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原作崩壊した世界で男装王女は生き抜きたい  作者: 平坂睡蓮
第一部 第5章 クーデター
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6.結論ありきの作戦会議

 たっ助かった……。

 見知った人たちに囲まれて、思わず腰が抜けてしまった。


「殿下! 良くぞご無事で!」

「良かった、殿下だけでもお救い出来て」

「イリス様もご無事で!」


 私の周囲に集まった人たちが、皆口々に安堵の声を漏らしている。

 その中には侍女のミラの姿もあった。彼女も運よく城から脱出できたらしい。


「殿下、イリス様、ご無事で何よりです!」


 エヴァンス将軍とセシルも涙ながらに駆け寄ってきた。


「将軍、ここは一体……」

「此処は城外の騎士団の演習場の一角で、そこに張った天幕になります」


 騎士団の演習場……足を踏み入れたことはなかったけれど、城のすぐそばにあるなだらかな丘陵地に設けられた施設だ。ちょうど城の裏手にある湖を臨むこともでき、非常に景観のよさそうな場所にある。


 今私がいる場所は、クーデター対策本部といった感じだろうか。

 天幕と言ってもかなり広い空間で、20m四方はありそうだ。そこに机やら椅子やらが置かれ簡易的な会議室のようになっている。


 将軍に促され、上座中央の椅子に座らされる。イリスはその隣に座らされた。

 気絶したままのクラリッサについては、将軍たちに彼女がフリードリヒ殺害を自供したことを伝え、別室で監禁することになった。


「殿下がご無事で何よりでした」

「将軍こそよくご無事で。……ラフィール教皇にもひとまずは助けていただいた礼を言いますが、後で聞きたいこと言いたいことが沢山あります。分かっていますよね?」


 そう教皇を睨みつけながら問えば、教皇は頭を下げながら恭順の意を示した。


「殿下、早々のお願いで申し訳ないのですが現状の報告をしてもよろしいでしょうか?」

「現状報告ですか? 構いませんが、この場は将軍が仕切っておられるのでは? わざわざ私に構わなくても大丈夫です」

「いえ、しかし――実働は我々にお任せいただきたいのですが、やはりここは次期王位継承者たるフリーデルト殿下が指揮を執られるていの方が士気も高まるというものです」


 そういうものなのか? かなり精神的に疲れているからちょっとくらい休みたいと思ったのだけれど、仕方がないか。


「分かりました。では将軍、報告をお願います」


 私がそう言うと、私の周囲に集まっていた重臣たちがさっと席に着いた。30人ほどの貴族やら騎士やら教皇が居並び、天幕内の簡易的な状況とは言え圧巻である。


「殿下もご存じの通り、本日11時頃城内にヘンリー・ボルドーを中心とした貴族派の一部によるクーデターが発生しました」

「貴族派の一部ですか? そこにいるロベルト・コナーやらその一派は関係がないと?」


 さっきから気になっていたのだが、なんとこの場に貴族派の筆頭のロベルト・コナー伯爵や主だった貴族派の当主の顔が数人あった。中にはクラリッサの実家であるアイビー伯爵家の当主の姿まであった。腐った水茄子――じゃなくて、モーリス男爵の姿はない。


「殿下! 此度の一件、我々は関知していないことでございます!」

「何卒お赦しを! 我々は何も知らなかったのです。あの者たちが勝手にあのような大それたことをしでかしたのです!」


 顔を真っ青にしながら口々に弁解の言葉を発する。貴族派が分裂したということだろうか? イマイチ信じられない。口だけなら何とでも言える。

 そんな私の様子を見た将軍が説明を始めた。


「殿下、どうやら彼らは本当に何も知らなかったようなのです」

「……それは確かですか?」

「はい、実は私やセシルたちが城から逃げることが出来たのは彼らの助けがあったからなのです。ちょうど会議が終わったところを襲撃されたのですが、彼らが反逆者の気を引き付けてくれたおかげで何とか逃げ出すことが出来ました」

「そうですか、将軍が言うのならば、この場は彼らも一応同志として扱います。ただし、後ほどお前たちには説明を求めます。いいですね?」


 そう問えば、連中は頭を机に擦り付けながら同意した。


「ところで、ボルドー宰相はどうしましたか? 大けががどうとか連中が話していたのを耳にしたのですが?」


 そういえば忘れていた。クラリッサがヘンリーにそんな報告をしていたが、大丈夫だったのだろうか? この場にはいないということは治療中ということか?


「ボルドーは現在意識不明の重体でして……」

「はっ?」


 驚きの声を上げたのはイリスだった。


「重体なら何でさっさと私を宰相のところに案内しないのよ!? そんなもの私の治癒魔法で一発じゃない!」

「イリスの言う通りだ、早く彼女を宰相のところに案内してあげて!」


 何をのんびりしているんだ、さっさとイリスに治させればいいのに。

 しかし将軍は戸惑ったようにはっきりしない口調でこう言った。


「いえ、それが……かなり酷い有様でして、イリス様にお見せするには刺激が強すぎるというか、何というか……」

「何よ!? ひき肉になっていようが、ダルマになっていようが、内臓が飛び出ていようが、生きてさえいれば回復させられるのが治癒魔法よ! そんな些細なこと気にしてないで、さっさと案内しなさいよ! 他にも怪我人がいるのなら全員治すから!」

「イリス、言い方……。まぁいいや、とにかくそう言うことは気にしなくていいので、けが人は全員イリスに見せてください」


 イリスは見た目通りの可愛い儚い系女子ではない。クラリッサを飛び蹴りで沈めるような暴力系女子だ。クラリッサの返り血を浴びても気にする様子はなかったし、多少のスプラッタなど意に介さないだろう。配慮無用だ。

 イリスは案内役の衛兵と共に慌ただしく天幕をあとにしていった。


「さて――将軍、報告を再開してください」

「は、はい。クーデターを企てた反逆者一派約100名により城内は占拠され、リチャード陛下、マーガレット妃殿下、ルイ王子殿下および貴族20名ほどが人質になっております。使用人たちに至っては100名以上が城内に取り残されていると思われます」

「死傷者はどうなっていますか?」

「死者は確認できているだけでも衛兵や騎士団員を中心に20名、負傷者は60名ほどになります」


 そうか――死者が出ているのか。死者が出ている以上はヘンリーにはどうあっても最後は命をもって償ってもらうしかなくなってしまうようだ。さらば狂犬、自業自得だ。


「わかりました。それで、これからどうするのですか? 人質が多すぎる。城攻めも難しいでしょう」


 私がそう発言すると、皆お互いの顔をちらちらと見ているだけで中々発言しようとしない。

 そんな中で、仕方ないと言わんばかりの態度でラフィール教皇が発言した。


「フリーデルト殿下、既に我々は結論を出しております」

「? ならばさっさと言いなさい」

「ですが……中々に皆の口からは言いにくいことで……」

「はっきりしないのは嫌いです。案があるのなら、既に皆が結論を出しているのなら、それを言えばいいではないですか。何を躊躇しているのですか?」

「では言います。――城の人質は全て見捨て総攻撃をかけます」

「は?」


 あまりの極論に驚いた。人質全員見捨てると? そんなバカな話があるか。


「戦力で言えば、我々の方が上です。4騎士団に加え各貴族からの応援部隊、対して反逆者は城に籠る100人程度。力で制圧することは容易です」

「いやいやいや、いくら何でもそれはないでしょ。せめて人質交渉するとか、首謀者のヘンリーを暗殺者がヤリに行くとか! 全員見捨てるってことは、父上やマーガレット妃、ルイ王子も見捨てるということですよ!?」

「もちろん承知の上です」


 ラフィール教皇以外にも、居並ぶ者たちは皆その案を支持しているようだった。将軍とセシルですらも。――それが彼らが出した結論か。


「殿下、ヘンリーたちの目的はご存じですか?」


 そう聞いてきたのはセシルだった。


「……陛下を廃し、自分が王になること。王族は軟禁、ボルドー公爵家とエヴァンス公爵家は皆殺し。イリスは公開処刑」

「はい、そのように彼は叫んでおりました。交渉となれば連中が望むことはそれです」


 ヘンリーが王になることは百歩譲ってやるにしても、二家の虐殺とイリスの処刑を飲むわけにはいかない。


「我々が総攻撃を仕掛けたからと言って、人質全員が死ぬとは限りません。それに――もし仮に陛下たちが亡くなられたとしても、フリーデルト殿下さえご無事であれば我が国の王家は存続できます」

「……そうか、私が運よく助けられたものだから、お前たちはそういう結論に達したわけか」

「無念ではございますが――殿下、ご決断を」


 現王は捨てる。次代の王になる私が生きていれば、あとはどれだけの死者が出ようが反逆者を総攻撃でねじ伏せ鎮圧させ城を取り返す。それで解決。その決断を私にさせたいがために、私に指揮権を委ねているのか。

 合理的だ。彼らの案は合理的だけれども――本当にそれしかないのか?


「だめだ、それは……決断できない」

「しかしっ!」


 セシルの声にも、誰の声にも耳を傾けたくない。気分が悪い。地面が揺れている気がする。椅子に座っているのに眩暈? とにかく私の決断1つで、城内で凄惨な虐殺が起こるのかと思うと、吐き気がしてくる。


「頼むから……少し私に考える時間をくれ」


 考えたところで結論なんて出せないのを分かっているくせに、私はひとまず問題を先送りにすることしかできなかった。

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