8.少女を言いくるめる大人たちの図
あの後私たちはイリスを伴い王城に帰還した。
城では私たちの失踪がばれており大騒ぎになっていたが、イリスのことをリチャード王に伝えればそっちのほうが大騒ぎになった。
そのため、私たちが勝手に城下に行った“些細なこと”を気にする人は誰もいなかった。
イリスが治癒魔法使いでボコボコにされた王子を治療したと説明しても、最初は皆半信半疑だった。王もボルドー宰相もエヴァンス将軍も、その他重鎮も。
無理もない、300年ぶりに表舞台に現れた治癒魔法使いなどと……過去何人も治癒魔法使いを語った偽物がいたので慎重になるのは当然だった。
そこで実際にイリスに治癒魔法を使わせてみた。
すると父王は慢性頭痛が治り、ボルドー宰相は高血圧が正常値に、エヴァンス将軍は胃痛が治った。
治癒魔法というものは、外傷を治すことができる魔法というだけではない。
あらゆるものを“正しい姿に戻す”というのが治癒魔法の本質だ。
怪我を治すことが多いから治癒魔法と呼ばれてはいるが、正確には神聖魔法とか聖女が起こす奇跡の御業という類の能力に近い。
実際に原作では教会はイリスを“治癒の聖女”と字していたし、今回もそのように呼ばれることになるだろう。
とはいえ、今のイリスは治癒魔法使いとしては練度が低い。
原作の終盤、フリーデルトはイリスを殺そうとして誤って王子を刺してしまう。
その時イリスが使った短剣には死の呪いの魔法が付与されており、イリスの練度では解呪をすることが出来ず王子は死にかけた。
しかし、そこは乙女ゲームらしいご都合展開で愛の力やらスーパーアイテムやらなんやらでイリスの治癒魔法がレベルアップして死の呪いを打ち消して王子は助かったのだった。
この世界の魔法は一般的なファンタジー同様に、地水火風光闇に即した術もあれば召喚術もある。これらは得手不得手はあるものの、魔法使いの適性がある人ならば練習すればどれでも習得は可能だ。
しかし“ヒール”を始めとした治癒・回復・状態異常解除に準じる魔法だけは、治癒魔法使いでなければ基本的には無理だ。まぁ似たようなことが出来る魔法使いはいるにはいるけれど……治癒魔法のように即効性はなくとても時間と労力がかかる。
そのためそれらの対処の役割を担っているのは、魔法使いではなく医者や薬師である。
魔法使い医者・薬師、これらの支援・管理を担っている総元締が教会だ。
だから教会には権力がある。
◇◇◇
「フリードリヒよ、よくぞ治癒魔法の使い手をもたらしてくれた」
「恐れ入ります、父上」
「フリードリヒだけではない、我が娘フリーデルト、我が友の子らヘンリー、セシルよ。そなたたちのように心優しく思慮深い子どもたちがいるというのは、この国の未来は明るいな。後で皆には褒美を取らせよう」
自身の御代において伝説にも等しい治癒魔法使いが現れた。それは天が遣わした幸運に違いないと、父王はとにかく上機嫌だ。
「イリス・バートリーよ、そなたの苦境は聞いた。今までさぞや苦労したことであろう。そなたが今日フリードリヒらと出会えたのは天の采配。これからそなたのことは我々王家が守ろう」
天の采配というか私の画策ですけどね!
そして父王はわざとらしく少し落ち込んだかのような顔をして見せた。その意図を阿吽の呼吸でくみ取った宰相と将軍も同様だ。
「しかしだなぁ……城に留め置くというのだけではそなたを悪しき考えの者どもから守り切れるかどうか。王と言えども貴族派の者たちには手を焼いている」
「さようでございます陛下、此度のことは絶縁したとはいえ我がボルドー公爵家に連なった家門の不始末。ボルドー公爵家も全力で彼女を支援する所存ではありますが……貴族派も心配ですが、教会が口出ししてくるのではないかと」
父王と宰相のそんな意見に追従し、将軍も意見を述べた。
「陛下や宰相殿の言う通りです。教会は王家の顔を立てておりますが味方というわけでもありません。治癒魔法の使い手を教会は欲しがるでしょう。渡したくはありませんが、魔法使いは誰もが一度は教会に赴き認定を受けねばなりません。教会に行かせたとして、果たして彼女をこちらに返すでしょうか?」
まぁ最もな話だが、大人たちは純粋に心配しているわけではない。
その思惑を見抜くことは9歳児たちには難しいかな。
「フリードリヒよ、そなたはどう思う?」
そう父王に振られたフリードリヒは案の定答えに窮した。父王が何らかの意図もって話を振っているのは理解しているようだが、どう答えれば正解なのかまでは考えが及んでいないようだった。
「ただ無事にこちらに返すよう要請するよりほかないのではないでしょうか?」
「んーそうか、そうだな。他の者はどうだ? フリーデルトそなたはどうだ? そなたはとても頭が良い。イリス・バートリーをすぐに保護すべきと提案したそうではないか、実に思慮深い娘だ。何か妙案はないか?」
この狸め。大人たちの意図を察している私としてはかなり面倒な小芝居に思えた。
「お褒めくださり光栄です父上、私から一つ案がございます」
「ほう?」
「形だけでも構わないので、イリスを兄上の婚約者ということにしてしまえばよろしいのでは? イリスは先約済み、いくら教会がイリスを欲しがっても次期国王である兄上の婚約者を横取りはできません」
私の言葉に大人たちは正解とばかりに一様にニヤリとした。
「やはりフリーデルトは頭が良い。慣例では王女は他国に嫁に出すことにしているが、そなたはずっとこの国に残れるように取り図りたいくらいだ。王になるフリードリヒの手助けになるだろうに」
「もったいないお言葉です、父上」
教会にイリスを取られたくないという理由は方便でしかない。
年々魔力が衰えている王家にとって、何としてもイリスにはフリードリヒと一緒になってもらいたい。最悪の場合でもボルドー公爵家かエヴァンス公爵家には入ってほしい。
しかし一方的に押し付けては強要になってしまう。それではイリスの反感を買い、王家から心が離れてしまうかもしれない。
あくまでもイリスを助けるため、そのスタンスは崩してはいけない。
「陛下、これは妙案です。もちろん本人たちの気持ちというものもあるでしょうが、“婚約”これに勝る妙案は他にありません。そうですね宰相殿」
「いかにも。フリーデルト様の案は正に最良。王子、イリス殿いかがかな? これは強制ではないし、ほとぼりが冷めたら婚約を解消するということもできる。とにかく今すぐにでも、形だけでも婚約することが重要なのだ」
珍しくボルドー宰相はエヴァンス将軍に同意した。
婚約解消という言葉を出してはいるが、いざそうなったら何だかんだ言って解消させない気なのだろう。とりあえず婚約させておいて、2人がそのまま結婚してくれたら万々歳だ。
「父上、私はイリスと婚約してかまいません」
フリードリヒはイリスが好きだ。分かりやすい。
もうお顔が真っ赤だよ。
今日出会ったばかりだが、イリスの可愛らしい容姿や自分のピンチを救ってくれた恩もあり、フリードリヒのイリスへの好感度はMAXだ。
一方イリスはとても困惑しているように見える。
今までただの一般人で、親族に財産を食い物にされ飼い殺しにされていた少女である。それがいきなり王子の婚約者になるだなんてシンデレラストーリーにも程がある。
「皆様からのお申し出、誠に嬉しく思っております。しかし私は母が男爵家の出とはいえ一般人です。そのような私が……王子様と婚約だなんてできる身分ではありません」
「心配はいらぬ。妃となる者は貴族の令嬢でなければならないという決まりはないし、過去にはとても強い魔法使いがその力を買われて妃になった例はいくらでもある。我が母も魔法の力に恵まれ妃となったが、元々は片田舎の農夫の娘だった。治癒魔法使いともなれば出自問わず王家は迎え入れる」
「でも……」
それでもイリスは悩んだ。
一体何が引っかかっているのだろうか?
原作ではイリスの方から積極的にフリードリヒなどの攻略対象に近づいてアプローチしたというのに。
フリードリヒが気に入らないというはずはないんだけど。
「イリス、兄上では嫌? 兄上が嫌ならヘンリーやセシルでもいいんじゃないかな? それとも何か他に心配ごとでもあるの?」
イリスがフリードリヒエンドで渋るなら、兄上には悪いがヘンリーエンドやセシルエンドでもいい。
とにかく攻略対象と婚約してくれ!
突然名指しされた二人はビクッとしたが、顔を見るとまんざらでもなさそうだった。
くそっ、可愛い女の子とみればどいつもこいつも鼻の下伸ばしやがって!
「……あの、王子様が嫌なわけじゃないんです。私、どうしてもお店を取り戻したいんです。両親との思い出はそこにしか残っていないんです。もし私が王子様と婚約したら、貴族派の男爵様が怒ってお店を壊してしまったりしませんか?」
「そんなことはさせぬ。この王が保証しよう」
いや安請け合いだな。そんな保証どこにもないだろ。
まぁ実際男爵が店を壊す心配はないと思う。
実権は男爵にあるとしても、名義はイリスのもの。表向き未成年のイリスに代わって店を切り盛りしているという男爵が勝手に店を壊せば、100%罪に問われる。
流石にそのような短慮はしないだろう。
「それならば、その、不束者ではございますがどうぞよろしくお願いいたします」
そう上目遣いにいえば、その場にいた人たちは皆一様に心を射抜かれた。
乙女ゲームのヒロインはやっぱりパネェ。
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