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原作崩壊した世界で男装王女は生き抜きたい  作者: 平坂睡蓮
第一部 第5章 クーデター
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5.こいつ直接脳内に……!

 イリスがクラリッサを気絶させたので、ひとまず私の部屋の中には敵はいなくなった。

 とりあえずこの部屋の中は安全地帯だ。


「大変よ! フリーデルト!」


 突然イリスが慌てたように言った。


「部屋の外には貴族派の連中が沢山いるの! クラリッサは気絶させたけれど、どうやって逃げ出すか全く考えてなかったわ!」

「……知ってた」


 やっぱりイリスも考えなしだったか……。

 クラリッサの返り血で赤く染まったイリスにハンカチを渡す。とりあえず落ち着いてくれ。


「イリス、とりあえず返り血を拭いて。それからクラリッサを縛り上げておいてくれる?」

「分かったわ。……あいつ、ヘンリーはきっとその内に戻ってくるわ。その前に何とかしないと。とりあえず、扉の前にソファーとかでバリケード作っておくわね」

「ありがとう、私はその間に脱出方法を考えるよ」


 しかし困った、何とか脱出したいのだけれど一体どうやって貴族派共の目を掻い潜ろうか。


 騎士団の助けを待つ……、エヴァンス将軍は城から逃げられたようだから指揮系統は問題なさそうだ。しかし、王族を人質に取られている以上はそう簡単には彼らも動けないだろう。

 せめてこの部屋が2階とか3階くらいだったら窓からの脱出も考えられるけれど、この部屋があるのは城の5階相当箇所。ちょっと難しい。

 せめて脱出に役立つような魔法が使えればと思うけれど、数日前に魔力を得たばかりの私では火1つ起こせないし、イリスも治癒魔法以外は使えないから脱出には役に立たない。

 このままこの部屋に籠城しているわけにもいかない。食料も何もないし、扉なんて鍵が1つかかっているだけである。バリケードをしたとしても魔法1つで吹き飛んでしまう。


 けれどこのまま大人しく捕まってしまうわけにもいかない。

 ヘンリーはイリスを公開処刑にするとか言ってやがる。私や王族は命までは取らないと言っていたけれど、クラリッサは後々ヘンリーと王を呪殺する気マンマンだ。おそらく呪殺が済めば、邪魔者である私も殺されるはずだ。


 やはり何としても今ここで逃げ出すより他にない。

 しかしどうやって――。



 いい案が思い浮かばないまま、時間が過ぎる。ただ焦りだけが募っていく。

 そうこうしているうちに、少し部屋の外が騒がしくなった。


『あ? なんで扉が閉まってんだよ、鍵までかかってやがる』


 あかーん、ヘンリーが戻ってきてしまった。扉の向こうで、ヘンリーが苛立ちながらドアノブをガチャガチャ回そうとしている音がする。


『おい、クラリッサ! どうした!』


 ヘンリーは異常事態に気が付いたのか激しくドアを殴打している。これは魔法で扉ごと吹っ飛ばされるのは時間の問題だ。


「どっどうしよう!?」

「おちついてっ」


 焦るイリスをなだめつつも、これはもうどうしようもないかと諦めかけた時だった。


 なにか、聞こえる? 声?


『……こえ……すか…今あな……たの…………り掛け……ます』


 男性の声?


「……何? 誰?」

「? どうしたのフリーデルト?」

「声がする気がする……でもどこで?」

「声?」


 囁くような本当に小さな声、何を言っているかまでは聞こえない。明らかにイリスや部屋の外で扉を破壊しようとしているヘンリーたちの声ではない。

 まるで頭の中で響いているような――。


 確かに聞こえるその声に意識を集中する。その瞬間突然声がしっかりと聞こえ始めた。


『殿下、殿下? 聞こえますか……今あなたの脳内に直接語り掛けています。聞こえますか? 今どのような状況ですか? 捕まってしまっていますか? ご無事ですか?』


 この声、聞き覚えがありすぎる。教皇だ、ラフィール教皇の声が脳内から響いている。


「こいつ直接脳内に……!」

『あっ! 良かったです、殿下。ようやくパスが繋がった様で安心しました』


 さっきまで囁くような小声で何を言っているのかも聞き取れなかったけれど、突然ラジオの周波数が合ったみたいに脳内一杯にラフィール教皇の声が広がった。――イケボだから凄くドキドキするが、それよりも何よりもとにかく怒りが大爆発した。


「教皇、お前ふざけんなよ!! 何もかもお前のせいじゃないか! 本当に何もかも、何もかもっ!!」


 もう堪忍袋の緒ははじけ飛んだ。何もかも何もかも何もかも! 全部こいつのせいじゃないか。絶許! ヘンリーもクラリッサもこいつが唆した挙句がこのクーデターじゃないか! それをよくもまあ、何が“脳内に直接語り掛けています”だちくしょう!


「どっ、どうしちゃったの!? 声なんか聞こえないわよ、幻聴なの? 幻聴!?」


 何も聞こえていないイリスが、私が狂ったのかと思いおろおろしながら聞いてきた。


「幻聴じゃない、教皇が魔法かなんか知らないけどテレパシーみたいなもん飛ばしてきて、話しかけてきてんの! あームカつく! こちらフリーデルト! ただいまイリスと共に部屋に籠城中! 扉を破られそうで大ピンチなり!! おいこら、聞いてんのか!?」

『……申し訳ありません、私としても彼らの行動は想定外でして。ほら、シナリオ通りには上手くいかないってカラス神だって言ってたでしょう?』

「うっさいわ、なんなのこんな状況なのに脳内に話しかけてきて? 冷やかしなの? それとも助けてくれでもするの!?」

『……今回は私の不始末でこのような展開になってしまったので、責任をとってお助けしますから。状況をもう少し詳しく教えてください』


 そう言われてもイマイチ信用できない。大体今までこの不幸製造機のせいでロクなことになっていない。口から出まかせ言って、更に不幸を作り出すつもりかもしれない。


「お前が信用できない」

『ごもっともな意見ですが、危険な状況であるのなら一刻も早く脱出する術を考えるべきかと』


 確かに背に腹は代えられない。どのみちこのままなら私たちはヘンリーにつかまってしまう。……悔しいけれど、教皇の力を借りるより他にない。


「仕方ない――分かった。状況はさっき伝えた通り。今自室にイリスと一緒に立てこもっている。部屋の外でヘンリーたちが鍵をこじ開けようとしているけれど、多分その内魔法で破壊してくると思う。……あぁ、そういえばヘンリーたちに協力していた侍女長のクラリッサ・アイビーは気絶させて拘束している。こんなものでどう?」

『かしこまりました。自室におられるということでよかった。――日記帳はございますね?』

「は? 日記帳ならあるけど、それが何?」

『その日記帳に貼り付けた紙があるでしょう? 変な模様が書いてある古い紙、貴女が最初に物語の概要を忘れずに記した紙ですよ』


 何で教皇がそんなことを知っているんだ? 千里眼でもあるのか。確かに私が目覚めてすぐに原作乙女ゲームの内容を書き出した紙があった。年代物の棚の中に置いてあった紙。

 詳しいことを聞きたいと思ったが、いよいよ扉の外のヘンリーたちが実力行使で扉を突破しようとしている音がしたため聞くのは後回しにした。


「その日記帳も貼り付けた紙も今ここにあるけれど、それをどうしろと?」

『持っていきたいものは全て身に着けてください。イリス・バートリー、可能であればクラリッサ・アイビーも手を繋ぐとか、直接触れてださい』


 教皇が何をしようとしているのかイマイチ理解できなかったけれど、指示通りに、イリスとは手を繋いでもう片方の手でクラリッサの首根っこを掴んだ。持っていきたいものは『ベルン王国公記』くらいしか思い浮かばなかったので、とりあえず小脇に抱えた。


「指示通りにしたわ」

『では日記に貼り付けた紙に手を置いてください』


 おい、両手が塞がってるんだが。そういう指示は先にして欲しい。


「ごめんイリス、片手を空けないといけないから私にしがみ付いて欲しい」

「えっ抱き着いていいの!?」

「……もう何でもいいや」


 もう突っ込んでいる余裕もないから、とにかく掴まってくれ。

 片手で気絶したクラリッサの首根っこを掴み、小脇にベルン王国公記、首に腰をがっつりホールドするイリスを巻き付けて、教皇の指示通りにボロ紙に手を置いた。


 ちょうどその時、業を煮やしたヘンリーが扉をバリケードの家具諸共炎の魔法で吹き飛ばした。

 そして私とヘンリーの目が合った瞬間、手を置いたボロ紙が眩い光を放った。


「なっ! フリーデルト! お前らっ……」


 そんな声が聞こえた気がしたけれど、あまりの光の洪水でそれどころではなかった。思わず目をきつく閉じて耐えた。

 光が収まったのを感じ、次に目を開けた時には、目の前にラフィール教皇やエヴァンス将軍、セシル。他にも見知った重臣たちの姿があり、皆一様に安堵した表情を浮かべている。


 ここは、そうか、城の外。テレポートでもしたのか。

 あぁ――脱出できたんだ。

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