3.彼女の罪
元侍女長クラリッサ・アイビー、罪状第一王子フリードリヒ殺害容疑および、クーデター関与。
一月五日、第一王子殺害犯の裁判は略式にて内々に執り行われた。まだ王城は大破したままだったので、騎士団の演習場の一角に設けられたままの天幕内にて行われた。
本来であればこのような大事件の裁判ともなれば大々的に執り行うことになるのだが、今回は状況が状況だけに、関係者と王族・教会関係者のみ計20人の参加となった。
ヘンリーのクーデターについての処理が後回しにされたのは、まだそちらが捜査段階ということと、クラリッサ自身が罪を認めているため手っ取り早く処理できると踏んでのことだった。
「クラリッサ・アイビー、お前が我が息子フリードリヒを殺害したことに間違いはないのだな?」
「間違いございません」
「ヘンリー・ボルドーや一部貴族派によるクーデターに加担したことも?」
「認めます」
王の認否の問いに、彼女はよどみなく肯定の言葉を述べた。
「お前は何故フリードリヒを殺害したのか?」
「私は王妃の座をかすめ取ったシルビアが許せませんでした。次期国王の座もあの女の息子が得るなどと、はらわたが煮えくり返る思いです。マーガレット様のお子であるルイ殿下こそが王に相応しい。そう思ったから、殿下には死んでいただいたのです」
その言葉にマーガレットが嗚咽を漏らした。
「どうして……どうしてなの、クラリッサ。私はもう王妃の座にもこだわっていなかったし、ルイを王にしようなんて考えもしなかったのに」
マーガレットはクラリッサを信頼していた。ルイの性別を隠す協力を仰ぐほどに。
それにも関わらず、クラリッサは勝手にマーガレットが王座を望んでいると思い込んで事件を引き起こした。
「いいえ、マーガレット様。本当はそれを望んでいるはずです! 私には分かります!」
「違うわ!」
クラリッサの主張は一貫してそれだった。マーガレットの指示を受けたという点についは否定しているものの、自分は彼女の望みを叶えたかったのだと主張を崩さない。
これではマーガレットが“勘違い”させる言動をしたのが事件の引き金となったかのようで、下手をすればマーガレット自身にも罪がかかる恐れがある。
「えぇい、話の通じぬ奴め」
王は苦々しそうにクラリッサに言い放った。
「マーガレットがルイを王位につけたくないことは、私が一番よく知っている。全てお前の妄想ではないか!」
「いいえ! いいえ!」
だめだ、らちが明かない。
「もうよい! 続いてどのようにフリードリヒを殺害したのか述べよ!」
「私はラフィール教皇様から、シルビアが呪いを残して死んだことを聞きました。呪詛の媒介は、フリーデルト殿下。その髪をフリードリヒ殿下に摂取させれば、簡単に殺せると聞きました」
この発言に、参加者からざわめきが起った。
ラフィール教皇が、御使い様がそんなことを? とか、フリーデルト殿下は呪われているのか? とか。
「父上、発言よろしいでしょうか」
そう言って私は立ち上がった。
王は頷く。
「私はクーデターの折、ヘンリー・ボルドー本人から兄上を殺害したのは自分だと自白を受けています!」
「それは真か?」
「はい。しかしその後クラリッサ・アイビーからも兄上を殺害したのは自分だと告白されました」
「どういうことだ?」
「私が思うに、クラリッサ・アイビーの話は“全て妄想”でしょう! ね、ラフィール教皇!」
私が話を振ると、ラフィール教皇が頷いた。
彼の怪我は驚異の回復力で大半が治っており、少しだけ包帯が巻いてある程度。流石御使いと言ったところか。
「ええ。フリーデルト殿下の言う通り、クラリッサ・アイビーは“酷い妄想癖”をお持ちのようだ。私もそのようなことを言ったことはありませんし、フリーデルト殿下が呪詛の媒介だったなどと……荒唐無稽にも程がありますねぇ」
結局のところ、シルビアが昇天したため呪詛は浄化され、私も呪詛の媒介という不名誉からは解き放たれている。
しかし私が呪詛の媒介だったという事実は、私にとって非常に都合が悪いものだった。フリードリヒの死因であること、また王が弱ってしまったのは私が王の近くにいたことが原因であること――できれば隠したい。
ラフィール教皇も同様で、自身の悪行を追及されるわけにはいかなかった。
だから私たちはこの件について手を組むことにした。
つまりは――死人に口なし作戦。
「ヘンリーは自分が兄上を殺害したと言っていました。殺害方法はウィリアム・モーリス男爵から入手した致死毒液を、兄上のクッキーに垂らしたと」
「なんと! それではフリードリヒは紅茶を飲んだから死んだのではなく、毒入りのクッキーを食べたせいだったのか!」
「はい、間違いなく」
既にヘンリー・ボルドーはこの世にない。ウィリアム・モーリス男爵も同様だ。2人はクーデターの主犯として、死してなお重い処分を受けることになる。
クーデターの罪に、フリードリヒ殺害の罪が加わったところで死人に口なし。
モーリス男爵がモーリス・メディスン商会という薬屋をやっていることも、毒薬の入手先ということの裏付けに都合が良かった。
我ながらひっでー案だと思ったが、丸く収めるにはそうするしかなかった。事実を知っているのは私と教皇だけ。
「そんなバカなっ! 私は確かにラフィール教皇から呪詛のことを聞きました! そして確かに髪を灰にして紅茶に入れた! あの場にいた人は見たはずです、確かに茶葉から呪詛の反応が出たことを!」
クラリッサは想定外の展開に強く反論した。
クラリッサは分かっている。私を呪詛の媒介とすることで、私を王位継承者の座から引きずりおろせるということを。
死なば諸共――どうにかして私の足を引っ張って、ルイを王位につけたいのだ。
「その件についてですが」
ラフィール教皇が口を開いた。
「再度茶葉の鑑定を行ったところ、呪詛の反応は出ませんでした」
「なっ!?」
クラリッサが驚きの声を上げる。
「誠に申し訳ないのですが、おそらく当時使用した測定器が故障していたのでしょう。皆さまご覧ください、これが件の茶葉の缶です。こちらの測定器を入れると――呪詛の反応はでませんねぇ」
出るわけがない。呪詛の本体のシルビアが昇天したのだから。
私が呪詛の媒介という役割から解き放たれたように、この世に残っていたシルビアの呪詛の残滓は消え去ったのだ。
「……測定が誤りだったのか。捜査のミスは許されんが、こうして証明された以上はクラリッサ・アイビーのフリードリヒ殺害の主張は妄想ということか」
王がクラリッサ妄想説を支持した。
クラリッサは何が起きているのか分からず、ただ茫然としていた。
「クラリッサ・アイビーのフリードリヒ殺害の告白は妄想。実際の罪は、クーデターに加担しただけということになるか」
「そのような結論で間違いないかと、父上」
「ふむ……皆の者はどうか?」
王がそう参加者に意見を求めると、皆妄想説を支持した。
ある貴族がこう言った。
「クラリッサ・アイビーは酷い妄想癖があるようだ。マーガレット妃殿下が本当はルイ殿下を王位につけたいと考えているなどと……。陛下自身もそれは無いと否定されている。クラリッサ・アイビーという女は頭がおかしい」
「違うっ! 私はっ私は!!」
なおも抵抗を続けるクラリッサだが、王はもうこれ以上は見苦しくて見ていられないとばかりに早々に判決を言い渡した。
「クラリッサ・アイビーは精神的に問題があるようだ。クーデターに加担した罪のみを問い、一生涯の幽閉を命じる。以上だ!」
こうしてクラリッサ・アイビーの裁判は早々に幕を閉じたのであった。
全部をヘンリーとモーリス男爵のせいにして……。
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