8.封印の地
地下洞窟の最奥、辿り着いた先には地底湖があった。
しかしそれは決して幻想的な美しさを持つ湖ではなく、ただただ底冷えするような虚無のような暗黒を煮詰めたような――とにかく水面は漆黒に染まっていた。
カラス神から沢山情報ももらえた。
内容は咀嚼できていない部分も多々あるけれど、これから私がやらなければいけないことは明らかになった。
原作崩壊してからは、濁流に飲み込まれつつも踏ん張っているようなきつい状態にあった。原作と違っていることが多くて、原作知識だけでは対処できないケースばかり。
でも、ここはポジティブに考えなければいけない。カラスが言っていたように、自由にやっていいのだと。自分で考えて自分の意思で生きていこう。せっかくの異世界転生なんだからポジティブにいこう。
でも……。
「いやいやいや、これはないでしょ。そういえばカラスも封印の地がどうこう言っていたけど、ここって――これっておぞましき呪いの”ケイオス”の封印場所なんじゃないの?」
ノートパソコンがあった部屋を出て少し歩くと、今までにないほどの大きな空間に出た。
洞窟の最奥――地底湖。
湖の水面は暗黒そのもので、空間を満たす底冷えするような恐怖心を刺激されるような空気は、以前王に連れられて入った儀式の間の穴から流れてきた空気と同じもののように感じる。
地底湖の10mはあろうかという天井をみると、確かに穴があるのが確認できた。
ここは城の裏手の王家の地下墓地から更に奥の洞窟の最奥。儀式の間は城内から緩やかで長い階段を下った先にあった。
つまりはこの地底湖は儀式の間の真下にある空間なのだろう。
「ここがケイオスの封印の地であることは間違いないにしても、何で魔力を得るための試練もここなの? ……そう言えばさっきカラスはケイオスを魔力の源に等しいとか言ってたけど。だいたい、ここまで来たはいいけれどここで何をすればいいっていうの?」
どうしたものかと広い空間全体を見渡してみると、端の方の壁面に巨大なレリーフのようなプレートと、何かが置かれているのが見えた。
「これは……砂時計? でも砂が下から上にあがっていってる」
大きな砂時計、私の身長よりあるから2mはあるだろうか。砂時計の砂は9割がた下にあったものの、砂そのものは重力に逆らって下から上に動いている。これはどういうことなのか。
「レリーフ、これは女神? 女神っぽい彫刻と文字が書かれてる」
巨大なレリーフにはこのように記載されていた。
◇◇◇
我が最愛にして最も尊敬する強く美しきアデライドに捧ぐ
この地を訪れし者よ一切の希望を捨てよ
水面に見える暗黒は呪いの具現である
絶望の顕現せし姿である
荒廃の象徴である
死である
我らはこれを封印しこれを浄化せんと試みる
この封印は砂時計が全て落ち切った時に終わりを迎える
なれど世界に苦しみが満ちれば浄化できずに砂は巻き戻る
力を求めるものよ覚悟せよ
呪いの具現たる暗黒は魔力そのものである
それを身の内に取り込めば力を得るが同時に死の招きも得る
王の血に連なる者よ歓喜せよ
耐え難き苦しみと引き換えに必ずや大きな力を得るだろう
いつか砂が落ち切り楔となった魂が楽園に昇ることを心より祈る
ミハエル・R・ベルン
◇◇◇
刻まれた文字を読むと、レリーフの女神はアデライドという人のようで、刻んだのは二代目国王のミハエル。最愛ということはアデライドという人は二代様の奥さんだろうか?
それにミドルネームの“R”は、狂王の本名の頭文字なのだろう。ベルン王家の伝統として男児は父の名を、女児は母の名をミドルネームに入れることになっているし。
そして砂時計。
これはどうやら浄化の進み具合を示しているようだ。9割方は落ちているということは、浄化そのものはかなり進んでいたのだろうけれど、現在砂は下から上に逆行している。城下の速度よりも蓄積してくる負のエネルギーの方が強くて、浄化が間に合わなくなっているということだろうか?
300年かけて9割方浄化してきたということなのだろうから、逆行しているからと言って今すぐにパンクするというわけではないだろうけれど。……いい状態ではなさそうだ。
まぁそれらの検証は後にするとして、問題は魔力を得る方法の記述だ。
「……魔力を得る方法って、アレを飲めってこと? 冗談でしょ?」
本当に冗談であってほしいのだけれど、レリーフにはアレは魔力そのものだから飲めば魔力を得られるよ的なことが書いてある。アレってケイオスそのものなんじゃ……。
文面的には、普通の人は死ぬかもしれないけれど、王族なら苦しみと引き換えに必ず魔力を得られるということなのだろう。
凄く嫌だ。
湖に近づき、暗黒の湖面を覗き込んでみる。
「マジでこれ飲まないといけないの? 何か原油みたいなんだけど、本当に大丈夫なの?」
疑念しかないにしても飲む以外に選択肢がないのは分かっている。しかし単純に気味が悪い。
仕方がないので思い切って湖面に触れてみる。
飲むなんて知らなかったからコップなんて持参していないから、手ですくって飲むしかない。
「うげっ……なにこれ、触ってるのに感触がないって……。でも確かに手に掬えるから、そこにあるんだろうけど」
今まで感じたことのない触感に戸惑う。見た目通りの原油的な粘着きがないだけまだましなのかもしれないけれど、とにかく気味が悪い。
「どれくらい飲めとか書いてないし、とりあえず一口でいいよね」
恐る恐る口に運ぶ。
触感がないから一口なのかもよく分からないけれど、存在はするけれど感触ないものを流し込む。
それが喉を通過したであろう瞬間だった。
「ぐっ……!!」
脳みそをかき混ぜられるような酷い苦しみに襲われた。
これが試練の苦しみなのか? これを乗り切ればいいのか?
死ぬようなことはないって言っていたけれど、死にそうな痛みだ。
そして――暗転。
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