5.ボッコボコにされても我慢
お忍びで夏祭りに繰り出したフリードリヒを追って、私たちは隠し通路を使い城から抜け出した。
隠し通路は王家の地下墓地に繋がっている。
その地下墓地は湖の側にあるからだろうか、かなりじめついていた。なかなかホラー的な雰囲気がある。
案の定そのいやーな雰囲気にのまれた9歳児たちは、始終私の手を離さなかった。
「フリーデルト様、絶対離さないでくれよ!」
「はいはい」
「あぁ、なんでこんな目に……」
右にヘンリー、左にセシル、麗しい少年たちに囲まれて両手に花。
推しのセシルが可愛い。
まぁそんな冗談はさておきだ。
つーかコイツら魔法使えば良くない? 何で周りを明るくする魔法とか使わないわけ?
だめだめ、そういうことはお口チャック。
子供だからイレギュラーな状況下で頭が回らないのだ。仕方ない、仕方ない。
そんなこんなで地下墓地を出て城下に来たまでは良かったが、夏祭りの喧騒でフリードリヒがどこに行ってしまったのか追跡はなかなか難しかった。
「こんなに人がいるなんて……これでは兄上が見つからないじゃないか」
「フリードリヒ様は一体どこへいったんだ」
「これだけの賑わいでは闇雲に探しても……」
ここは原作知識を動員して、フリードリヒが襲われる裏路地らしき場所を探し回るしかない。
まぁ、この治安がいい城下において、治安が悪そうに見える場所はそう多くないから何とかなるだれう。
「こっちのような気がする」
「気がするって、どういうことですか?」
「私は魔法は使えないけれど、何か勘はいいような気がするんだ。だてに8年間ボーっとしていたわけじゃないよ!」
笑って誤魔化せば2人に微妙な顔をされた。
ちょっとした自虐ネタのつもりだったのに。解せぬ。
◇◇◇
フリードリヒを見つけた。
見つけたのはいいが、今まさにボコられている最中だった。
「おらぁ!! ガキが!!」
「いい服着やがって、どこのお坊ちゃまか知らねーがこんな裏路地に入り込んできやがって、世間知らずにもほどがあるよなぁ!!」
「おい、これ以上痛い思いしたくなかったらさっさと有り金全部出しな」
「せっかくだ、誘拐してこのガキの家から身代金でもぶんどろうぜ」
「おお! そりゃいいや」
如何にもゴロツキといった風体の男たち3人が、寄ってたかってフリードリヒをボコっていた。
めちゃくちゃボコっていた。
王子がボコられるのは分かっていたが、予想以上に複数人からボコられている。
ちょ! 原作のゴロツキ1人じゃなかったっけ!? これイリスが助けに入っても無理じゃん!!
原作では1人のゴロツキがフリードリヒをボコっていて、そこに颯爽と現れたイリスがヒロインにあるまじき暴力性でゴロツキに飛び蹴りを喰らわせていた。
つまりタイマンかつ、イリスの不意打ち勝利だったわけだ。
「おい、どうすんだよ」
「相手は大人3人、こちらは子供3人で内1人はフリーデルト様です。どう考えても不利かと。そんなことも分からないのですか?」
「うるせーな、そんなこと見りゃわかるよ! だがこのまま見てるわけにはいかねーだろ」
「ですが我々ではどうしようもないでしょ。私たちは人を倒すような魔法はまだ使えないのですから。それともヘンリー、貴方ならそれができるとでも?」
「できねーの知ってんだろうが、クソっ」
物陰に隠れながらコソコソとヘンリーとセシルが相談しているのを小耳にはさみながら、どうしたものかと思案を巡らせた。
一応こんなこともあろうかと、護身用の短剣は持参している。
ヘンリーとセシルも子供用だが剣を下げているし、多少なりとも魔法は使えるんだから、ゴロツキ3人を倒すことはできなくても王子を救出して逃げ出すくらいのことはできる。
しかしだ! これはフリードリヒとイリスの出会いのイベント、イリスが登場してくれないと困る。
だからフリードリヒには申し訳ないが、イリス登場までもう少しボコられてくれ! イリス早く来てくれ!
祈りが天に通じたのか、直後イリスが現れた。
天から降ってきたのだ……正確には屋根の上からだが。
「ヤァ!!」
「ぐふっ!!」
イリスが屋根の上から飛び降りながらキックを入れたため、ゴロツキの1人は完全に伸びている。
「くそっ、何だてめー!?」
「あなた達! 私の家の裏でよくもこんなことしてくれたわね⁉ その子を放してさっさと消え去りなさい!!」
好機だ。
「ヘンリー、セシル、行くよ!!」
そう言って物陰から飛び出し、隠し持っていた短刀を抜きゴロツキ達に向けた。
慌てて2人も剣を抜きゴロツキ2人に詰め寄った。
「お前たちの悪事はお見通しだ! その人は私の兄だ! 早く解放しろっ!!」
「なんだこのガキども!!」
「よせっ、くそ、ガキでも剣なんかもってやがる、くそっ行くぞっ」
1人は激昂して今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だったが、もう1人が止めた。
結局ゴロツキたちは、イリスのキックで伸びた1人を担ぎ逃げて行った。
流血沙汰にならなくてよかった。
こういう時に人を斬るという覚悟はあったけれど、そうならなくてよかったと思い安堵した。
「殿下! 大変だ、ボコボコにされて意識がない」
「くそっ、俺たちが目を離したばっかりにっ」
フリードリヒは綺麗な顔が台無しになるボコられ様だった。しかもほとんど意識がない。
王子を介抱しようとする2人をしり目に、私はイリスに声をかけた。
「レディ、兄上を助けていただいてありがとうございました」
「貴方のお兄さんだったのね。家にいたら裏手が騒がしくて、二階から覗いたらその人が襲われてたの。私びっくりしちゃって、思わず二階から飛び蹴りを……。あなた達が出てきてくれなかったら、私も危ない目に遭ってたかもしれないわ。助けてくれてありがとう」
「いえ、貴女が勇気ある行動をしてくれたおかげて、兄は攫われずに済みました。しかし……これ程の怪我をしているとなると……」
そう言って項垂れたフリをする。
イリスは治癒魔法が使える。イリスに可哀想と思われれば、彼女は王子の怪我を治癒魔法で治してくれる。
そんな打算的思いのもとの演技だ。
幼くして両親を失ったイリスは、『治癒魔法は希少だから狙われる。自分の身を守れるようにならない内は人前でその力を使ってはいけない』という両親の言いつけを守って生きてきた、という原作の設定だった。
どういう経緯で教会がイリスの治癒魔法を知って”治癒の聖女”の認定に至ったかは謎だが、王立学院入学までイリスは治癒魔法を隠していた。
原作のこの回想イベントでは、怪我をしたフリードリヒを可哀想に思ったイリスが治癒魔法を使って全快させている。
そして「このことは私たちだけの秘密よ」とフリードリヒに口止めして立ち去る。
それがフリードリヒの心にずっと初恋として強く記憶に残り続け、王立学院でイリスと再会した時に一気に気持ちが抑えられなくなるのだ。
「あの……」
「なんでしょうか?」
「皆さんが絶対に内緒にしてくれるというのなら、私がその人を治療します」
ありがとうイリス! さすがヒロインは優しい!
打算的な自分とは打って変わって、やはりヒロインというものは心根からして清らかに思えてくる。
ただ自宅の二階から飛び降りて蹴りをいれるようなアグレッシブさはどうかと思うが……。
最もイリスのアグレッシブな姿を見られるのはこれ一回こっきりである。本編のイリスは常に女の子らしく、庇護欲をそそられる存在に徹していた。
それを思えば、9歳のイリスの姿と18歳のイリスの姿には何処か乖離のようなものを感じなくもないが……。
◇◇◇
というわけで、この時の私は思った通りに事が運びご満悦だった。
後から思えば、この時すでにほんの少しずつ物語は道なき道へと進み始めていたのだが……。
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