7.オムライス
虐殺――他にこの難局を乗り切ることが出来るいい方法も思い浮かばないまま、私はあてがわれた天幕に置かれた簡易ベッドに横たわっていた。
考えても考えても名案など浮かんでこない。一発逆転の秘策、全員無事に助けられる一手。……将軍や重臣たちが無理だと判断したのだもの、私のような軍略素人に秘策など浮かぶわけがない。
「もう夕方かぁ……。結局結論を先延ばしにしただけで、私はどうしたらいいんだろう」
作戦会議を無理やり打ち切ってしまったモヤモヤ感と、虐殺以外に反逆者連中を倒す算段が思いつかない焦燥感。――人質のことは諦めて、武力でねじ伏せるしかないのか。その決断を私がしないといけないのか。
考えれば考えるほど思考はどうしようもない袋小路にはまっていくし、横になっているのに時々眩暈のようなゆらゆら感も襲ってくる。ストレスMAXである。
おかしい、こんなはずではなかった。フリードリヒとイリスが婚約してトゥルーエンド。私は父である王に気に入られて、他国に嫁ぐことなく王の秘書的なことをしながら一生気ままにのんびり暮らす算段だったのに。
原作崩壊済みの世界に放り込まれた時点で、もう私に平穏なんて言葉はなかったんだ。悲しい……。
外の空気でも吸おうかと、天幕の外に出てみる。
演習場の一角に設けられた数十もの大天幕、物々しい雰囲気、慌ただしく動き回る衛兵たち。だめだ、全く気晴らしにはならない。しかも寒い。
城の方を見上げれば、夕闇の中に城の影が浮き上がっていた。いくつか灯りも見える。……人質になっている者たちはどのような扱いを受けているのだろうか? ちゃんと食事は与えられているのだろうか? 寒さに震えてはいないだろうか……。
ため息をついて再び天幕内に戻る。ベッドに腰かけても、出るものはため息ばかりだ。
「フリーデルト入るわよ」
「殿下失礼いたします」
そう言ってイリスと、食事を持ったミラが入ってきた。
「イリス、宰相は大丈夫だったの?」
「もちろんよ! なんかはみ出たオムライスみたいになってたけど、生きてたからどうにかなったわ。他にも怪我人がいっぱいいたけど、全員全快よ」
はみ出たオムライスのような人体とはどのようなものか、思わず想像しようとしてしまったことに後悔した。ミラが持ってきた食事はオムライスだったからだ。食事のオムライスははみ出ていない綺麗なオムライスだ。……想像しちゃだめだ、想像しちゃだめだ、想像しちゃだめだ。
ミラは私とイリスの分の食事を置いて、天幕を出て行った。出来立てのオムライスと野菜のスープ。いつもの豪華な食事に比べたらかなり貧相だけれど、このような状況下で温かい食事ができるだけでもありがたい。それに生前に馴染みのある食事だったしすごくほっとした。
私とイリスは夕食を食べながら話を続けた。
「怪我人は60人くらいいたみたいだけど、全員治療したの?」
「ええ、切り傷程度から四肢欠損とか内臓出ちゃってる系とか、バラエティーに富んでてやりがいがあったわ」
失敗した、食事中に振る話じゃなかった。
怪我人たちは中々に酷い状態だったらしい。それでも生きていてさえくれれば、回復させることが出来る。治癒魔法ってすごい。
「昔は一人二人治すだけで疲れたりしたんだけど、今日は絶好調だったわね。ちょっと疲れたかなーと思うと、突然回復したりして。だからどれだけ治癒魔法かけられるか限界に挑戦って感じで、いい経験になったわ」
経験か――そういえば原作の乙女ゲームには、レベルアップの概念があった。主人公のイリスが治癒魔法を使うたびにMPは減って疲労度があがるけれど、経験値がたまってレベルアップするとそのあたりが全快する。
そういうレベルアップとか経験値とかの概念はこの世界にはないけれど、もしかしてそのシステムそのものは動いているのかもしれない。みんなが気が付いていないだけで。
「でもなーんかしっくりこないのよね」
「しっくりこない?」
「そう、何か杖みたいなのが欲しい感じがするのよ。今私って素手でしょ。セシルは魔法を剣に纏わせて使うじゃない? 他の魔法使いも杖とか媒介にしてる人多いし。私もそういうものがあるともっとパワーアップできる気がするのよね。何か宝石とか付いた杖を媒介にしてパワーアップ! みたいな」
「パワーアップかぁ……あっ」
思い出した。そうだ、原作のフリードリヒルートの最後で確かにイリスはやたらめったら豪華な杖を使っていた。
業を煮やしたフリーデルトがイリスを短剣で刺し殺そうとするが、イリスを庇ったフリードリヒを誤って刺してしまう。しかも短剣には死の呪いがかけられていて、当時のイリスの治癒魔法レベルでは解呪不能だった。絶体絶命と思いきや、そこは乙女ゲームらしいご都合主義で、愛の力やらスーパーアイテムやらの登場でイリスの治癒魔法がパワーアップして解呪に成功するんだった。
そのスーパーアイテムこそが、『王の杖(正式名称不明)』だった。前に王が使っていたのを見て、何か既視感あると思ったあの杖だ。あの杖をイリスが使えば治癒魔法がパワーアップするのだろうか? 興味はあるけれど、杖は王ごと城の中だ。全部解決したらイリスに使ってもらいたいな……。
「ちょっと杖に心当たりあるから、落ち着いたらイリスが使えないかって交渉してみるよ」
「ホント? 嬉しいわ!」
そんな他愛もない話をしながら、激動の1日が終わりを迎えた。
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