シンク・オブ・ミー
出発の日の早朝。
皆が進軍の準備で忙しそうだったので、
ユメコは邪魔にならない様に予言者の谷で過ごしていた。
何か手伝おうかと思ったのだが、
エビルを倒す為の切り札という事もあり、
安全な場所にいてくれるのが一番だと言われてしまったのだ。
皆に申し訳ないと思いながらも、
ヒジリさんと一緒にお茶をしている時間は穏やかで、
ユメコはこれまでの事が全て夢だったかの様な錯覚に陥った。
「お茶のお代わりはいかがです?」
「いえ、もうお腹いっぱいです!
いつも美味しいお茶とお菓子をありがとうございます」
「どういたしまして。
食べてくれる方がいると、作り甲斐がありますよ」
そう言って微笑みながら茶器を片付けるヒジリさんを、
ユメコは懐かしげな瞳で見つめた。
「……ヒミコがいなくなった後は、
ずっと1人だったんですか?」
その言葉に、ヒジリさんの瞳が少しだけ動揺で陰った。
「すみません、立ち入った事を聞いてしまって」
「いえ、いいんですよ。
あの方の記憶を、受け継いだのですね……」
「全てというわけではないですけど、
見てしまいました。ごめんなさい……」
ヒミコはこの場所から世界を築き始めた。
けれど世界が膨大になっていくと、
他の地でも予言者や巫女を表現せねばならず、
彼女はここから旅立つ事となる。
この場所に、ヒジリさんを残して……
彼は、ヒミコがはじめて表現した予言者だった。
「ヒジリさんは、ヒミコの事を恨んでいないんですか?」
「どうしてそう思うんです?」
「いくら世界の為とはいえ、
こんな場所に1人で置いていかれるなんて……」
本があれば1人でも平気だと思っていた頃のユメコとは、
少しだけ考え方が変わっていた。
きっとヒミコも、当時はそう思っていたのだろう。
まだ本しか知らなかった頃の私たちは、その寂しさを知らなかった。
「私はあの方を、とても愛おしく思っていますよ。
この先何が起ころうと、それだけは決して変わらない。
永遠に終わる事のない孤独を、
あの方との想い出だけが埋めてくれる……」
何度も、何度も。
擦り切れるまで思い返す日々。
それだけで胸が暖かくなる様な時間……
ユメコの脳裏に、
ヒジリさんがヒミコの元へと駆け寄る姿が浮かび上がった。
その手には、一輪の花が握られている。
いつかの夢で見たエビルの様に、
ヒジリさんはヒミコの髪に花を添えた。
何故ヒミコは気付かなかったのだろう。
自分の表現に、こんなにも愛されていた事を。
1人ではなかった事を。
気付いていれば、
きっと100年の孤独も紛れただろうに……
表現を務めとしていた彼女にとって、
ヒジリさんは作品のひとつに過ぎなかったのだろうか?
そう考えた瞬間、ユメコはそれを否定した。
それが必然で作られた歯車だったとしても……
「ヒミコは、ヒジリさんの事を大切に想っていましたよ」
たとえ手放そうとも。
傍にいなくても。
生み出した時の感情は本物だ。
それはヒミコの記憶を受け継いだ、ユメコだからこそ分かる。
だってヒミコの中に残っていたヒジリさんとの想い出は、
こんなにも色鮮やかだ……
離れても。失くしても。どれだけの月日が過ぎ去ろうとも。
その瞬間は、決して褪せる事がない。
「……道中、どうかお気をつけて。
ユメコさんの幸せを祈っていますよ」
そう言って微笑むヒジリさんの表情は、とても美しかった……
想い出は、時に人を縛り付けて苦しめる。
けれどヒジリさんの様に全てを受け止めて、
愛おしく思える日々が来るのなら。
いつか全ての後悔が拭えるのなら……
ページを先に進めるしかないんだと、
ユメコは思えた。
「ありがとうございます、ヒジリさん。
行ってきます!」
ユメコを迎えに来たツカサの声が、遠くから聞こえる。
今はただ、この声を辿って前に進もう。
さぁ、旅立ちの時だ。




