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俺の右腕は彼女の右腕  作者: しぃ
3/3

変わったようで変わってない

 腹に感じる妙な圧迫感が、朝、俺の眠りを覚ました。

 薄ぼんやりとする視界のまま、少しだけ体を起こし腹の方を見ると……



「おっはよー! ゆーくん!」


「……寝るか」



 明らかに外行きの服である、昨日のワンピースと似たタイプのやつを着た総花が乗っかっていたので、取り敢えず二度寝に入ることにした。

 だって、別にそこまで重くもないし、起きると面倒臭そうな予感がするし、少し寝苦しいくらいなら問題ない。

 瞼を閉じ、もう一度、夢の世界に飛び込もうとした途端、腹の上に乗っている──と言うより跨っている総花が暴れだした。



 ちょっ、止めて! 

 あんまりぐりぐりしないで! 

 って言うか、嫁入り前の女子が()に跨るんじゃないよ!! 



「止めろ! 暴れるな! 起きる、起きるから!!」


「二度寝しようとするゆーくんが悪いんだよ? もう、十時過ぎなのにさぁ…」


「…いや、今日は休みなんだからお昼まで寝てても文句言われんだろ。それに、誰の所為で昨日トイレに篭ったんだっけなぁ?」


「うぅっ!? いや、それは……」



 申し訳なさそうに、しょんぼりとした表情になる総花。

 …ここまでしたかった訳じゃないが、まぁ良いか。

 お返しだと割り切って勘弁してくれ。



 そう思いながら、俺は腹の上に跨る彼女を横に退かし、タンスからテキトーな服を出して、寝間着から着替える。

 流石に、ある程度の羞恥心はあったのか、総花は手で顔を覆っている……が、指の隙間からチラチラこちらを見ている。



 見て、面白いものがあるとは、思えないんだがなぁ……

 ふと、そんな事を考えつつも、手早く着替えを終えて、下に降りる。

 居間の方が何やら騒がしいが、一先ず無視し、風呂場兼洗濯部屋に行き、洗面台で顔を洗う。



「寝癖は…ないか」



 学校に制服やら教材を取りに行かなければならないので、一通りの身嗜みを確認する。

 何故か、総花も後ろから付いてきて、俺の隣に立ち片手で器用に髪を梳かしていた。



 寝癖も無いだろうに、そこまでする意味はあるのか? 

 とも思ったが、女子と言う生き物は──いや、女性と言う生き物は、俺達男の数倍は身嗜みを気にしているので、さもありなんだろう。



 顔を洗って、完全に頭も冴えてきた状態で居間に入ると、そこには何故か懐かしい顔ぶれが二人、美味しそうに朝食を食べていた。



 爺ちゃんと婆ちゃんを入れても、男女比は半々、何とも比率が良い……じゃなくて! 



「…いや、お前らなんでいんの?」


「おう、おはようさん、縁! 先に食ってるぜ」


「久しぶりのおはようね、縁君。先に頂いてるわ」


「ああ、おはよう。…いや違ぇよ! 俺はなんでいんのか聞いたの。朝の挨拶が欲しかった訳じゃねぇよ!? と言うより、俺の話聞けよ!! なんで、挨拶したらスルーして、ふっつーに飯食ってんだよ!!」



 怒りのツッコミも虚しく、二人は美味しそうに朝食を食べている。

 …なんだろう、段々とツッコミ入れるのも無駄な気がしてきたぞ。



 爺ちゃんと婆ちゃんも、ニッコニッコしながら二人を見てるし……はぁ。

 一応、紹介をするなら男の方の名前が加古原(かこはら)航太(こうた)、女の方が(さくら)御子(みこ)



 航太は百七十近くある俺よりも身長が高く、ガタイも良い。

 白を基調とした柄物Tシャツの上に薄手のパーカーを羽織り、下はジーパン。

 角刈り髪は茶色で、瞳は麦茶色、焦げ茶色の肌に強面な顔でヤンキーのような印象を受けるが、喧嘩にはめっぽう弱い。

 まぁ、昔と変わってなければ…だが。

 …俺より小さくて可愛げのある弟みたいな奴が、久しぶりに会ったらこうなってるんだから笑えない。



 御子は俺と変わらないくらいか、俺より少し低いくらいの身長でスレンダーな体つきをしている。

 もうちょっと身長が高くなれば、所謂モデル体型に近いものになれるだろう。

 服は、少し柄のついた青色の長袖シャツに、紺色のロングスカート。

 短くポニーテールに纏めた濡れ羽色の髪に、淡く色付いた栗色の瞳、健康的な薄オレンジ色の肌に、御子の名前に恥じない凛とした顔。



 一見落ち着いた様子の女性だが、天然ボケが多く、残念美少女と言った感じだ。

 昔から、総花と並んで学校のカースト上位に立っている。



 なんやかんや、幼馴染の総花と同じくらい一緒の時を過ごした親友。

 …来るって一言言えば、再会の言葉をちゃんと言えたのに…全く。



 ため息を吐きながらも、俺も食卓について朝食を食べ始める。

 ご飯に豆腐とワカメの味噌汁、厚焼き玉子にきゅうりのお新香。

 昭和の朝食…そう言ったら失礼かもしれないが、シンプルなおかずが並んでいる。



「いただきます」


「いっただきまーす!」


「召し上がれ」


「出かけるんだろ? 飯食って体力付けてけ」



 二人の言葉に耳を傾けながらも、俺と総花は箸を進めた。

 一言で表すなら、至福のときだった。



 甘い厚焼き玉子は、外はしっかり焼き色がついてるのに、中はトロトロと柔らかく、文句なしに美味い。

 味噌汁の濃さも、厚焼き玉子の甘さといい塩梅で、きゅうりのお新香もベストマッチ! と言った所だ。



 ご飯も、一粒一粒が甘く、噛む事に美味しさが溢れ出す。

 多分、俺は今日一の至福を、朝食で味わった。


 ◇


 私たちは、四人で並んで高校までの道のりを歩く。

 理由は、ゆーくんの教材と制服を取りに行く為。



 …こうやって、四人で並んで歩いていると、懐かしさ故に感慨深い気持ちになる。

 まさか、また並んで歩けるなんて。思ってもいなかったから。

 ルンルン気分で歩を進める私、その後を追い掛けるように三人が続く。



「やけに気分がいいな? 総花のやつ」


「縁が居るからだろ?」


「…ううん、あれは違うわね。私たちが、また、並んで歩けてるのが嬉しいんでしょ」



 流石はみーこちゃん! 

 私の事、わかってるー! 

 嬉しさを抑えられないまま、ビョンビョンと跳ねるように歩いていると、ゆーくんが尋ねてきた。



「そう言えば、町で変わった所ってあるか? 十年ぶりだからな、色々と擦り合わせておきたい」


「ちっちっち〜。聞いて驚くなよ、縁!! 変わった場所はなぁ…!」


「おお…。やっぱりあるのか、早く教えてくれ」


「変わった場所はなぁ…! ……あれ、全然ないな?」


「そうね、縁君が居なくなってから、特に変わった場所はないわ。商店街もそのままだし、他のお店も無くなったりしてない」


「なんなんだよ! 謎のためを入れんな!!」


「まぁまぁ、怒らないでよ、ゆーくん」



 激しめのツッコミを入れるゆーくんを宥めながら、私たちは高校へと向かう。

 徒歩二十分を要して着いた高校は……通ってる私たちですら、お世辞にも良い環境とは思えない。



 二階建ての校舎は古く、戦時時代からあったらしい。

 何度も再塗装された壁は、所々、ペンキではなく壁に使われた板が剥がれかけている。

 全校生徒は…約百人で、一学年一クラスと言う廃校寸前の学校だ。

 夏場は扇風機、冬場はヒーター一個で凌ぐしかなく、冷暖房完備である唯一の拠り所、コンピューター室も勝手には入れない。



 後者の裏手にプールはあるが二十五メートルしかないし、虫の死骸がビュッフェのように様々な場所に大盛りで置かれている。

 グラウンドも小さく、ギリギリ四百メートルトラックがあるくらいで、懸垂などで使う鉄棒はない。

 体育館もあるが、プレハブ…とはいかないがボロッチィ造りで、校舎から少し離れた場所に渡り廊下を続けて建てられている。



 ゆーくんはそれを見て、なんとも言えない表情をしていた。



「…これは…まぁ…」


「な、慣れれば平気だよ! ゆーくんならダイジョーブ!」


「だな、お前は我慢強い方だし」


「暑いと思うから暑いのよ、涼しいと思えば涼しいわ」


「我慢とか暗示とか、そう言う次元の話かこれ?」



 苦笑しながらも、ゆーくんは諦めたような表情で、下駄箱に入って行く。

 来客用の下駄箱を借り、スリッパを履いて私たちは学校の中に入る。

 下駄箱を抜けて右に行けば一番最初に見えるのは二階に上がるための階段で、その奥に職員室と相談室、一番奥が校長室だ。

 左に行けば一番最初に見えるのは、右と同じく二階に続く階段で、その奥にコンピューター室と家庭科室、一番奥が生徒会室だ。



 因みに、その奥にも廊下が続いており、体育館への道にもなっている。



 二階は左側が私たちが普段使う教室で、右側が音楽室に美術室、視聴覚室と言った特別教科室となっている。



 私は案内の為に、ゆーくんの前に立って用のある職員室まで連れて行く。



「ここが職員室! 奥にあるのが相談室で、もう一つ先が校長室だよっ!」


「了解。他の場所は、また明日教えてくれ」


「任せてよ!」



 彼に頼られている感覚に酔いそうになりながらも、私は慣れた所作で職員室の戸を叩き名乗る。



()()()()の蒼神総花です、入ってもよろしいでしょうか?」


「…総花さんね? 良いわ、入って来てちょうだい」


「失礼します」



 片腕だけでも、出来るだけ丁寧に戸を開けて中に入る。

 職員室は静かで、人も少ない。

 入ってすぐの机に座っているのが、私たちの担任になる予定の白峰(しらみね)静里(つぐり)先生。

 担当は大雑把に国語で、古典や現代文を教えてくれる。



 二十代前半の優しそうな女の人で、ショートカットの明るい栗色の髪と、薄茶色の瞳、左目の下にある泣きぼくろが特徴。



「あら、今日は勢揃いね。…そこの男の子は…あぁ。総花さんが言っていた、花道縁くんね? …コホン。初めまして、白峰静里です。担当教科は古典と現代文、あなたたちの担任になるものです」


「…どうも。…あ、あの、それより聞きたいんですけど。…こ、コイツが生徒会長って、本当ですか?」


「そうよ。立派に生徒会長しているわ。…少し、遅刻が目立つけどね」


「ご、ごめんなさい〜!」



 優しそうな顔付きからは想像も出来ない低い声。

 私はゆーくんの後ろに身を隠しながらも、必死に謝る。

 …先生も、本気で起こってはいなかったようで、ゆーくんに教材と制服が入った袋を渡して、こう言った。



「明日の入学式は、花道くんも編入生として参加するので遅れないでくださいね? …生徒会長である総花さんも…ですよ?」


「はい、分かりました」


「…が、ガンバリマス」


「片言だな」


「片言ね」


「だ、だいじょーぶだもん! なんたって、ゆーくんが居るんだし!」



 甘えちゃんスキルを総動員し、ゆーくんに上目遣いの視線を送るが、たった一言で一蹴された。



「え? 嫌だけど」


「……え? 嘘? 嘘だよね? お、起こしに来てくれるよね?」


「今日の俺見ただろ? 朝、あんまり強くないんだ。…まぁ、お前よりはマシだろうがな」



 ゆーくんの言葉に、私は悩み、最強の方法を導き出した。

 それは……泣き脅しである。

 数分後、泣いてスッキリした私と、無理矢理起こしに来る約束を取り付けられたゆーくんは、対象的な表情で学校を出た。



 …まぁ、嘘泣きだってバレて思いっきりチョップ食らったけど…残念、私的にはご褒美だよ!! 



 最高の高校生活まで、あと少し……


 次回もお楽しみに!


 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!


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