1.称賛、絶賛
1月1日、ヘンリー・ボルドーのクーデターに端を発した一連の動乱は終わりを迎えた。大地震や王城を襲った怪異も何もかもが、綺麗さっぱりと終了した。
シルビアが完全に昇天して、顕現していたおぞましきケイオスの暗黒は消え去った。
そして、その直後に王が儀式の間で血を捧げる儀式をおこない、封印は再び強固に結ばれた。
しかしとにかく後片付けが大変だった。
物理的な後片付け、大破した王城の修復。
事務的な後片付け、生き残ったヘンリー一派の粛清、宰相の変更、第一王子殺害容疑のクラリッサの処遇……等々。
そんなこんなで忙殺される日々を送っていたら、数か月なんてあっという間に経過していた。
現在3月中旬である。
4月の頭には、私の王太子冊封式が執り行われる予定だ。
冊封式は国内の儀式的なもので、通常であればさほど大掛かりな行事ではない。
しかし――今回は違う。
他国からの祝いの使者が多く来訪する予定なのだ。隣国だけではなく、遠く離れたエルフの国や獣人の国からも。即位式でもあるまいし、異例なことだ。
そうなった理由としてはいくつかあるけれど、結局のところ皆ベルンの王国で何があったのか情報収集をしたくてたまらないのだ。
商人や民を通じて我が国に起こった怪異は世界中に広まった。
宰相の息子がクーデターを起こしたこと、おぞましい怪異が王城を襲ったこと、カラス神の降臨、教皇が御使いだった事実、王子とその婚約者が活躍し人気がうなぎのぼりであること、王家の醜聞が明るみになり国王の人気がダダ下がったこと、第一王子暗殺犯が捕まったこと――とにかく本当のところ何がどうなっているのか、各国は現地で情報収集をしたがった。
そんなおりに4月に王太子の冊封式が執り行われると聞き、“祝い”という名目でベルン王国を訪れる算段である。
他国の使者がこれだけ集まるとなると、我が国としても国賓級を多く迎える準備をしなければいけない。
こうして身内で済ませるはずの式が、大々的に盛大に執り行われることになってしまったのである。
あぁ忙しい、忙しい――やることが多いし、悩みも多い。ゆっくり休みたい……。
目下悩みの種は、先日送られてきた手紙だ。
差出人はラフィール教皇、手紙の内容は一度教会に遊びに来ませんかというもの。
「“多くの困難を乗り越えたご褒美に、私の宝物たちをお見せしましょう”だってさ……。いや別に見たくないんだけど」
そう言って手紙を放り投げる。
王国貴族議会の時に、確かに教皇はそんな事を言っていた。しかし正直言って行きたくない。興味は――ないわけではないけれど、自分から虎穴に入ることはしたくなかった。
しかし行かないわけにもいかなかった。
理由としては色々あるけれど、まず第一にラフィール教皇がカラス神の御使いだということが広まってしまったからだ。正確には“元”御使いなのだけれど。
今のアイツは一種の信仰の対象だ。そんな彼からの正式なお誘いを、ホイホイ断れない。
顕現した呪詛が浄化されて一連の動乱が終わりを迎えた際に、教皇の正体を見てしまった人たちを口止めをしておくのだったと心底後悔している。
ちくしょうと思いながら、私はあの日のことを思い返した。
◆◇◆
終わった――。
風花が舞う中で、私は安堵して太陽を見上げていた。
毒々しい赤に染まっていた太陽は、煌めきを取り戻し新年の始まりを祝福するかのように輝いている。
王城を襲っていた顕現した呪詛は全て浄化されて、一切残っていない。
「……終わったとか言って、まだ終わってなかった!」
危ない危ない、消えたのは緩んだ封印から漏れ出したケイオスの一部にすぎず、ケイオス本体の封印の儀式を早く王にさせなければいけなかったんだった。
「父上! 早く儀式の間に行ってください。今すぐに血を捧げてしっかりと封印してください! まだ間に合います!」
「わっ分かった!」
王はエヴァンス将軍を伴い塔から降りて行った。
後は――教皇は大丈夫なのだろうか? そう思って教皇が触手に薙ぎ払われて激突した塔を見ると、既に救出に向かった人がいたようで、いくつもの人影が見えた。
教皇のことは彼らに任せよう。
「あ、あの殿下……」
「ん?」
どこかの貴族と思しき壮年の男性が声をかけてきた。
この塔に避難していた十数人の他の人たちも、一様に何か聞きたそうにこちらを見ている。
「私たちは助かったのでしょうか? ずっと人質にされていて……救出に来てくれたかと思ったら、今度はあのような怪異に襲われて。もう何が何だか……」
そう不安そうに聞いてくる。
「もう大丈夫ですよ、安心してください。皆さんは助かったんです、さぁ塔から降りましょう!」
「本当ですか!?」
喜びの声が広がった。皆一様に安堵し、泣き崩れるものも多くいた。
一部は私の手を握りしめて何度も感謝の意を述べてきた。
「流石はフリーデルト殿下だ、あの恐ろしい怪異に短剣1つで立ち向かわれた!」
「カラス神様は殿下と婚約者の聖女様を祝福してくださっているのだ!」
「あの怪異はシルビア王妃だったのか……陛下をあれほど憎んていらっしゃったなんて。陛下はクズ男かもしれないが、フリーデルト殿下は真に素晴らしいお方だ!」
「教皇様は天の御使いであったのだ。御使い様がフリーデルト殿下を我々のところへ送り届けてくださった! カラス神様万歳! 御使い様万歳! フリーデルト殿下、イリス様万歳!」
称賛に次ぐ称賛、絶賛の嵐。
流石にこれだけ心から称えられたことなんてなかったから、かなり恥ずかしくもあり、誇らしくもあった。
頑張ってよかった!
しかし後日、私は“噂”の恐ろしさを知ることになるのである。
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