十年ぶりの帰省
所々ひび割れたコンクリートの道を歩きながら、実家へと向かう。
田舎寄りな事もあり、住居やスーパー、コンビニと言った建物と畑や水田の割合が半々と言った所だ。
自然豊かな地と言うべきか、はたまた暇が殺しにくる地と言うべきか。
…まぁ、幼馴染が隣に居る限り、暇が続く事は無い。
面倒事の種を自分で振り撒いて、俺に回収させることが生き甲斐、みたいな感じあるし。
一応、久しぶりの再会と言う事もあって、話題は尽きない。
都会での生活、学校で出来た友達、バイトやら。
興味津々な彼女に語るのは、気分が良い。
別れの事を気にしていたのは、俺自身の杞憂だったらしい。
…それにしても、パッと見る限り、総花は昔と変わっていないようだ。
相も変わらず美少女をやっている。
着ている服、は向日葵の花が模様として付いている、可愛らしい白いワンピース。
目立つ変化は二つ。
身長と……女性的部分の成長だ。
さっき抱き締められた時は、言い表し難い柔らかい感触が胸板に伝わってきて、理性が旅立ちそうだったよ……
「ゆーくん? 話、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。今日の夜は一緒に食べるんだろ?」
「そうだよっ!! 私、今日の為に練習いっぱいしたんだから!」
「……楽しみだよ」
「め〜を〜そ〜ら〜す〜な〜!!」
背伸びしないと届かない俺の頬に手を当てて、顔ごと向けさせようとするが、断固として拒否する。
爪先立ちで頑張ってる所だけ見れば可愛いが、コイツの料理は凶悪過ぎた。
右腕は肩先程度しか無いので、やれる事はまず無い。
使えるのは左腕だけ、そのハンディキャップがでかいのだ。
包丁を左手で持ったら、その時点で食材を抑えられないし、切る事もままならない。
フライパンで炒める程度なら出来るが…それが限界。
昔懐かしい記憶の中で、総花に食べさせてもらった料理は一品だけだったが、しっかりと記憶に残っている。
それは──一つ一つの食材が拳大くらいのカレー。
人参、じゃがいも、豚肉、とうもろこし。
隠し味に入れたかったであろうとうもろこしは、芯に実が着いたままの状態で出てきた。
食ったよ…いや、食えたよ。
如何せん、食材が大きすぎて火が通ってない、硬い人参とじゃがいもを食ったよ!
ルーのお陰で、カレー自体は美味しかったから食ったよ!
……俺にとって、あれはトラウマに近い。
「…お前が作るのは、なんなんだ?」
「厚焼き玉子! ゆーくん、甘いの好きだったよね?」
「…ふぅ。それならOKだ。楽しみにしてるよ」
「なんかすっごいムカつくけど…良いもん! 絶対美味しいって言わせるから!」
プンスカ怒ってる総花を他所に、ようやく実家が見えてきた。
木造二階建ての一軒家で、屋根の瓦が時代を感じさせる。
俗に言う、古き良き日本の家に近い。
部屋は全室畳で、匂いが無理だと言う人もいるが、俺は昔慣れ親しんだ匂いなので好きな部類だ。
「出迎えありがとな。また夜に」
「じゃーねぇー!」
手を振りながら、総花は、隣に建っている似た造りの家に入って行く。
俺も、総花が家に入ったのを確認してから、敷地の中に入って行った。
庭には小さな蔵が一つと、祖母の趣味である花壇が大きく陣取って置かれている。
昔と変わらない光景に安堵の息を漏らして、玄関に急いだ。
木製の引き戸に鍵は掛けられておらず、俺は懐かしい気分に浸りながらもガラガラと音を立てて戸を開けた。
玄関上がってすぐの所に階段があり、二階に続いているが、用があるのは一階の居間だ。
間取り的には、玄関上がって右手に階段、少し奥に行った左手に居間、その奥にキッチンと手前の右手にトイレ。
キッチン手前の左手には廊下が続いており、少し進むと風呂場と洗濯部屋がある。
居間は二部屋続きになっており、襖で仕切られている。
手前がリビングのようなみんなでご飯を食べたり、談笑したりする部屋。
奥が祖父母の寝室替わりの部屋だ。
「爺ちゃーん。邪魔するよ〜!」
適当に靴を脱ぎ、玄関に並べてから、少し進んで左手の居間に入って行く。
部屋にある家具は大きなちゃぶ台と、家に微妙に似合わない薄型テレビ、タンスにクーラーと言った一般的な物と、何故か家庭科の授業でしか見た事のない、ミシンと机が隅に置いてあった。
部屋には、のんびりとお茶を呑み、煎餅を頬張っている祖父と、テレビに夢中な祖母。
祖父はヨレヨレな白無地のTシャツにハーフパンツ、祖母は料理の下準備でもしていたのか割烹着のようなものを着ている。
「久しぶり、中々来れなくてごめん」
「おぉ、ゆかりかぁ。久しぶりだなぁ、大きくなってぇ」
「ゆかりちゃんかい? 随分、男前になったねぇ」
「そうかな? そうだ、これ、親父とお袋から」
孫LOVEな祖父母の愛情の言葉を、俺は受け流しつつ、両親から預かっていた東京土産を渡した。
三日月町は埼玉県の千葉より、祖父母共に町からあまり出た事がないので、お土産には大層喜んでくれた。
その後は、二階にある二部屋を自由に使っていいと言われ、案内された。
二階の間取りはシンプルで、階段を上がって左右に廊下があり、少し進むと部屋に繋がっている。
どちらの部屋も七畳半ほどの広さがあり、十分快適に過ごせる。
因みに、右手の部屋には既に、引越し会社が持ってきてくれた、俺専用の家具が置かれていた。
準備が良い両親が居て、俺は幸せ者だよ全く。
…右手の部屋を選択したのは許さないけどな。
どちらの部屋にも、ベランダがあり、祖母は俺に気を使って左手の部屋に洗濯物を干している。
居候なのだから、そこまでしなくてもいいのに…と思ったが、孫LOVEな二人には言っても無駄だろう。
寧ろ、これ以上甘えないようにしなければ…。
俺はそう意気込んで、右手の部屋には入り、ボストンバックとリュックを置いた。
中に入っているのは、小物や洋服類。
家具は綺麗に設置されているので弄る必要はないと考えて、俺は換気をするためにベランダに通じる戸を開け──
「やっほー! ゆーくん」
る、見せかけて、速攻で閉めた。
…アイツ、なんで俺が戸を開けるタイミングが分かるんだ。
いや…まぁ、右手の部屋には家具が置かれていた時点で察してたけどさ……
だって、右手の部屋のベランダは、お隣さんと向かい合う形であるからね。
ギャーギャーと叫ぶ声が聞こえるが、俺は取り敢えず無視して、洋服をタンスに入れていく。
テレビに勉強机、デスクトップパソコンにタンス、クーラーにミニ冷蔵庫、更には白いワンコが特徴の、携帯会社のWiFiルーターまで置かれている。
いや!!
たがら、そこまでするなら、アパートで一人暮らしでも良いじゃん!?
確かに、デスクトップパソコンにテレビ、勉強机やタンスも、元々は都内の家にあった物だが、クーラーは明らかに最近取り付けたばっかだし、ミニ冷蔵庫やWiFiルーターも持っていた記憶はない。
「はぁ…」
服をタンスに入れる作業は終了し、小物もテキトーに配置し終わったので、俺は放置していた幼馴染の様子を、バレない程度に伺った。
開いてるか開いてないか分からない、そんなギリギリのラインを攻めて、外を覗くと……
ベランダからこちらに、ジャンプで飛び移ろうとしている総花が見えた。
俺は急いでベランダの戸を開けて、止めに入る。
「止めろ、バカ! 落ちたらどうすんだ!?」
「ダイジョーブ! ダイジョーブ!! ゆーくん、私が一回だって失敗したの見た事ないでしょ?」
「そりゃ! 俺がギリギリの所で何時もキャッチしてたからね?! 何度死にかけたと思ってたんだ、このバカチンが!!」
「べ〜っだ! ゆーくんが構ってくれないのが悪いんです〜」
あっかんべーと言う、これまた懐かしい煽り文句を言ってくる彼女に、若干の殺意を覚えながらも、本気で危ないのでキャッチの体制に入る。
この状況で、アイツが跳ばなかったことはない。
だったら、止めるのは辞めだ。
どっしり構えてキャッチするしかない。
「ヤケクソだ! よっしゃあ、来い!」
「行っくよ〜!!」
跳んでくる総花、ベランダ間の幅は二メートルほど、昔より身体能力が上がったのか余裕を持ってこちらに届きそうだ。
俺が安堵の息を漏らそうとした瞬間、勢い良く跳び過ぎた彼女は、着ていたワンピースの下から、パンチラどころかブラチラまでしながら落ちてきた。
白…か。
結局、動揺のあまりか、俺はキャッチからの受け身を取れず、倒れて頭を打った瞬間に、意識が吹っ飛んだ。
◇
約一時間の時を経て、ゆーくんは目を覚ました。
…私は、申し訳なさ故に、お説教を受ける覚悟で正座をしている。
ゆーくんは何故、自分が気を失っていたのかを思い出す為に、顎に手を当てて少し考える姿勢をとると、数分で全てを思い出し、私の方を睨んだ。
「あ…あの…その、ごめんね、ゆーくん」
「…いいよ、別に。俺の不注意だし。それより、怪我は? どこか打ったりしてないか?」
「私は大丈夫。ゆーくんは?」
「俺も問題ないよ。少し頭が痛いけど…すぐ治るさ。…さて、夜まで暇だけど、どうするか?」
「遊びに行く──時間ではないよね」
「まぁな」
時刻は六時を回っている。
まだ春、と言うこともあり辺りは暗い。
街灯はしっかりついているが、心許ないし、今から外に出て遊ぶ事も限られてくる。
生憎、私はゲームをやる方じゃないのでゲーム機なんかもないし、すごろくの様なボードゲームを持ってない。
私の家にあるのは、どちらかと言うとアウトドアな遊び道具ばかりだ。
良くてトランプやUNOが限界。
頭を悩ませながら暇潰しの案を考えていると、ゆーくんが、徐にリュックから見た事のないゲーム機を取り出した。
それを見て、私は一も二もなく飛び付く!
「何それ何それ!?」
「杏仁堂が出してるSwitchingって言うゲーム機だよ」
そう言うと、ゆーくんは台座のようなものにSwitchingを差し、ケーブルをテレビに、プラグをコンセントの方に持っていき差し込む。
すると、テレビには、ゲーム機に入っているであろうカセットの選択画面が表示される。
何これ、凄い!!
インドアな遊びにあまり傾倒しない私でも、興味を惹かれるゲーム機だ!
かじりつくようにテレビ画面に夢中になっていた私に、ゆーくんは先程までゲーム機本体に付いていたリモコン部分を抜いて渡した。
ハイテクだ……リモコンが取れるなんて。
「ゆーくん! ゆーくん! 凄いね!? 今時のゲームって!」
「いや、お前の友達にもこれ持ってる奴くらい居るだろ?」
「まぁ、男の子で持ってる子は居たけど、私はその子達とはあんまり家で遊んだりしなかったし、そもそも、私って中より外だから」
「…納得だ」
色々なゲームをやらせてもらったが、私はゆーくんに一生も出来なかった。
それもその筈だ、私は片手でゆーくんは両手、勝てる訳が無い。
でも…楽しかった。
ボコボコにされちゃったけど、ゆーくんと過ごす時間は温かくてホッとする。
最後の方は、RPG系? と呼ばれるゲームをゆーくんの手を、文字通り借りながらやった。
あぐらで座るゆーくんを椅子替わりにして座り、後ろからサポートして貰う。
昔からそうだ、私一人じゃ出来ないことを、ゆーくんは何時も隣に立ったり後ろに立ったりして支えてくれた。
…私の本当の右腕。
その後、七時を少し回ったあたりで、私はお母さんとゆーくんのお婆ちゃんに呼ばれて一階に行った。
キッチンに入る、その行為は試合開始の合図。
彼に、美味しい料理を振る舞う!
「お母さん! 私、今日こそはやるよ〜!」
「あんまり焦がさないでね〜」
お母さんのおっとりとした声で緩みそうになる気持ちを引き締めて、私は料理に向き合った。
結果は──
◇
「なぁ、総花? この真っ黒い物体はなんだ?」
「あ…厚焼き玉子…です」
円形の大きなちゃぶ台に並んだ料理の数々。
その中で、一番の存在感を放つのが、彼女の作った傑作『厚焼き玉子(よく焼き)』である。
総花のお母さんである、涼香さんもこれには苦笑い──ではなく、おっとりとした笑顔でこちらを見ている。
髪のサラつきや肌の感じからして、とても四十代手前に見えない若々しい女性…だが目が怖い。
なるほど、髪の色はお母さん似なんだな、総花……じゃなくて!!
怖い、すげぇ優しそうな笑顔なのに、漆黒に染まった瞳が「残したら殺す」と言っている。
座り方的に俺の目の前に総花、俺から見て右隣に涼香さんで、左隣に総司さん。
因みに、総司さんの方は怒っているように目を細めているが、アイコンタクトで「残しても大丈夫だよ」と伝えてくれてる。
…ふむふむ、瞳の色はお父さん似なんだな、総花。
右斜め前から感じる重圧に耐えながらも、俺は真っ黒な厚焼き玉子を口に運んだ。
…苦い。
とても食べられるものじゃないと、脳が訴えてきてるし、胃が拒否反応を起こしたようにグルグルと鳴っている。
「ゆ、ゆーくん? 無理して食べなくても…」
「作ってもらった側が残すのは、ダメだからな。…責任持って食うよ」
そうしないと、涼香さんに何されるか分からないしな。
ご飯をかき込むことで、何とか胃の拒否反応を緩和したが……食後、俺がトイレから出られなくなったのは言うまでもない。
次回もお楽しみに!
誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!
感想や評価、お気に入り登録もお待ちしております!