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原作崩壊した世界で男装王女は生き抜きたい  作者: 平坂睡蓮
第一部 第6章 破滅の顕現
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3.迫りくる混沌

 儀式の間に通じる地下への階段は、既にケイオスの暗黒の水で満たされていた。せっかくここまで来たというのに……どうにかして地下へ行くことは出来ないだろうか。


「ここまで来たのにっ! 教皇、何かいい案はないですか。何とか部屋まで辿り着いて儀式をしないと――教皇?」


 返事がない教皇の方を見ると、彼は私の話など全く聞いていなかった。その視線は初代狂王の肖像画――が入っていない額縁に収められた折れた剣に釘付けだった。

 この非常事態に何をやっているんだ。


「ラフィール教皇!!」


 そう怒鳴って教皇の腕を掴めば、ようやく彼はこちらに気が付いたようだ。


「何をボケっとしてるんですか、アンタ!? 地下に行けないんですよ! ケイオスの暗黒物質がもう階段のすぐそこまで上がってきていて!」

「あーそうですね、それは困りました。そんな事よりも殿下、この折れた剣をいただいてもよろしいでしょうか?」

「ちょ、お前、そんな事よりもって! あーもう! そんなのあげますよ、ご勝手にどうぞ!! それでこれからどうしたらいいんですかねっ!?」


 教皇の興味が完全に折れた剣の方に向いてしまって話にならないので、仕方なくあげると言ってしまった。この男はもうちょっと優先順位と言うものを考えて欲しい。


「フリーデルト、ちょっとどいて!」


 頼りにならない教皇に代わって、イリスが私を扉の前から押しのけて階段下まで迫ったケイオスに対峙した。そしてケイオスに対して治癒魔法をかけた。


「これでどう!?」


 眩い光が地下への階段を満たす暗黒物質を照らす。一瞬にして暗黒が消えた――ように見えたのはほんの僅かな間で、数秒後には元通りになってしまった。


「やっぱり私の今の力じゃ浄化は駄目みたいねっ、悔しいわ」


 イリスはそう言いながらも、どうにか進路を作れないかと何度も治癒魔法を繰り返していた。そのおかげかケイオスが更に上がってくるような感じは無くなったものの、後退する感じも見られない。


 一方、教皇は額縁から外してゲットした狂王の折れた剣を、大切そうに布でくるみ抱きかかえていた。


「教皇! なにか他に案はないんですか!?」


 改めて問うと、教皇はここに来た目的を思い出してくれたようで、懸命に治癒魔法をかけるイリスを見ながら答えた。


「既に儀式の間は溢れ出したケイオスでいっぱいですし、イリス様の治癒魔法も練度の問題で浄化は出来ずですか――。ものは試しです、私もやってみましょうか。“アニマムンディの使徒が命ずる、コスモスに融けよ”」


 教皇がそうケイオスに向かって言うと、イリスの時よりも眩い光が辺りを包んだ。光が止むと――暗黒物質は何も変わらずそこにあった。

 おい、何も変わってないじゃないか。期待させておいて。非難の眼差しで教皇を見ると、彼は何やら納得した雰囲気で頷いていた。


「前管理人がケイオスの浄化をするときに使っていた術なのですが、やはり権限のない私がやっても無駄の様ですねぇ。一応イリス様もやってみてくれませんか?」


 そう教皇に促されイリスも同じように唱えてみる。しかしどうも上手く発動しないのか、イリスは首をひねりながらも数回呪文にトライしたが結局駄目だった。


 原作の乙女ゲームでは、イリスは洗脳されて愛するフリードリヒのために解呪や浄化の魔法を開花させていた。例えその愛が貴族派による洗脳によるものだったとしても、彼女本人は心からフリードリヒを助けたくて必死だったのだろう。

 必死度が足りないのか、原作で使用していたスーパーアイテムである“王の杖”がないことが原因なのか、あるいはその両方か……。

 どのみち王の杖はここにはないから試しようもない。先日イリスは杖のようなものがあればパワーアップできそうと言っていたので、試してみる価値は大いにあるのだけれど。肝心の王の杖は、おそらくヘンリーに人質にされている王の下。

 くそっ、手詰まりだ。


「……駄目ですねぇ。もうこれ以上試したところで無駄でしょう。仕方ありません、作戦変更です」


 イリスが何度やっても術が成功しないので、教皇は地下へ行くのを諦めたようで別の案を話し始めた。


「今溢れ出して顕現しているのはケイオスの本体ではなく、シルビアの呪詛の部分です。漏れ出した呪詛は型を成し、恨みの元になったリチャード陛下を狙っています。――呪詛の本体を倒しましょう、それを倒せば一旦はこの溢れたケイオスの一端を消すことが出来るでしょう」


 さらっと言いやがったけれど呪詛の本体を倒すって……呪詛の媒介である私に死ねってか?


「教皇、それは“媒介”を破壊するということを言ってるんですか?」

「いいえ? 媒介は媒介、本体は本体です。別物です。ケイオスの封印が緩み、その隙間から呪詛の本体そのものが顕現してしまっている以上は、仮に媒介を破壊したところで最早意味はない」


 おっ、そうなの?

 教皇は「当たり前だろって何言ってんの」って顔でこっちを見ながらそう言いやがったけれど、私みたいな魔法初心者にはそんな区別付かない。とりあえず私が今ここで自己犠牲の精神で自殺せよ、ということではないようで安堵した。


「これ以上ここにいる意味はありません。早く陛下のいる上階に行きましょう、呪詛の本体もそちらに向かうはず。それに我々も一刻も早く高いところへ避難すべきです、さぁ早く」


 そう言って足早に私たちを部屋の外の回廊へと導く。

 教皇は部屋の外で待機していた衛兵数人に、手早く指示を出した。


「あなた方は急ぎエントランスにいるエヴァンス将軍に伝令なさい。呪いの封印が解けかかっているので、すぐにできる限り高いところへ避難するようにと」


 衛兵たちは多分なんのことか分からなかっただろうけれど、急いで高いところに避難しないと大変なことになるというのは理解したようで、急いでエントランスの方へ向かって走っていった。


「先ほどの、あの階段下から上がってくるケイオスは、イリス様の治癒魔法で多少なりとも侵攻を抑え込まれていました。しかし湖側から上がってくるケイオスが、どれくらい城に迫ってきているのかが分かりません。私たちも急いで上階へ――」


 しかし教皇の言葉は不意に途切れた。

 先ほど伝令を頼んだ衛兵たちが走っていった方向から、断末魔の如き絶叫が響いてきたのだ。


『ギャー助けてく――』

『おぉおー! 来るなぁ! 誰か助け――』


 地を這いずるような気味の悪い音が四方八方から響き始め、地面が小刻みに揺れているのを感じる。寒気が酷い。恐怖心が煽られていく。


「何? 何なの!?」


 イリスが堪え切れずに不安の声を上げた時、回廊の向こうからソレが姿を見せた。


 這いずり回る巨大スライムのような状態の暗黒――おぞましき呪い“ケイオス”の一端だ。湖側から溢れ出していたモノが、もうここまで迫っていたのだ。触手のようなものを伸ばしながら、手あたり次第に何でもかんでも飲み込んでいく。

 しかもよく目を凝らして見ると、先ほど伝令を頼んだ衛兵たちが飲み込まれている。皆一様に苦悶の表情を浮かべ、絶命しているように見えた。


「ちっ、侵攻が早いですね――もうこんなところにまでっ!」


 そのおぞましい姿を認めた教皇は、忌々しそうに言った。


「早くっ! 上の階に行きましょう! 階段は――」


 そう言って階段のある方向へ走りだそうとしたイリスだが、そちらの方向からも暗黒が迫ってきていた。回廊に接している庭園の向こうからも、同じようにそれは迫ってきているのが見える。


 ――四方を囲まれている、退路がない!


 あぁ……ここで私の異世界転生ライフはジ・エンドなのか……。


 そんな思いでいっぱいになりながら、私はただ迫りくるソレを呆然と眺めることしかできなかった。

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