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原作崩壊した世界で男装王女は生き抜きたい  作者: 平坂睡蓮
第一部 第6章 破滅の顕現
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2.時すでに

 初めて見るラフィール教皇の真顔。綺麗な横顔には表情の一切がなく無表情で、水が全て干上がってしまった湖を見つめていた。


「うぅ……、まだタイムリミットまで時間があると思ってたんだけど……」


 まさかもう手遅れ? ケイオスの封印は解かれてしまったからこその異変なのか?


「はぁ……物事を甘く見すぎましたね。危機感が足りません。総攻撃を早めていれば、このような事態は避けられたでしょうに」


 ラフィール教皇に正論で説教される日が来るとは思わなかった。

 おっしゃる通りです。総攻撃を躊躇していたことや、タイムリミットを甘く考えていたこと。全部私の危機感のなさが招いたことだ。――ヘンリーの狂犬さえクーデターなんて馬鹿な真似をしてくれなければとも思うけれど、やっぱり責任は私にある。


「あぁ、ごらんなさい」


 そう言って教皇は湖の中央を指さした。


「――あれは?」


 教皇の指さす方向を見れば、湖の中央付近から黒いものが湧き出している。徐々にそれは体積を増し湖を満たしていく。――あれは封印の地にあった、地底湖を満たしていた暗黒物質的なあの原油みたいな見た目のモノ。おぞましき呪いの一端――ケイオス。


「……もう手遅れなの?」


 恐る恐る教皇に聞いてみる。教皇は元々は管理人に仕える天使だったし、300年前の建国時からこの国にいる。おそらくは誰よりもケイオスの封印に詳しはずだ。


「いいえ、アレはまだ緩んだ封印の鎖を逃れて漏れ出した呪いの一部にすぎません。それでも脅威であることには変わりないですが……。ケイオスそのものの封印が解かれたわけではない。おそらくはあと半日程度は猶予があるでしょう」

「まだ間に合う……?」

「陛下か貴女が今すぐに血を捧げる儀式をおこなえば、あるいは間に合うのかもしれませんが……。流石の私もケイオスが解き放たれるなどどいう展開は御免被ります。正直言って、私もここまで封印が緩んだことは見たことがない。儀式をおこなって抑え込めるかどうかの保証は出来かねます」


 今すぐ私が儀式をすれば……。

 王に頼るのは難しいだろう。総攻撃は先ほど始まったばかりで、王の身柄は最後までヘンリーが盾にして離さないはず。総攻撃が全て完了するのを待っていられる余裕はない。

 儀式の間は城の一階から地下へ続く場所にあるから、おそらく最も早く制圧が完了するだろう。私が多少の危険を冒してでも、儀式の間に行くしか……。


「ケイオスが溢れたらどうなるの?」

「あれは鎖に繋がれているうちは存在のない影のようなもの。しかし今確かに質量を持って、あそこに顕現しています。驚異的な魔力を有し、憎悪と怨嗟を撒き散らす。津波のように破壊もしますし……まぁ触れただけでもただでは済まないでしょうね」


 そんなヤバいものをこれ以上溢れさせるわけにはいかない。まだ間に合う……。行かなければ、今すぐにでも。


「わかった、私が儀式の間に行って封印してくる」

「危険ですよ? それでも行くのですか?」


 そんなことを言われても行くしかない。やるしかない。


「危険なのは分かっているけど、多分儀式の間の付近は既に制圧が完了してるはず。ちょちょっと行ってやってくれば――」

「いえ、そういう話ではありません」


 私の言葉と遮って教皇が言った。


「既に漏れ出しているケイオスの一部。あれはケイオスと半ば融合している“シルビアの呪詛”をメインにしたものです」


 そうだ、カラスもそう言っていた。ケイオスにシルビアの呪詛が融合し強力な状態になっていると。


「魔力の根源にも等しきケイオスと、強力な呪詛と成り果てたシルビア王妃。彼女が狙うのはリチャード陛下です。――つまり、緩んだ封印から漏れ出したケイオスの一部は湖を満たし溢れた後に王城へと向かうでしょう。そうなればアレと城で鉢合わせになる可能性が高い。それでもいいのですか、と聞いているのです」


 いや、全然良くない。良くないけれど――。


「まだ湖は満たされてないし、今なら、今すぐにいけば間に合うでしょ」

「それは分かりかねます」

「でも! 今すぐに行ったほうが助かる可能性は高いでしょ。もしこのまま封印が解けてケイオスそのものが解き放たれたら、それこそお終いじゃない」


 私がそう言って教皇を見据えると、教皇はふうっとため息をついた。


「では私も同行いたしましょう。大した力にはなれませんけれど、協力者はいないよりはましでしょうね」


 その申し出はとてもありがたかった。一人きりだとやはり不安だったし、何だかんだ言って教皇は魔法に優れている。悪魔だからということもあるけれど。今のところ魔法が使えない私が1人で乗り込むよりは、よっぽど心強い。


「今の話! 全部聞かせてもらったわよ!!」


 突然の大声にびっくりして振り返ると、イリスが仁王立ちしてこちらを見ていた。いつから居たんだ、全然気が付かなかった。


「封印とかケイオスとかよくわからないけれど、私も一緒に行くわ。まだ総攻撃中だし、流れ弾に当たって怪我するかもしれないでしょ。私が一緒に行けばすぐに治せるわ」

「いや、でも……」


 私がイリスの申し出に躊躇していると、教皇は同行させたほうがいいと言ってきた。


「イリス様はまだ呪詛の浄化や解呪は出来ないと聞いておりましたが、ケイオスは治癒魔法を嫌がります。例えケイオスを消すことは出来なくても、彼女も同行したほうがケイオス避けくらいにはなるでしょう」


 そしてあれよあれよという間に、私と教皇とイリスの三人で総攻撃中の王城へ向かうことになったのである。



 ◇◇◇



 王城は酷い有様だった。


 地震による被害ではなく、戦闘によるもので無残の一言だった。

 エントランス付近からして既に戦闘の跡が色濃く、瓦礫の山や何かの残骸、怪我人やら遺体やら……とにかく目を覆いたくなるような惨状だった。


 既にエントランス付近での戦闘は終了しており、主力部隊はヘンリーたちが立てこもる上層階に向かっているようだ。


「殿下! 何故こちらに!?」


 私たちの存在に気が付いたエヴァンス将軍が駆け寄ってきた。


「こちらはまだ危険です! 教皇とイリス様も、一体どうしてこんな所にいらっしゃったのですか!?」

「すみません将軍、詳しい説明は後で。とにかく封印のタイムリミットが思っていたよりも早かったのです! 今すぐにでも儀式をしないと間に合わないっ!」


 私が叫ぶように将軍に言うと、将軍は顔を真っ青にして事の重大さと緊急度を悟ったようだった。


「分かりました。既に下層階は制圧済みですので、儀式の間まではすぐに行けるでしょう。しかし、まだ反逆者たちが潜んでいる可能性はあります。十分にお気を付けを」


 将軍はそう言うと、兵数人を護衛として私たちにつけてくれた。ありがたい。


 私たちは将軍と別れ、急いで儀式の間に向かうことにした。


「――これが将軍を見た最後になろうとは誰も予想だにしなかった。……なーんてことにならなきゃいいですねぇ」

「そうならないように、さっさと儀式をやるんだよ!!」


 てめぇ教皇、ろくでもないこと言うなよ!

 私はそう吠えて教皇の脛に蹴りを入れた。教皇の脛は鉄板かと思うほど堅くて、逆に私の足が地味にダメージを受けるハメになった。くそぅ……。



 儀式の間までの道のりは、幸いなことに襲われるようなことはなくスムーズにたどり着くことが出来た。

 あと少し、あと少しだ。


 回廊を走る。儀式の間に入り、左右に歴代国王の肖像画が飾られた廊下も走る。そしてその先にある扉を開ければ、そこには地下に通じる緩やかな長い階段があるはずだった。


 しかし――。


「うそでしょ!? ここまで来たっていうのにっ!」


 扉を開けると、階段は地下から湧き上がってきたと思われるケイオスの暗黒の湖面が3mほど先のすぐそこまで上って来ていた。しかもどんどん水かさが増している。

 これでは地下に降りられないではないか。


 完全に手詰まりだった。一体どうしたらいいのか――。

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