3.自白
乙女ゲームの世界に転生して6年強、なかなか酷い転生ライフを送っていると思う。
私だって何が悲しくて男装して男のふりをして王太子にならなきゃいかんのかと、そんな事やりたくてやっているわけじゃないと声を大にして言いたい。
そんなに玉座が欲しいのならヘンリーに代わってほしいと切実に思う。でも、ヘンリーが王太子になれば、もれなくシルビアの“王になる男はみんな死ね”の呪詛の餌食だ。いくら狂犬と言えども、死んでしまえとはどうしても言えなかった。
だというのに、ヘンリーのアホタレはそんな私の慈悲の心など露知らず、貴族派と手を組んで絶賛クーデター中。
挙句の果てに私の性別を確かめたいとか言い出して、実に荒っぽく私の服を胸元からビリビリに引き裂いてくれやがった。
「ちっ、下にインナーかよ。こいつは引きちぎれそうにねーな」
12月だからね、シャツの下にはしっかりインナーを着こんでいた。だから一気にAカップのささやかーな胸がいきなり曝け出されることは回避できた。
しかしヘンリーは私に馬乗りになったまま、自分のポッケや上着などを漁っている。
「ナイフ、何処にやったっけかな」
インナーは手で引きちぎるのが難しいと判断したのか、切り裂くためにナイフを探しているようだった。私の顔すれすれに突き立てた剣では、使い勝手が悪いらしい。
どちらにせよ、これでは私の性別がばれるのは時間の問題だ。
しかし運命の女神とやらがいるとするのなら、この時女神は私に味方してくれたようだ。
部屋の外からヘンリーに呼びかける声があったのだ。
「公子、各階制圧が完了した模様です。入ってもよろしいでしょうか?」
「あ? もう済んだのか、手ごたえねーの」
そう言うと、私から興味が逸れたのか、ヘンリーは立ち上がった。そして制圧完了の報告をしてきた人物を部屋に招き入れた。
「ご苦労さん、クラリッサ」
姿を現したのは侍女長のクラリッサ・アイビーだった。侍女長までグルかよ。
アイビー伯爵家は貴族派の一族だけれど、マーガレット妃と懇意にしているクラリッサに限って王家に盾つくとは予想外だ。
そしてもう1人、手首を縄で拘束され、クラリッサに引きずられるように部屋に入ってきた人物がいた。
「フリーデルト! 無事っ!?」
「イリス!! 良かった無事だったんだ!」
イリスは見たところ怪我らしい怪我も特にないようだった。
「フリーデルト! なんて姿なの!? 服は破れてボロボロだし、あぁっ! 綺麗な顔が台無しじゃないい!!」
ヘンリーにボロボロにされたシャツと、ひっぱたかれて少し腫れた頬を見て、イリスは悲鳴のような声を上げた。
イリスは手首を縄で拘束されながらも、私の頬に手を当てささっと怪我を治してくれた。
「ヘンリー!! 一体あんたどういうつもりなの!? こんなことをして正気!?」
そう詰め寄ろうとするイリスだが、クラリッサに拘束されて動くことが出来なかった。
ヘンリーは煩わしそうに彼女を一瞥しただけで無視した。
「クラリッサ報告しろ」
「はい、リチャード陛下、マーガレット妃殿下、ルイ王子殿下は拘束いたしました。ボルドー宰相、エヴァンス将軍、セシル公子は城外へ逃亡しました。その際ボルドー宰相には大けがを負わせたとの情報があります」
「ちっ、あいつらには逃げられたか。まぁいい、王族連中が拘束できたのなら目標は粗方達成だ。それに――イリス、こいつに逃げられなくて本当に良かったぜ」
そう言うとヘンリーはイリスを憎々しそうな目で見つめた。
「イリス、お前にはフリードリヒ殺害の容疑を被ってもらうぜ」
「なんですって!? なんで私が!」
ヘンリーは抵抗するイリスに近づき、乱暴に彼女の髪を掴み床に引きずり倒した。
「いいか、よく聞け尻軽女。お前はフリードリヒ殺害の犯人として斬首刑だ。公開処刑にする」
「ふざけんじゃないわよ! なんでやってもないことでそんな目に遭わないといけないの!? 一体何なの? なんであんたはそんなに私のことを目の敵にするのよ!?」
フリードリヒが死んだときも、ヘンリーはやたらとイリスを犯人に仕立て上げようとしていた。それに王国貴族議会の時も、彼女のことを罵っていた。
私が知る限りでは2人に何か確執めいたことがあったわけでもない。6年前に城下で出会って、あの時ヘンリーはイリスの可愛らしさに惚れていたはずだ。なのにどうしてヘンリーはこれほどまでにイリスを憎んでいるのだろうか?
「お前は権力に目がくらんでフリードリヒと婚約したんだろ? あいつが死んだら今度はフリーデルトに乗り換える。はっ、可愛らしい顔して中身は強欲。……俺の母親そっくりで反吐が出る」
……いやいや、お前のお家の事情なんて知らんがな。
あーそういえば、原作のヘンリールートで、ヘンリーと母親の確執みたいな設定あったかもしれない。確かヘンリーの母親はとても美人だったけれど、金遣いが荒く見栄っ張り。特に同格の公爵家の息子であるセシルが優秀なのを酷く気にして、セシルに中々かなわないヘンリーを酷く叱責していたんだっけ。既に故人だけど、その母親とイリスを重ねちゃったわけ?
そんな微妙な設定からイリスに八つ当たりするって、とんでもない理不尽だろ!?
「本当はフリードリヒが死んだ時にそのまま罪を被ってもらうはずが、想定外に容疑が晴れちまったんでどうやって殺してやろうかって思ってたぜ」
「とんでもない外道になったのね、あんたは……。私のことをそういう風に見ていたなんて知らなかったわ。私の両親のお店がモーリス男爵に乗っ取られたって説明した時、あんなに親身になってくれたじゃない」
「それはお前の本性を知らなかったからだ」
本当に何を言っても聞く耳持たずだ。しかしこのままではヘンリーは本気でイリスを処刑するつもりだ。何とかしなければいけないけれど、一発逆転の名案なんてそうそう出るものじゃない。
「じゃあ、あんたがフリードリヒ様を殺したってことで良いのね? 自分が王になりたくて邪魔だから殺したってこと?」
確かに。ヘンリーは“罪を被ってもらう”と言った。ということはイリスが犯人ではないと言っているのも同義。
自分が王になりたくて邪魔者のフリードリヒを殺害して、それでも自分に王位継承権が回ってこなかったから画策したクーデター。筋は通っている。
しかしヘンリーの返答はそうではなかった。
「いいや、俺じゃないぜ。俺はただラフィール教皇から言われてただけだ。あの日、イリスにお茶を入れるように頼むこと、紅茶には毒が入っているからそれを飲んだ王子が死んだらイリスを犯人だと主張すること。呪詛の媒介だっけか? アレについては何も知らねーよ」
「……それじゃ、兄上を殺したのはラフィール教皇ってこと?」
「さあ? 別に真犯人なんてこの際誰でもいいさ。クーデターは成功した。リチャード陛下もお前たちも、その命は俺が好きにできる。さて、俺は陛下に“ご挨拶”にでもいきますかね。おい、クラリッサ、フリーデルトを拘束しておけ」
「かしこまりました」
クラリッサにそう告げると、ヘンリーは部屋を出て行ってしまった。
「クラリッサ、どうしてなの?」
イリスが悲しそうに問う。
「どうしてとは?」
クラリッサはイリスに一瞥もせずに、私を拘束するため縄を取り出しながら答えた。
「だって貴女はこの6年間ずっと私のことを支えてきてくれたじゃない。平民の私に貴族社会のルールとかマナーとか、沢山教えてくれたじゃない。どうしてこんなことをするの?」
本当にその通りだ。クラリッサは侍女長として、次期王妃になるイリスの教育を本当に熱心に、親身になって行っていた。それなのに何故。
いくら実家のアイビー伯爵家が貴族派と言っても、彼女自身が貴族派の思想を持っているようには見えなかったのに。
「イリス様……私は、仕えたくもない相手に仕えることには慣れております。前も8年ほどそういう相手に仕えましたので。仕事と思い割り切ることには慣れております」
「仕えたくない相手とは――母上のことですね」
カラス神が浄玻璃の鏡で見せてくれた映像の中に、シルビアの悪口を言い合う侍女たちの姿があった。その侍女の一人がクラリッサだった。
「おや? 殿下はご存じでしたか。そうです、シルビア、本当に屈辱の日々でした。本当はマーガレット様が王妃になられるはずだったのに、あの女は王妃の座を盗んだ。そんな相手に仕えるなど……。本当に忌々しい限りでした」
私の腕を縄で拘束したクラリッサは、何を思ったのか部屋の扉を閉めた。カチャっと鍵までかける音がする。部屋には私とイリスとクラリッサの3人だけ。
「フリーデルト殿下、私がどうして貴族派や公子の手助けをしているのか気になるでしょう?」
「……ええ、とても気になります」
クラリッサは一度目を閉じ、そしてゆっくりと目を開けた。そして決意したかのように、こう言った。
「フリードリヒ殿下を殺害したのは私です。私が呪詛の媒介である髪の灰を茶葉に入れたのです。呪詛の媒介である“フリーデルト殿下の髪の毛”をね」
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