遺伝子を繋いできたのだろう。
ペットなんかじゃなかったのだ。
息子よ。
つまりそういうことである。大きな家族だ。恐らく1000はくだらないだろう。
僕の脇には、莫大な命が、かかっていたのだ。
責任の重みとプライド。
父の気持ちを理解した気がする。
だが、父であるということは、辛いということだけではない。
父とは、息子に生きる意味を見出すことが出来る。
だから、絶望の毎日だったけど、久方ぶり、孤独の闇に一筋の光が差し込んだ気がした。
まだ、光が見えることがあるんだな。
とてもとても、温かい気持ちになった。
翌日、息子の生態をより一層理解するため、
脇 匂い 原因
で検索をした。
脇の匂いの原因は、ストレスによって発生するアンモニアらしかった。
つまり僕に息子はいなかった。
僕の脇はより一層激臭を放った。