9.敵の敵は味方
20分後、流石に息切れしたと見えるロベルト・コナー伯爵は椅子に腰かけて呼吸を整えていた。
ボコボコにされていたラフィール教皇であるが、70代ジジイの拳が弱かったのか、ヤツが悪魔だから頑丈なのか知らないけれど、大したダメージも受けていなさそうに見えて頭にきた。綺麗なお顔は綺麗なままでムカついた。
「コナー、貴方の誤解は解けましたか?」
「……殿下、私は、私はこの数十年何という誤った道を歩んできてしまったことか。もはや死んで詫びるより他に――」
「いやいやいや、それは困るし!」
こいつに今死なれるとマジで困る。伯爵が爆発四散して貴族派ごと全部あの世送りにするというのなら話は別だが、こいつ1人死なれると、貴族派の統制が取れなくなり何をしでかすか分かったもんじゃない。ヘンリーみたいに! ヘンリーみたいに!!
こいつが貴族派の筆頭であることは揺るぎない事実、こいつが改心したのならこれから私の役に立ってもらわないと。伯爵には、配下の貴族派連中の舵取りをさせないといけない。
「いいですか、貴方が上手く貴族派連中の舵取りをするんです。貴方は私怨でこの国にとって不利になるようなことをしてきましたが、他の連中はどういう思いで貴方に従ってきたんですか?」
「……一言で言うのなら金です」
「単純明快ですね」
「元々我が国は輸出産業に乏しく、貴族と言えども楽をして富を増やせるほど甘くはなかったのです。そこで輸入品を国内で売りさばくことを思い浮かび、また寡占状態を作り出すことで品物の価格を吊り上げ荒稼ぎをしました。……それが国民から富を巻き上げていることは理解していましたし、その不満を王家に向けさせたのも狙ってやったことです」
「それは不幸製造機……じゃなかった、ラフィール教皇の指示ですか?」
「いいえ、私が考えたことです」
わーお、てっきり教皇の入れ知恵かと思ったら、まさか伯爵本人の発案とは。この人かなり商才があるんじゃなかろうか? 結果的には国に不利なことをしているけれど、それは狙ってやったことだし、お金儲けと言う意味では物凄くぼろ儲けしている。この才能を輸出の方面でも活かしてはくれないものだろうか。
「伯爵のお話はよく分かりました。ということは、貴族派の者たちはお金が儲かれば別に今のように輸入産業にこだわる必要はないということですね?」
「まぁ、そういうことですな」
伯爵は私怨で王家や国を憎み、貴族派の大半の目的はお金儲け。ヘンリー自身は権力を求め、ヘンリーに追従した貴族派はおそらく奴についたほうが儲かると踏んでのクーデターということだろう。
「伯爵、ものは相談なのですが“宰相”やってみませんか?」
「は?」
「殿下、何を言って……」
伯爵は間抜けな声を上げ、セシルも困惑した表情でそう言った。教皇は興味深そうに聞いている。ムカつく。
「今回のクーデターの首謀者はヘンリー・ボルドー。これだけの大事件を引き起こした大罪人を出したボルドー家そのものの罪を問わないわけにはいきませんから。ボルドー宰相には引いていただきます」
実を言えば既に宰相からは辞意の申し出があった。
昨日イリスの治癒魔法のおかげで、はみ出したオムライス状態からギリギリ生還した宰相だが、息子がしでかした罪の大きさゆえにその場で自害しようとした。イリスが治療した意味考えろや。……とにかく何とか蘇生したのだが、当の本人はもう精も根も尽き果てた状態で、宰相としての復帰は無理っぽかった。
宰相も将軍職も世襲制で長年やってきた我が国だから、いきなり全く異なる家門の人材登用は難しい。しかしコナー伯爵は離反したとはいえ元々はボルドー公爵家の傍流の家門。不祥事を起こしたボルドーに取って代わって登用するにはもってこいの家柄だ。
早々に後釜が見つかってよかった。いきなり信用するのもアレだけれど、教皇をタコ殴りにしたのは非常にポイント高かった。同志よ!
「ロベルト・コナー、貴方には宰相の地位を与えます。貴族派の者たちも今まで犯罪に手を染めていない限りには、特に排除はしません。それに真面目に輸出産業を手伝うというのなら、今よりも遥かに美味しい思いをさせてあげましょう。――それとアイビー伯爵にも協力要請を。快く私に従ってくれるというのなら、クラリッサのフリードリヒ殺害の罪については彼女の独断として家門の罪は問わずと」
「アイビーの件はかしこまりました。宰相については……、宰相の地位は魅力的だ、喉から手が出るほどに。それに私が宰相になれば、貴族派の者たちを今よりも操りやすくなる。しかしだ、輸出産業と言っても我が国にはそのようなものは――」
「その点は心配いりません。既に構想は練ってあります。3年もあれば大儲けできるようにしてやりますよ」
だてにこの6年間のんびりだらだら過ごしてきたわけじゃない。こっちは異世界転生の現代人様だ。私の現代人の知識は大したことはないけれど、それでも金儲けできそうな算段はいくつかある。
それに今の私には試練で勝ち取った“ヘルメスの才”という固有スキルもある。金儲けどんとこいだ。……何というか今この瞬間もこのスキルが発動している気がする。私、こんなに交渉とかできる人じゃなかったっと思うし。スキルは金の匂いに敏感なようだ。
「まぁ、宰相の件は考えておいてください。どのみちヘンリーを片付けるのが先ですからね」
「分かりました。……それからヘンリー・ボルドーの件ですが、先ほどお見苦しくも述べた通り、教皇の指示でこちら側に勧誘しました」
そう言って伯爵は教皇を睨みつけた。見苦しくなりながらあれだけタコ殴りにしたのに、教皇が涼しい顔をしているものだから再びカム着火インフェルノォォォォオオウしそう。
「分かりました。ヘンリーの件についてもその他諸々についても、これから教皇に直接聞くことにしましょう。……セシル、コナーをお送りしなさい」
「しかし殿下、護衛が……」
「かまいません。教皇とは、とーっても積もる話があるので、席を外してください」
セシルは私と教皇を2人っきりにすることにかなりの難色を示したが、結局天幕の外で待機するということで納得してもらった。
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