2.急襲
突如部屋に侵入してきたヘンリー。
私を押し倒し馬乗りになり、私の顔の真横に剣を突き立ててきた。
ドがつく素人の私でもわかるくらいの殺気で、ヘンリーの目は本気と書いてマジと読む状態にぎらついていた。
怖い。それと同時に苛立ちと理不尽さも感じる。多分アドレナリンがドバドバ出ていて、怒りがわいてくる。
人生初の床ドンがこれとかふざけんなよ!
「ヘンリー、貴様何のつもり? 誰に何をしているのか分かっているのか」
抑えられない苛立ちのほうが恐怖心よりも勝り、恐ろしく冷たい声でそう聞いた。
「はっ! 分かってねーのはお前の方だ、フリーデルト」
「何を意味が分からないことを。お前は公子、私は王子、分をわきまえろ駄犬」
私がそう罵ると、ヘンリーは何が面白いのだかいやらしい笑みを浮かべた。
「王子? お前はそう思ってるんだろうよな、自分が王の子だって」
本当に意味が分からない。こいつは何を言ってるんだ?
「お前の本当の父親が誰か教えてやろうか? お前はリチャード陛下の子じゃない、お前の父親はエドワード・ボルドー、俺の父親だ。俺はお前の異母兄なんだよ」
ぱーどぅん? 本当に何を言ってんだこいつ!? いやいやいやいや、それはないし! 絶対ない!
「私の父親がボルドー宰相だって? 一体どっからそんなデマが出てきたのさ!? 頭大丈夫かよ」
思わず素の口調になりながら反論する。
だってそんなことはあり得ない。カラスに見せてもらった浄玻璃の鏡の映像でも、王とか将軍とか宰相とかが言っていたことを総合して考えてもそれはあり得ない。そういえばボルドー宰相はシルビアのことが好きだったとかそんな程度の情報はあったけれど、あの宰相に限って寝取りは流石にないし、シルビア自身も宰相が好きだったとかそんな情報皆無だ。
カラスが嘘の映像を見せた可能性は? いやいやいや、そんなことよりもヘンリーが何か曲解している可能性の方が明らかに高い。
「ラフィール教皇が教えてくださったんだ。フリーデルトの本当の父親は陛下じゃないって、お前は俺の異母兄だって。それならおかしいだろ? 王の子でもない奴が兄の俺も差し置いて王太子だ? 俺たちはその不条理を正しに来たんだ。俺が王になって正しい方向に国を導く――貴族派の同志と共にな」
ラフィール教皇! またお前か!! ふざけんなよ、なんつーデマぶち込んでくれてんだよ。きっとあれだ、私が王太子になる前に一波乱ぶち込もうとかそんな軽い気分で狂犬をけしかけたに違いない。
ちくちょう! 大事故だよ!!
「お前、あの不幸製造機の言うこと信じたの?」
「不幸製造機?」
「ラフィール教皇のことだよ! あいつはそうやって引っ掻き回して不幸をバラまいてんの! だから安易に信じてんじゃねーよ!!」
そう反論すれば、ヘンリーは逆上してしまったようで、思いっきり私の頬を打ってきた。
「痛っ! てめぇこの野郎何してくれてんだ!?」
「お前こそ、あの方をバカにするな! あの方は本当に偉大な方だ、こんな不条理は許されないと俺たちに手を貸してくださっていたんだ。そんなことも知らずに俺は貴族派の方々を目の敵にしてきてしまったが、本当にこの国や民のことを思ってくださっているのはあの方々だって、ようやく目が覚めた!!」
いやいや、逆に熟睡してるじゃねーかよ。完全に教皇や貴族派のいいように操られている。しかもこの調子では、いくら説得しようとしても聞く耳持ちそうにない。
「それで……ヘンリーはこんなことをしてどうしようって言うの? たった1人で私を人質にとって、陛下に玉座でもねだるつもり?」
「はっはははは! 1人? いつ俺がそんなこと言った? さっきも言っただろう、”貴族派の同志”と共に国を導くってな」
「まさか……」
「今頃同志たちが城内を制圧している頃だ、ほら良く耳をすませてみろよ。聞こえないか、叫び声、悲鳴!」
部屋の外の音に神経を集中させると、確かに遠くで悲鳴やら叫び声、剣や魔法の打ち合う音が聞こえてきた。その騒ぎはどんどん拡大しているように聞こえる。これは数十人単位の襲撃ではなさそうだ、本気で城内を制圧するだけの武力との争いだ。
クーデター――そんな言葉が脳裏をよぎった。
「ははっ、あっちは派手にやってるみたいだな、まっお前には感謝してるんだぜ? 王族だけが知る秘密の抜け穴、昔フリードリヒを追いかけて城下に降りた時に使ったよな? お前がアレを教えてくれたおかげで、俺たちはこれだけの戦力を労せずして城内になだれ込ませることができた。フリーデルト様様だなぁ!」
まじかよ……、王家の地下墓地に通じている抜け穴を利用したとか。確かにあそこは抜け穴だから、普段から見張りが付いているわけではない。ああっ、6年前の自分に言ってやりたい。ヘンリーだけはぶん殴って気絶させて置いていけって!
「……これで、これで全部俺のものだ。親父にぐちぐち言われることも、セシルと比較されることもない。王になれば、もう誰も俺をバカに何てできない」
ヘンリーが呟くようにして言った。これがこいつの本音なのだろうか? これが貴族派に寝返ってクーデターを起こした動機? だとしたらあまりにも身勝手すぎる。
「とりあえずフリーデルト、お前と陛下、叔母上とルイ殿下の4人は軟禁だ。安心しろよ、命までは取らねーから。だがエヴァンス公爵家とボルドー公爵家は全員殺す、城の連中も抵抗する奴は――皆殺しだ」
「お前っ!?」
ヘンリー、お前昔はワンコみたいだったのに一体何がどうなってこんな外道に成り果ててしまったんだ。
「お前、ボルドー公爵家も皆殺しって……家族だろ? 城の人たちだって、お前と顔見知りの人とか沢山いるじゃないか。セシルだって、いいライバルじゃなかったのか? 親友だったんじゃないのか? 何でそんなことが出来るんだ!?」
「……もううんざりだ、アイツらみんなしていつも俺をバカにする。親父だって偉そうなこと言ってるくせして、王妃に手を出してたとかマジねーだろ! セシルにしたっていつもしたり顔で、俺はどんなに努力したってアイツと比べられる! あいつに勝てない! 親友? そんな風に思ったことなんて一度だってない!!」
駄目だ、もうこいつに何を言っても声は届きそうにない。ヘンリーが家族からどういう扱いを受けていたのかは分からないけれど、これは相当拗らせている。
原作の乙女ゲームでフリーデルトが自分の容姿コンプレックスを拗らせて、イリスに執拗な嫌がらせをしていたように……。酷いコンプレックスを抱えてこうなってしまったのか……。
ボルドー宰相とシルビア王妃の件はどう考えても冤罪だから訂正したいのだけれど、聞く耳持ちそうにない。
「……ヘンリー、君は今取り返しのつかないことをしている。その自覚を持ったほうがいい。例え城を制圧したとしても、我が王国には4つの騎士団がある。剣技、魔法のエキスパートたちだ。彼らを相手に戦うつもりか?」
「そのためにお前ら王族を生かしておくんだろうが。お前らを人質にしていれば連中も手出しできねーだろ?」
それは浅はかだろ。楽観的すぎる。私たちを人質にするということは、籠城戦でもするつもりなのだろうか?
「そうだ、ずっと気になってたんだ。せっかくだから、確かめさせてもらうぜ」
「確かめるって?」
ヘンリーは突然話を変えてきた。ちょっと嫌な予感がしてきたぞ。
「お前が本当に男かどうか、俺の弟なのか妹なのかはっきりさせたいと思ってな」
「ちょ……だってラフィール教皇が男って証言してんじゃん!」
「あの方の言うことは一応信じてるぜ? だが自分の目で見て確かめたいって思いもある」
そう言うと、馬乗りになったままのヘンリーは私の服に手をかけ思いっきり胸元を破いた。服が破れた勢いでボタンがはじけ飛んでいくのが見えた。
酷い、一難去ってまた一難。もうダメかもしれない――。
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