8.愉悦に浸る
翌朝、城を占拠したヘンリー一派から要望書が届けられた。
それを持ってきたのは、城に取り残されていた使用人3人だった。ヘンリーたちにとっては使用人の数人程度は解放しても問題ないらしい。……100人以上人質がいるのであればそれもそうか。むしろ邪魔なくらいだ。
「要望書の内容は、当初の連中の要望と変わりのないことが書かれていました」
昨日同様に、天幕内に設けられた対策本部の如き会議室で、居並ぶ重臣たちの前で私は要望書を見ながらそう言った。
要望書に書かれていたのは、ヘンリーが王になることを認め、私とイリスの身柄を引き渡すこと。そしてボルドー家とエヴァンス家全員の首の要求であった。こんなもの飲めるわけがない。
「要望書は腹立たしい事この上ない内容ですが、時間的猶予ができたことは良かったと思います。連中は返答期限を1月1日午前11時と指定してきました。それまでは捕虜としている王族にも使用人たちにも危害を一切加えないということです」
今日は12月26日――7日間の猶予がある。
「昨日皆さんが提案した総攻撃についてですが、1月1日の朝7時に決行したいと思います」
私がそう言うと、皆一様にGOサインが出たことに安堵のため息を漏らした。
「ただし! 7日間の猶予期間中に密偵等を駆使し、敵陣の戦力や配置など詳細を把握し、出来うる限り被害を最小限に抑えられるように務めてください。頼みましたよ、エヴァンス将軍」
「畏まりました。確かにそのように遂行いたします」
「それではこれで解散としますが……ロベルト・コナーおよびラフィール教皇は残りなさい。それからセシルも私の護衛として控えてください」
三者はそれぞれ頷き指示に従った。
広い天幕内には、私と護衛で背後に控えるセシル、貴族派筆頭のロベルト・コナー伯爵、そしてラフィール教皇の4人だけになった。
「まずはコナー。こうして話をするのは王国貴族議会以来になりますね」
「……殿下は我々貴族派を皆諸共罪に問うて排除なさるおつもりか?」
伯爵はずばり本題に切り込んできた。どうやら前置きの話は不要のようだ。ならばこちらも核心に切り込もう。
「排除するかどうかはこれから決めます。ヘンリーとの関係についても、どういった経緯であなた方が結びつくに至ったのかも確認したい。――そもそも私はあなた達のことをよく知らない。一般的にあなた方貴族派は、王やそれに近しい貴族たちを廃し自分たちが実権を欲している……という具合でしたが、実際にやっていることは輸入を強め貿易赤字を拡大させ国力を下げることばかり。この国を弱くさせて他国にでも売り渡す算段ですか?」
実権を握るという思想はヘンリーたち一派のクーデターとの関りをうかがわせるし、国力を下げるということにしても売り渡す先の国との取引きあってこその算段。コナー伯爵の本心がどちらにあるのか、まずそれが知りたかった。
「私は……ただ王家が憎いのです」
おっと、ちょっと予想外の答えが返ってきた。王家への怨恨? そりゃまた何で?
「憎いというのはどういうことですか? コナー伯爵家は元々はボルドー公爵家の傍流の家門。特に不自由な立場でもなかったでしょうに」
「私個人的な怨恨――私怨でございます」
「どのような?」
「私は愛した人がいました。我が領に住む農民でした。身分違いではありましたが彼女はとても強い魔法が使え、告白こそしたことはなかったのですが、いつか彼女と結婚したいとそう思っていたのです。しかし……ある時王都から使いが来て、その優れた魔力故に王の側妃の一人になるようにと……」
なーるほどね。好きな人を王家にとられたもんだからずっと恨んでいたわけか。
「好きな人を奪われた恨みって、流石に逆恨みじゃないですか?」
「違います! 問題はその後です。彼女は男児を産みましたが、王妃に子がいなかったためその王子は王妃に取り上げられました。それを気に病んだ彼女は自殺してしまった……。リチャード陛下は自分を産んだ女のことなんて覚えてもいないでしょう。そんな彼女があまりにも不憫で!」
リチャード陛下の産みの母親の話? 私の祖母のあたる人の話なんだろうけれど、ベルン王国公記に記載されていた内容とはあまりにも隔たりがありすぎる。一応自分の祖母にあたる人の記述くらいは熟読済みだ。
「あのー、ちょっと言いにくいんだけれど、その話って私の祖母リータ・グリーンの話だよね」
そう問えば、コナー伯爵は頷いた。
私はベルン王国公記の該当箇所を開いて、コナー伯爵に見せた。城から持ち出せておいてよかったわ。
「これは?」
「ベルン王国公記ってもので、王家にだけ伝わっている正しい歴史書。表向き病死とかになってる人でも、実際には暗殺だったとか自殺だったとかそういう薄暗いこともちゃんと真実が記載されてるもの。ここ読んでみて」
そう言って指を指してやると、コナー伯爵はそこを読み始めた。そして驚愕したように目を見開いた。
書かれているのは私の祖母リータ・グリーンについての記述。
彼女は王家への輿入れを物凄く喜んでいたし、自分が第一王子を産んだことも名誉なことだと思っていた。浮かれすぎたのかとにかく彼女は酒好きで、アル中一歩手前みたいな状態だった。それである日泥酔して千鳥足状態で城の階段を踏み外して転落死。
リチャード王が王妃の養子になった経緯は、コナー伯爵の言うような王妃が取り上げたというわけではなく、産みの母親が亡くなってしまったから哀れに思って王妃が代わりに育てたという経緯だった。
それにリチャード王は、産みの母親についてばっちり覚えている。イリスがフリードリヒの婚約者になることを躊躇した際に、王は自身の母親が農夫の娘だったという話をしているし。
いったいコナー伯爵は何がどうしてこんな思い違いをするに至ったんだ?
公記の記述をかじりつくように読んでいたコナー伯爵に声をかけようとしたその時、伯爵は顔を真っ赤にして激昂した様子で教皇に殴りかかった。教皇を押し倒し、70代の爺さんとは到底思えない力強さで殴る殴る。
「教皇! これはどういうことだ!? 貴様っ、私を騙したのか!? 貴様に彼女の最期を聞いて、私は! 私は! 王家なんぞこんな国なんぞ滅びてしまえと!! そう思って貴様に従って貴族派を立ち上げて! 6年前だって計画に利用するはずの治癒の娘が王子の婚約者になってしまったから、貴様に言われた通りヘンリー・ボルドーを貴族派に取り込むシナリオに変更したというのに!! それなのに、全部デタラメだと!? ふざけるな! ふざけるなっ!!」
あー成程、全部繋がったわ。
貴族派を支援していたのはラフィール教皇、ロベルト・コナーは上手く教皇に操られて貴族派を立ち上げたのか。ちょうどその時に本家のボルドー家では、マーガレットが王妃から側妃に格下げされる事態に見舞われ中。その事態すら教皇の画策。
6年前、フリードリヒとイリスの婚約発表パーティの日。密会していたコナー伯爵とモーリス男爵――そして式神を通して指示を出していた黒幕と思しき人物は……ラフィール教皇。
さて、この後教皇はどう料理してやろうか――。
「殿下、伯爵をお止めしたほうがよろしいのでは?」
コナー伯爵のあまりの剣幕とボコられる教皇を見て、背後に控えていたセシルが声をかけてきた。
「んー、もうしばらく伯爵にボコらせておこう。アイツがボコボコにされるのは自業自得だし」
アイツはしばらくボコられたほうがいい。
結局20分ほど、ロベルト・コナー伯爵はたっぷり教皇をボコり続け、私はそれを愉悦感を持って眺めていた。
ブックマークや評価、本当に励みになります! とても欲しいので、よろしくお願いします!




