悪役令嬢は出落ちする
勢いで書いた。
「キャロライン・グリーデル公爵令嬢。今日、この場に於いて僕は貴女との婚約を破棄する!」
朗々とした声がダンスボールに響いた。
キャロラインがダンスホールに姿を出でさせた途端の出来事だった。
今宵は卒業パーティー。色とりどりなドレスを着た紳士淑女が一同に会する一大イベントだ。
キャロラインの婚約者である、この国の第1王子ことオブライアン・メリックがホールの中央でパーティー開始早々の宣言だ。
オブライアンの周りには、宰相候補のヘルナンデス・アーキラ侯爵子息、近衛軍団長の息子であるメルクオーレ・ウラールビッチ伯爵令息、魔法省長官の息子であるルクレッツア・イザーロン子爵令息。
そうそうたるメンバーだ。まさにテンプレート。
中央に進むキャロラインと相対する王子たちを中心に輪ができた。
宣言をされたキャロラインは、ああやはりそうなる運命なのねと、やはり自分は悪役令嬢なのだと心の中で諦めの言を吐いた。
彼女は転生者だ。目覚めたのは10歳の時に行う魔力を目覚めさせる洗礼式。その儀式の最中、圧倒的な光に包まれた時、唐突に前世を思い出し……倒れた。一週間ほど寝込んでいる間に、現在と過去が摺り合わされ、現状を理解する内に気づいた。
あ、これ、乙女ゲーだわ、だと。
しかも、割とやり込んだゲームである。攻略サイト片手に全ルートを消化し、その後のフリーモードであるRPG部分でレベルカンストさせたゲームであった。
もっとも他にやるゲームを買ってもらえなかった為に暇に飽かせてやり込んだだけであったが。
そういう訳で自身の名前、周りの環境、この国の状況を知り、私って悪役令嬢ぉぉぉと途方に暮れた。
基本ルートは1周目から攻略サイトの示すままだったので、頭に入っていない。攻略キャラのスチルとエンディングのセリフ目当てだもの、途中経過なんて2の次、3の次だった。もちろん2周目以降はスキップしまくりだった。
「詰んだ」
目が覚めて、状況を理解した彼女はそうひとりごちた。
それにしても、前世のわたくしって一体いつ死んだのだろうと最後の記憶を手繰るが、記憶にあるのは乙女ゲーとそれに付随する転がりたくなるような黒歴史だった。
掘り起こしてはいけないと本能が告げるままに記憶を漁るのを止め、これからどうしようかと思い悩む。
分岐、覚えてない。セリフ、知らん、エンディングの甘々声しか記憶にない。存じているのは登場キャラ位だ。彼等の思い悩むバックボーンなんてこれっぽっちも欠片も記憶にない。そのうち思い出すかもしれないが、今思い出せないならどうしようもない。
そして、キャロライン・グリーデルは考えるのを止めた。
「覚えているのは、どこそこにレアアイテムが眠っているとか、フリーモードで組んだパーティーメンバーだけ。とりあえず、悪役令嬢ってゲームで言えばラスボスよね。チート能力なんか持っているのは定番。となると……」
因みに、攻略キャラはネームドなだけあって、フリーモードでも自己主張を激しく行い、勝手に行動を起こしてしまうので、組むキャラは冒険者ギルドなどから引っ張ってくる能力値が高い女キャラである。
彼女は決意する。
「最初ッからフリーモードだと思ってプレイすればいいのよ。国外追放どんどこい。平民堕ち平気だぜ。殺らねばならぬ何事も」
その日からキャロラインの生活は一変した。
洗礼後、第1王子と婚約したと聞かされても。そうですかの一言で終わらせ、キャロラインは自己鍛練に励んだ。
再三、王子からお茶会の誘いやプレゼントなど届いていたが、ブッチした。プレゼントは侍女に適当に返礼させて放置を決め込んだ。どうせ婚約なんて破棄されるのだからと。
ゲームは萌えてもリアルでは萌えれないと、完全無視を決め込んでいた。
俺様王子、陰険メガネ、かまってちゃんやチャラ男なんかはゲームだからいいのであって、リアルではえんがちょである。アウトオブ眼中、萌えないゴミはごみ箱へ。何故、態々好かれるためにこっちが遜ったりしなければならないのか。いい男になってから出直しなと男前か肉食系か解らない決め込みをした。
もっとも苦境に陥っているなら助けてやらんでもないかなーという位であった。
更に言えば彼女は掛け算が好きであって、そっちの推しパターンはあったとしても、攻略キャラとどうなりたいかなんてのは欠片も無かった。どっちかというと百合属性である。腐ッ。
12歳には冒険者登録し、薬草を“買い”集めては、練成し数々のポーションを作って魔術系レベルをあげた。流石令嬢、財力もチート。効率的にレベル上げが出来るパターンも熟知しているため、サクサクとあがっていった。ただ、レベルがあがってからは質の良いポーションのお蔭で、初期投資分はあっさり回収できた。
これまた金に飽かせて高級な武器を揃え、優秀なメンバーを雇いパワープレイに勤しんだ。さす令。
初期は攻撃や支援、回復などの魔術でサポートし、レベルがあがってからは物理でも活躍だ。これまたこれまた、優秀な人材でダンジョンに潜ったお蔭で戦闘レベルだけではなく、熟知しているダンジョンからたんまりゲットした財宝で以下略。
15歳になってからは、学園に通いつつも、学期は秋から春前の半年が就学期間ため、残りはダンジョンに潜り込み、社交何それ、成績それ美味しいの?と唯我独尊、馬耳東風、我が道を突き進んだ。
勝手気ままではあったが、流石悪役令嬢。チートな頭脳と肉体に前世の記憶から学園での成績は上位をキープ。ダンスなんかもレベルあげした肉体で難なくこなした。キレッキレのダンスにパートナーもイチコロだ。その性格から学園では鉄血鉄腕や粉砕旋風などいう陰口もあったが、放置した。影からではなく直接言おうものなら、粉砕される。公爵家という家格から、文句を言ってくるものはそれほどいなかったが。
粉砕、ヒール、粉砕、ヒールの無間地獄を賜らせたのが最初であり最後だったろうか……。
フリーモードでパーティーを組んだキャラもついでに巻き込んだ。攻略キャラから捨てられるであろう令嬢を取り巻きにしてブートキャンプにも励んだ。絡んでくる野郎共はリアル男の娘にしてやった結果、冒険者からはゴールデンボンバーとも恐れられた。
今までを思い起こし、レベルカンストとはいかないまでも、一線級の冒険者には成れたとキャロラインは自負している。
さて、この後どうしようかしら、世界は広いわ。などと考えている。
「聞いているのかっ」
オブライアン第1王子が檄を飛ばす。
「あ、はい。タブン聞いてます。それで理由はどうしてでしょうか。突然そんなことをおっしゃられても、婚約は個人の問題ではなく、王家とわたくしの公爵家との決め事ですわ」
回想を中断し、王子たちを見据える。
あら、どういうことでしょうと、キャロラインは当たりを見廻す。
一緒に居る筈のもう一人が居ない。
そう、ヒロインが居なかった。
確か、騎士爵の娘で、実は大公殿下が孕ませた侍女を平民の部下に騎士爵位と共に下賜したという裏事情が大人なことがエピローグに流れて、身分差なんて無かったんだという、いかにもなオチだったわよね。そうでなければ、無駄に高い魔力の説明がつかないからなんでしょうけど。記憶を漁るキャロライン。
「僕を見ろっ僕をっ」
「あ、はい。見てます見てます、大丈夫ですわ」
王子の言葉を何処吹く風と流してキャロラインは答える。
「いつも貴女はそうだ。僕を路傍の石と同じように扱う」
「それより王子、一つ聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
王子の言葉を遮り、キャロラインが問う。不敬ではあるが、まだ学生の身分は平等であることが念頭にあるため、行儀が悪いと目を細められることはあっても、罪には問われない。
「貴女から、僕に問いとは珍しい。何を聞きたい」
荒らげた息を整えつつ王子が返す。
「その、ピンクゴールドのふわふわな髪で、エメラルドグリーンの瞳をして、王子の……そうですね、顎位の高さの女の子が何故いないのですか?」
ヒロインの名前はゲーム時に入力するため、決まった名前はないから、キャロラインは身体的特徴をあげて聞いた。デフォルトの名前はある筈だが、最初に打ち込んでしまった為、それ以降は打ち込んだ名前で進行されるので元々の名前も知らない。一回くらいは名前欄を無記入にしてやっておけばよかったなぁと思うキャロラインであった。
「なんだそれは、この場でも女あさりか」
王子から冷めた目でキャラロインは睨まれた。
「いえ、違います」
「ではその質問はどういうことだ」
逆に問われてキャロラインも困惑する。
婚約破棄の断罪イベントのはずだ。ヒロインがいなくてどうするのよ。もしかして友情エンドってやつなのかしら。でも、その場合って断罪イベントは起きず、しめやかに卒業パーティーは終わって、ヒロインは……。そう確か、ステータスに見合った職業に着きましたで終わるのだったと記憶を呼び起こす。
「今って婚約破棄の断罪イベントですわよね」
キャロラインの口から思わず漏れる。
「断罪?なんのことだ。婚約破棄は告げたが、何故断罪なのだ。そもそもイベントとはどういうことだ」
言葉に詰まるキャロライン。
「え、えーとですね、わたくしがその子をですね、王子と一緒になっているから苛めたりなんか色々してですね、それが積もりに積もって今日この場で、わたくしと婚約破棄とともにその罪状をあげて、わたくしを追放なりして、その子と婚約する流れ的な?もちろんそんな事をした覚えはありませんけど」
「冒険に出すぎて、何か呪いでも受けたのか?それとも酔っているのか?パーティはまだ始まったばかりだぞ」
一瞬で頭が真っ白になるキャロライン。
怪訝な顔をして王子が覗き込んでいる。
「おい、どうしたのだ」
「いえ、ちょっと想定とは違ったもので」
「まあ良い、貴方の頭の中がどうなっているのか、この際関係ない」
「それはどうも……」
「それより婚約破棄だ」
「そうですね、婚約破棄です。問題有りません破棄に同意いたしますわ」
勢い、言ってのける。
暫しの沈黙が流れた。
キャロラインの頭の中では、断罪でもないのに、婚約破棄ってどういうことなのかしら。自己鍛練にかまけて王子の相手を一切してないし、社交もブッチぎってダンジョンアタック三昧でしたっけ。だから、公の場では誰かを罪に陥れることもなかった筈。
これはどういう状況なのかしら、イベント起こさなかったけど、逆に強制イベントが発生したのかしら。などとぐるぐる思考が廻っていた。
少し情けない顔になった王子は、咳払いを一つして精悍な顔つきに戻し告げる。
「同意は得た。それでよいな」
「はい、構いません」
「では、次に、オブライアン・メリックは今この時をもって、王位継承権を破棄する。同時に、第2王子および王弟殿下も王位継承権を破棄、王位継承権第1位を キャロライン・グリーデル公爵令嬢とする。これは国王陛下もご了承だ」
どよめきが起こった。ざわめきが津波のように押し寄せる。
「訳がわかりませんわ」
キャロラインは抗議する。
「貴女だけが解ってないのですよ」
そう反論する。
「わたくしだけが解ってないのですか」
「そう、貴女だけだ。因みに継承権第2位以下は居ない。既に放棄済みである。貴女が成人するのをもって、現在の国王陛下は退位し、王位をキャロライン公爵令嬢に譲位されることとなる」
さらにどよめきが起こる。
「……つまり?」
余りのことに声が中々でなかった。
「つまり、貴女の行動力、決断力、思考その他諸々誰も対抗できない。対抗すれば潰されることは証明されてもいる。貴女の力には誰も逆らえない。貴族社会、いや国民全員が知っている。だから明日から貴女が国王、いや女王陛下だ。あ、王配として僕を選ばないでくれたまえ。なんの為の婚約破棄か解らなくなるから」
余りのことに思考が飛び、膝から倒れ込む。
「漸く、漸く、貴女をギャフンといわせることができた」
王子の呟きを耳にしつつキャロラインは意識を途切れさせた。
その後……。
翌日からは怒濤の勢いだった。
キャロライン・グリーデル・オブ・カトレアとなり、自棄になったキャロラインは前世の朧げな記憶を基に数々の改革を断行した。
誰も否を唱えない。粛々と進む。
脅威を感じた隣国が開戦してくるも、鎧袖一触され併合される。電撃の3時間と後に歴史に記される戦いだった。それを知った他国は恭順の意を示し、属国化から併呑され、結果、統一帝国が樹立された。
また、女帝陛下の皇配は、人化させた龍王で、その経緯から人々に女王共々畏怖され、千年に及ぶ統治が続いた。
彼女の手記の最後のページには“どうしてこうなったぁぁぁ”と誰にも読めない字が書かれており、これが読める者が現れれば、帝位を継承できるという話がまことしやかに流れた。
めでたしめでたし???
指摘部分を修正しました。