10.ようこそゲストさん
全てが眩い光に包まれる。
目を開けるとただたた真っ白な空間だった。現実なのか夢幻の類なのか。
アデライドと名乗ったあの女の人もいなければ、母の姿に擬態していたおぞましき呪いであるケイオスもいない。
「此処は……」
動くべきかこのまま留まるべきか。
迷い佇んでいると、急に電子的な機械音声が流れ始めた。
『魔力伝授の間へようこそゲストさん。ゲストさんは見事試練のクエストを突破しました。報酬として欲しい魔力をリクエストしてください』
そう流れ終わると同時に、宙にモニターのような浮き上がってきた。
モニターには先刻のデフォルメ化されたカラスと同系統の、クジラのサポート役キャラクターが表示されている。……何でアニマルキャラなんだろうか。
『なお私は自動化されたAIシステムによりゲストさんのご案内をしておりますので、想定していない質問にはお答えできない場合もあります。あらかじめご了承ください』
クジラ……失踪した前管理人はクジラの神と言っていた。このキャラはAI的なもので、神本人ではない。あくまでもシステムだけが活きているというだけなのだろう。
『欲しい魔力をリクエストしてください。属性および固有スキルをリクエスト可能です』
いきなりそう言われてもちょっと意味が分からない。
属性やら固有スキルという概念は、異世界転生とかファンタジーにはありがちな要素だけれど、この世界で今まで暮らしている中でも原作の乙女ゲームにも示唆されていなかった。
この世界において魔法使いになれるかどうかは、生まれつき魔力があるか否かが全て。魔力があればその後魔法を学び習得することが可能だけれど、魔力がないものは一生魔法使いにはなれない。魔力さえあればどのような属性でもある程度一通り習得できる。
このクジラのキャラが言うような、属性や固有スキルなる概念はない。
……いや待てよ、個人個人で魔法のジャンルに得意不得意はあると聞いたことがある。
マーガレット妃はどんな植物でも育てることが得意だと言っていた。それをクジラが言う概念に当て嵌めるのなら、『属性:土 固有スキル:成長、育成』とかいうことだろうか?
そう言えば、セシルは氷を剣に纏わせて切ったものを凍らせるのが得意と聞いたし、ヘンリーは炎の魔法が好きと聞いたことがある。
属性や固有スキルと言ったものは概念化されていないだけで、本当は得意不得意というレベルではなく既に決まってしまっているものだということ?
その理屈で言えば、属性:火の人物がいくら水の魔法を習得しようと努力してもモノにはならないということでは。
「私は属性から自分で選択していいの?」
もし始めから属性が決まっているのなら、それに従うのが一番であるような気がした。
『ゲストさんには属性が付与されていません。任意の属性をリクエスト可能です』
成程。設定がないのなら自分で選ぶしかないようだ。それならば――。
「属性:光、固有スキル:治癒魔法ってのは可能?」
同じ魔法と付くのであれば、イリスと同じ治癒魔法を付与してもらうことも可能なのではないか? 治癒魔法使いはイリスだけだし、私もそれを使えるようになれたらと思うのだけれど……。
『リクエストが却下されました。“治癒魔法”は付与できません』
「何でさ!?」
名案とばかりに閃いた治癒魔法付与は無残にも却下されてしまった。
『ソースコードが異なるため、リクエストを実行することができませんでした』
そう言えばカラスが「治癒魔法は管理者権限の一端」みたいな話をしていた。魔力とはケイオス側の力で、治癒魔法とはそれに相対する調和の力であるコスモスが元になっているような感じ。ソースコードが違うというのは、力の原理そのものが違うということなのだろう。
『代替案として、属性:光、固有スキル:浄化なら可能です』
「それって治癒魔法とどう違うの?」
『治癒魔法の下位互換スキルです。治癒魔法が10秒で治せるものを、3年かければ治すことが可能です』
「……流石に下位すぎるでしょ、それはパスするわ」
教会の魔法使いにも浄化とかの専門員はいるけれど、おそらくそれと同じようなスキルってことだろうね。それなら別に珍しいわけでも、どうしても必要なわけでもないからいいや。
「まいったなぁ、じゃあ何の力をリクエストしたらいいの。なんかおすすめとかないの? そうだ、前に試練を受けた狂王はどんな力をリクエストしたの? 参考にしたいんだけど、教えてもらうことは出来るの?」
『過去のデータを参照します。少々お待ちください。――履歴を確認しました。リクエストは“属性:闇、固有スキル:致死の呪い”となっています』
おー、殺意高いチョイスだ。絶対殺すマンだ。
狂王が魔力を求めたのは、一族の仇であるヤベー王を殺すためだったっけ。そういえば狂王の肖像代わりに納められていた折れた剣、あれは『斬られたものは須らく命を落とす』って父上が言っていたような。
……あれ? 今思えば私が王から下賜されて、教皇との取引きで対価に持っていかれたあの短剣にも同じ特性があったはず。
原作の乙女ゲームでは、あれに刺されたフリードリヒが死にかけてるし。イリスの治癒魔法がご都合主義でパワーアップしなければ、解呪できずにフリードリヒは死んでいた。
ということは、あの来歴不明の短剣は元々は狂王の持ち物だったということでは? 狂王の遺品やかゆかりの品はあの折れた剣しかないというのに、もしあの短剣が本当に狂王ゆかりの品だったとしたら恐ろしく価値がある物だったということに……。
もうアイツに渡してしまった以上はどうしようもないから、気にしないようにするしかないけどさ。
「私にお勧めする属性と固有スキルって教えてもらえないの?」
『こちらから特定のリクエストを提示することはありません。ただし、不要な能力のリクエストはお勧めしておりません』
「不要って?」
『例、主婦が暗殺系のスキル、暗殺者が家事系のスキル。ご自身にとって必要な魔法は何であるのか、それを考えることをお勧めします』
成程、確かに後々王になる私が『属性:闇、固有スキル:暗殺者の才』とかいう状態でもあまり意味がない。今は他国と戦争しているわけでもないから、狂王のように殺意マシマシになってもあまり意味がない。
これから王位を継承して、国を栄えさせるために必要なスキルとはなんだろう。
私はどんな王様像を目指していけばいいのだろうか?
今日、私が魔力を得る試練を受けに来たのは、あくまでも王位継承者として認められるため。魔力がなければ王として不適格という主張があったためだ。だから魔力さえ得ればいいと思っていて、その後魔力の活用方法までは全く考えていなかった。
「何にでも対応できるような感じには出来ないの? あとお金儲けに特化した固有スキルが欲しいんだけど、そんなスキルって可能?」
――色々考えた結果、オールマイティがいいと思った。王様って広く全体を俯瞰して見ていかなければいけないイメージだし。
それに、貴族派の計略で我が国は貿易赤字状態。つまりお金がないっ!
輸入に規制をかけるのは難しいから、輸出を頑張って稼ぐしかない。そのための商才が欲しかった。……そんなスキルってあるのだろうか?
『可能です。属性:全、固有スキル:ヘルメスの才となります』
「えっ!? 属性:全とかヤバくない? 全部使えるってことでしょ、それいいじゃん!」
これにはびっくりだ。属性ってそんなチートなのもありなの?
『属性:全を説明します。広く浅く、どの属性にも平均より少し上の適性を持ちますが特化は出来ません。言い換えれば器用貧乏属性です』
「……ちょっと期待していたのと違った。でもいいや、それで。オールマイティの方が私の将来的に良いと思う。それで固有スキル:ヘルメスの才って? ヘルメスって商業の神様だけど……」
ヘルメスはギリシャ神話のオリュンポス12神の一柱。商業神としての面もあるけれど、すごく多面的な神様だった気がする。
『“ヘルメスの才”を説明します。商業、旅、策略、賭博……変わったところだと泥棒の才も与えてくれます。お金儲けというリクエストとしては、最適な加護系スキルとなります。このスキルは常時発動します。――簡単に言うのであれば、お金儲け関係で強運になるというスキルです。物事が都合よく運びます』
おー! 説明を聞いたらめちゃくちゃよさそうだ。常時発動というところも魅力的。
世の中には運がやたらいい人がいるけれど、それもこのヘルメスの才のような強運スキルの賜物なのかもしれない。
いいじゃん、いいじゃん。めっちゃいいじゃん!
「わかった。じゃあ“属性:全、固有スキル:ヘルメスの才”をリクエストします!」
『ゲストさんのリクエストが承認されました』
その音声共に、再び眩いばかりの光に包まれた。
――明転。
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